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プロローグ いつものドアを

 冬。雪降る街角を一人の青年が歩いていた。

 街はクリスマスムード一色であったが、残念ながら彼には今年も何の予定もない。

 仕事を終えれば独り暮らしのアパートへと帰るのが日課であった彼だったが、近頃は少し変化があった。とあるバーに通い、数杯の酒を飲み、ほろ酔い気分でアパートへと帰るようになったのだ。

 いつものドアを開ければ、そこには一人の女性。

「いらっしゃいませ」

 その声を聴きたくて、このバーの常連になったのだ。

 最初は会社の先輩に連れてこられた。美味い酒を飲ませてくれるバーがあるから、と。確かに美味い酒であったが、彼の目的はすぐに目の前のバーテンダーに変わった。

 見た目だけで考えれば己と同年代だろうか?

 腰近くまで伸びた艶のある黒髪。スタイルも悪くない。少しツリ目気味の目鼻立ちのしっかりした女性だ。

 その優しげな微笑みにハートを撃ち抜かれた青年はすぐにそのバーの常連になった。連れて来てくれた先輩は恋人がいるため、バーテンダーの女性には目もくれなかったのが幸いした。

 何度か通ううちに少しずつではあるが、彼女と世間話などかわせるようになった。

 世間はクリスマスムード一色であった。

 青年はもう何年も独り者だ。両親とも死別し、高校卒業後に父親の親友であった人間が社長を務める中小企業に採用してもらい、なんとか食いつないでいる状態であった。

 だからだろうか?

 クリスマスを迎える前に世間一般で言うところの充実した生活(例えば聖なる夜は恋人と共に迎えたい、などという願望があったりする)を手に入れたいなどと彼は考えてしまった。

 いくらかの貯金だってある。どうせ何の行動も起こさなければ今年のクリスマスも独りで安アパートで寂しく酒でも飲んでいるか、クリスマス前に玉砕した会社の先輩たちに絡み酒されるかのどちらかしかないのだ。ならば、振られたっていいではないか。それを肴に先輩たちと玉砕記念パーティー(もう何年連続になるだろう?)を開催したって構わない。

 一縷の望みを、願いを神様にでも祈りたくなった。

 今年くらいは、俺も恋人とクリスマス・イブを過ごしてもいいのではないか? 頼むよ、神様。

 彼はいるかどうかも分からない神様に祈った。

 その願いが叶ったかどうかは分からないが、例のバーテンダーの女性は今現在お付き合いをしている異性はいないとのことだった。

 チャンスであった。

 自分の容姿にも運動神経にも自信のない彼には恋人のいる女性を口説き落とす自信なんてない。

 だが、恋人のいない相手ならば、受け入れてもらえるかどうかは分からないが、告白くらいはしてもいいだろう。

 バーに通ううちにほんの少しだけだが、彼女とは打ち解けつつある自信が彼にはあった。告白するなら今、街がクリスマス一色になっている今、彼の心も少し浮き足立っている今しかないのだ。

 

 目的地に着いた。

 目の前にはいつものドア。

 さあ、そのドアを開けるときは今。

 何の根拠もないが、きっと彼女は今日もいつもの笑顔で迎え入れてくれるだろう。勝負はそれからなのだ。


 いつものドアを開けるその前、彼の心をある種の恐怖感が覆った。それは、いつものドアを開けるのを躊躇わせる程のものだった。

 だが彼は、それを告白に失敗したときのことを考えたが故の恐怖感だと思ってしまった。

 それがいけなかったのか、後にそう考えたかもしれないが、今の彼にはそのことを考える余裕はなかった。

 彼は一大決心と共に、いつものドアを押し開けた。


 いつものドアを開けるのが、これほど怖いことだとは。


BGM 「いつものドアを」by THE BACK HORN

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