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七章 魂の因果律 五

    ◆ ◆ ◆


 熱く胸を焦がす思い出。湊をむさぼった、あの夏の日々。

 だが、

 ぎり、と、朔の口許が軋みを上げる。兄が何を恐れていたのか。朔を女と見る事を、どうしてあそこまで恐れたのか。それを、朔は後に知ることとなった。

 あの後、朔は子を産んだ。望んだ様に、兄の子だった。完全で、崇高で、神聖なる存在。そんな我が子。

 父はいない。母が殺した。だがそれでも、この子ならば父の復活を待てる程に、才能に恵まれている筈だった。

 だが……。

 苦しみ抜いた末に産まれたのは、まるでひるの様に手足の無い、いや、頭までもが欠けた、骨と肉の塊でしかなかった。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 朔は、自らの吐息が荒くなっていくのを耳にした。

 自らのはらより生まれ落ちた『モノ』。それを思い返す度に、朔は吐き気を堪えなければならない。

 何かの間違いだ。そう思う傍らで、あれが何なのかを、朔の身体はっていた。その事が、朔の心を更に更に追い詰めていったのだ。

 しかしその時だった。傍らに立つ者の存在に、ふと気づいたのは。

「真己……」

 その者の名を呟く。今でも思う。それが、朔にとって、ただ一つ不可解な存在であると。男とも思えず、しかし兄の様な安らぎも感じず、それでいて、心から拭い去れない者。

――真己――

 胸中で、もう一度その名を呟く。

 あれから三日。もうそろそろ、兄と水那人は来てくれるに違いない。この身と共に、朽ちる為に。

「因果……そう、まさに因果なものね」

 ふと、朔はこれまでを思い返す。

 真仁を殺した後、陰陽寮を率いる陰陽頭おんみょうのかみは、賀茂家に嫁いだ吉備真備の娘、由利ゆりの子である吉備麻呂きびまろが継ぐ事となった。陰陽寮は真仁が望んだ様に、典薬寮から祭祀さいしの一切を奪ったが、しかし陰陽寮そのものは、真仁のものにはならなかった。

 その後の千と数百年。そんなときを、朔は移ろってきた。命などとうにない。いつ失ったかも覚えていない。ただ、今のこの身体が三体目である事だけは憶えている。そんな命とも呼べない年月の中、朔は幾度か真己とセハヤの転生体と邂逅かいこうした事がある。

 真己は湊の塚守となり、吉備姓を捨て、下道姓に戻した。妻をめとり、子を儲け、七十まで生きた真己は、晩年に編み出した秘術を使って、ただ一つの意志を後世に伝えた。それは、生まれ変わったセハヤを守護し、湊の魂に巡り合わせ、その二人の魂を救う事。

「ふふ……まさか、今生では水那人がそうだったとはね……」

 呟く朔。改めて因果というものを考えさせられる。

 雅征に子が生まれた時、湊の復活を間近に感じていた朔は、その依代よりしろとする為に、その子に水那人と名付けた。だが、それがまさか、真己の転生だとは。そして、セハヤがその幼馴染みの早矢だと知ったのは、つい先日の事。

 しかし、今となってはそれも納得出来る。水那人が真己だというのならば、その近くには、必ずセハヤがいる。輪廻りんねの中で、真己はある時はセハヤの母となり、ある時はセハヤの姉であり、ある時はセハヤの隣人であった。蝦夷の血筋にて、生まれながらにして琥珀こはくの勾玉を持つ者。そんな者の傍らに、必ず守護する者として、真己もまた幾度も生まれ変わってきたのだから。

 これまで、セハヤの転生を知ることがあったとき、朔は幾度かその者を殺そうとした事もある。だが、その度に真己の転生による妨害を受けた。一度などは、二人諸共(もろとも)に殺した事もある。

 しかし、そうするうちに、朔もまた、放っておく事を覚えた。生まれ変わる度に深まる真己とセハヤの絆。そのうちにセハヤが真己を選んでくれるのなら、その方がいい。そう思ったからだ。無論、湊の復活まで刻を要したという事もある。

 だが、まさか一番肝心な時に、このような結果になろうとは。

「因果応報……かしらね。皮肉な事……」

 湊と真己。二人の魂が合一し、セハヤは愛する者二人を手に入れてしまった。湊を諦める事もなく、真己までをも。

 ふと、朔は人の気配を感じた。視線を送ると、昇り始めた赤い月輪を背にして、山道を登ってくる者がいる。

 人影は二つ。だが、魂は三つ。

 朔は立ち上がり、笑顔と共に出迎えた。この先、結果が望むものでないとしても、これでようやく永い苦しみから解放される。

 先日、もう心の内は告げた。あとはただ、因縁の果てを見届けるだけ。

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