第9話
その夜、一陣の閃光がレムリア王都近郊の山に落ちた。
山頂近くに大きな穴を開けたそれだが、目撃した者はほとんどいなかった。そして、時間をおかずに山の樹が燃え出したが、雨が降り出したわけでもないのに、ほぼ一瞬で鎮火したのであった。そして山頂近くの大きな穴も特に何かの問題が起こる暇すらなく塞がれていった。
特に何事かの問題が起こったようには誰も感じなかった。せいぜい夜天体観測をする趣味のある人間が「流れ星を見た。近くの山に落ちた」と言った具合である。流れ星は特に珍しい天体現象ではない。よって、レムリア王都では人々の話題になることはほぼなかった。
宿屋で独り朝食をとる。いつもより少し早めに用意をしてもらった。
「おう坊主、いつもの猫はどうした?」
いつもは猫と一緒に朝食をとる直斗である。独りで食事をする直斗に違和感を抱いたのだろうか? それとも猫とワンセットで覚えられているのか、それは分からなかった。
「あいつはかわいこちゃんに連れていかれたよ。戻って来るかな?」
直斗は少し寂しげな声を出したが、宿屋の主人には効果がなかったようだ。
「ガハハ、そりゃ可哀相にな。きっと、猫もかわいこちゃんの方がいいだろうよ」
自分もそう思うところがあるため、コリスがもう戻ってこないのではないかと思い、一抹の寂寥感に苛まれていた。
そんな時、エクリアがコリスを連れて宿屋に入ってきた。
「ああ、食事中? おじさん、私にも朝食を頂けないでしょうか? コリスにも」
「にゃあう」
コリスが催促するように鳴いた。
「おう、少し待っとけ」
宿屋の主人は厨房へと引っ込んでいった。
直斗と同じテーブルにつくエクリア。コリスはテーブルの上に座った。
「お待たせ、朝食をとり終わったら近くの洞窟に向かおう」
「了解」
やがて食事が運ばれてきた。一足先に食事をとり終えた直斗はエクリアの食事風景に見惚れていた。惚れた弱みだろうか? 今の直斗にはエクリアの食事風景が美しいどころか、彼女の持つスプーンやフォークすら美しく見えた。
いつまでもエクリアを見続けるわけにもいかないので、今度はコリスの方を見た。いつもより毛並みがつやつやしているように見える。
なんとなく撫でたくなってしまい、食事中のコリスを撫でたら爪で左手を斬られた。それをエクリアがたしなめる。直斗よりエクリアの方に懐いているように見えた。
歩いて1時間ほどでようやく洞窟に辿り着いた。
だから、朝七時に出発予定にしていたのだろう。
洞窟の中は何故か松明がたかれている。思ったより明るかった。
「この洞窟はそこまで強いモンスターが生息しているところだからね。魔法を使ってずっと、松明の火が消えないようにしているんだよ。あまりも誰も来ないとモンスターが増え過ぎるから時々冒険者がやってきて少しずつモンスターの数を減らしているんだ」
エクリアが説明をしてくれるが、どうにも疑問が拭えない。
「低レベル冒険者が簡単に行き来できるようなこんな場所で何故モンスターを全滅させられないんだ?」
「うーん、私も詳しくは知らないんだけど、例え全滅させたと思っても、次の日には必ず一定数はいるらしいよ。モンスターがどうやって増えるのかは全然わかっていないんだ」
決して全滅できない、か。よくわからんな。
直斗は分からないことがあれば、少しは調べるが調べても分からないなら放置する男である。ここではググる事すら出来ないのだから当然だ。
何か近づいてくる足音。羽音も聞こえる。
「ゴブにファングバット? こんなに簡単に冒険者に立ち向かってくるモンスターではないのに……?」
ゴブやファングバット(蝙蝠型モンスター)がこちらの方向に向かってきた。直斗たちを見つけて襲いかかってきたというよりは何者かから逃げている途中に直斗たちと遭遇してしまったという感じに直斗には見えた。
奥に何かがいるのだろうか?
まあ、そんなことを考えるのは後にしよう。襲いかかって来ると言うなら、撃退すればいいだけの話ではないか。
しかし、数が多いな。
直斗は数の多さを考慮して武器を選択する。
本来ならコンバットバイソンを選択し、全モンスターの眉間に風穴を作る行為に熱中したいところだが、彼は本物の銃など撃ったことがない。海外で実弾ぶっ放すなんてことはなかった男である。海外旅行ですらまともに行ったことがないのだから当然と言えば当然である。
しかし、剣技も自信のない男である。一発百中が無駄なら、数うちゃ当たるで行こうと直斗は考えた。
そして、彼はアクション映画大好き人間であった。その中でも一番好きなアクションシーンは二丁拳銃を使ったシーンであった。他には香港アクション映画のファンだった事もあり、カンフーも大好きであったが、体を動かすのが好きではないため、カンフーアクションは選択しなかった。
携帯電話をとり出し、素早く555を入力。
「complete」の電子音声と同時に直斗の両腕に現れるベレッタM92F。
弾丸を込めるだとか、スライドを引くだとか、根本的な操作は必要としない。何故なら直斗がそのような事を理解していないからである。
なので、引き金を引きさえすれば弾丸は発射される。
とりあえず連射し、上手く行けばゴブに弾丸が当たる。もちろんリロードなんて思っただけで実行される。ゲーセンにある画面外に向けて引き金を引けば弾丸がリロードされるのと似たようなものだ。
ゴブだけを担当し、ファングバットの方はエクリアにお願いした。
エクリアは今日は連接剣がないので、バーソロミューから借りたという剣を振るい、時に氷系の魔法を使いファングバットを華麗に仕留めていった。
ゴブを仕留め、たまに攻撃を受けながらもエクリアの華麗な姿に目を奪われていたのは直斗だけの秘密である。
「おかしい、私が以前来た時よりモンスターが凶暴になっている……?」
エクリアは以前この洞窟に来たことがあるらしく、案内役は彼女にお願いしている。
そのエクリアをして、今日この洞窟がおかしいと感じているらしい。
「前来た時はこの洞窟、どこまで行った?」
「一応確認されている最深部までは行ったけど、最深部から入口まで往復でもゴブを退治した数は五十いかなかったけどなあ」
直斗が倒したゴブはゆうに三ケタを超えている。エクリアが倒したゴブやファングバットも三ケタに近い。
エクリアの話が真実なら確かにおかしい。
「最近だと冒険者がこの洞窟に来たのはいつか分からないか?」
「先月には駆け出し冒険者がゴブを三十体くらい倒したって、冒険者ギルドで自慢していたけど」
どうやらこの1ヶ月でゴブやファングバットが異常増殖したか、やはり洞窟の奥に何者かがいて、それから逃げ出そうと洞窟の入り口めがけ大量にやって来たかのどちらかしかあるまい。
やがて洞窟の最深部へと辿り着いた。やけに広大な空間であった。
そこで二人と一匹を待っていたのは、巨大なモンスターであった。
「嘘、カリヴォス……?」
「カリヴォス?」
見た目は小さいゴ●ラに近いだろうか? 二足歩行をするカメよろしくゴ●ラが甲羅を背負っているような感じであった。
そのカリヴォスがこちらを見つけたようだ。
Vooooooo!!
よく分からないがこちらを敵と認識したかのように叫び声をあげた。
「逃げた方がいいかもしれないよ」
「そんなに強いの、アレ?」
特に強そうには見えない直斗である。緊張感のない男であった。部長に怒鳴られる方が怖いなどと考えていたとかいなかったとか。彼は魔物より減給の方が怖かった。やはり金は大事である。
ところで「貧乏暇なし」という言葉がある。貧乏で生活に追われ、少しも時間の余裕がないという意味だそうだが、直斗は嘘だと思っていた。本当は「貧乏暇だらけ」である、と。何故なら現代日本では何をするにも金が必要で、どこに行くにも金が必要だからである。つまりは、暇をつぶすにも金が必要なのである。真に貧乏だと暇をつぶす金すらないわけで、ボーっとするしかないのである。こうして真の暇人が誕生するのである。人間は皆金の奴隷であった。
「何ボーっとしてるの?」
「あいつ、どうする?」
ボーっとしていたのを誤魔化すようにとりあえずカリヴォスをどうしようかという話になった。いや、その方向に無理やり持っていこうとした。
「カリヴォスはこの洞窟に封印されていたと言われる強力な魔物。いったん逃げて、王都で冒険者を集めて事態にあたった方がいい」
「こいつが洞窟から出ないっていうなら、それもいい。でも、こいつがこの洞窟を抜けだし、王都に向かって行ったらどうする? 少なくない被害が出るぞ」
直斗の意見ももっともであった為、エクリアは口をつぐむ。
「ここで倒そう」
レベルの概念とかあまり考えていない直斗だからこそ出てくるセリフである。
「私たちじゃ倒せるレベルの敵じゃないよ」
未だにそこから動かないカリヴォスを見ながらの会話であるが、エクリアの表情は緊張に彩られていた。
「倒すっきゃないでしょ、俺たちで」
装備品やリリスを信頼している直斗には実はカリヴォスが強敵には見えていなかった。
エクリアはこの世界の常識で動いているところがあるのでカリヴォスがとても倒せる相手には見えなかった。
二人ともお互いの違いをあまり認識していなかった。
Voooooooooooo!!
叫びをあげながらついに動き出すカリヴォス。
直斗は慌てずカリヴォスに向け引き金を引いた。エクリアには下がってもらった。護衛役にはコリスがついている。むしろ嬉々としてエクリアについていったような気もするが、考えないことにした。
しかし、その瞬間直斗が考えもしなかったことが起きた。
ベレッタM92Fが暴発したのである。最強防御力を誇るコートを着ていたからよかったものの、普通の人間なら重傷、もしくは死んでいてもおかしくはあるまい。
カリヴォスの突進をなんとか避けることが出来た直斗。
「ちくしょう、リリスの奴め、こんな所だけ再現をしやがって!!」
リリスに悪態をつきながらもどこか余裕のある態度で武器変更を行う。
銃がダメなら、刀でいけばいいじゃない。そんなことを直斗は考えたとか、そうではなかったとか。
「いでよ、聖剣エクスカリバー」
何故か声を出しながら、携帯電話に555を入力し、通話ボタンを押す。
「complete」の電子音声が響くがまたも己の手には何もない感触。
しかし、直斗は慌てなかった。またこっちか。これ、リリスの趣味のある武器の類しか入っていないんじゃないだろうな?
カリヴォスの突進をよけながら、念のためエクリアに害を及ぼさないポジションに移動する直斗。
そして、ここなら大丈夫というポジションに来たところで、カリヴォスの突進を待ち構える。
カリヴォスが突進してきた。普通の冒険者ならばここで避けようとするだろう。とてもじゃないがこの巨体の突進には耐えられまい。しかし、最強防御品を信頼している直斗はその場に踏みとどまり(若干の恐怖心はあった)、右腕を手刀の形で振るう。
イメージはその巨体を一刀両断。眉間から股間に及ぶ正中線に並ぶ7つのチャクラを正真正銘一直線に。
カリヴォスの巨体が彼に届く前に右腕は振り下ろされた。
両断され、直斗の両脇を駆け抜けるカリヴォス。
そして、倒れこみ何故か大爆発を起こした。
「倒した、の?」
未だ半信半疑のエクリアが近付いてきた。
「たぶんね」
実は直斗も半信半疑であった。
しかし、カリヴォスが倒れ大爆発を起こしたところには何故か無傷で爪や牙、そして巨大な闇色の魔石が落ちていた。
「どうやら倒したようだよ」
「そっか、念のため、ここを出て王都に向かおう。冒険者ギルドに調査チームを出して貰おう」
エクリアの意見に今回ばかりは賛同する直斗。面倒くさいことは御免であった。
その時、洞窟最深部の入り口右側の壁が爆発の衝撃で崩れ落ちた。
そこにはもう一つ広大な空間があった。
「ウソ、こんな場所があるなんて冒険者ギルドの調査でも判明しなかった場所だよ……?」
直斗と一緒になってその空間を覗きこむエクリア。
何故かその空間にも明かりがついていて、視線の先には巨大な物体があった。
直径を軽く十メートルを超える物体であった。
「UFO?」
Unidentified Flying Object(アンアイデンティファイド・フライング・オブジェクト)。直斗がいた世界では実在を信じる信じないは別にして、見たことのあるなしは別にして、有名な存在であった。
そして、爆発の衝撃でゴンゴン音を立てるUFO。
「……どうしようか、アレ?」
エクリアが不安げに声をかけてくる。
「壁を塞いで見なかったことにしよう」
イヤ~な予感に襲われたのか、エクリアが首を縦に振った。
しかし、時すでに遅し。エクリアの肩から降りていたコリスがUFOに近付き、その右前脚でポン、と軽くUFOを叩いた。
ハッチ部分を蹴り上げ、何者かが飛び出してきた。
「ワガハイの幾千光年の孤独な眠りを妨げた者は何者ですかーーーーーッッ!!」
カリヴォス
レベル:53
体力:0/42000 精神力:500
攻撃力:570
防御力:800
魔力:200
魔法抵抗力:200
反応値:180
命中率:60
回避率:10
称号:古代怪獣
ギルドランク:B (討伐目安)




