七章 魂の因果律 二
咳込みながら、何事かと朔が見上げた時、
「おおおぉぉ……おおぉ……」
視線の先には、血の涙を流し、慟哭する鬼の貌が在った。
「なぜだ……なぜ……お前が……お前だ……お前が……」
再び伸びる鬼の腕。
だが、不意に鬼の動きが緩慢になる。
次第に動きを止める鬼。
「臨、兵、闘、者、皆、陣……」
再び、見えない索が鬼の身体を呪縛する。鬼の背後では、真仁が九字を切っていた。
「……セハヤ……」
鬼の口から零れ、耳に届いた言葉。
その言葉が、瞬く間に朔の心に憎悪を満たす。
「……兄様……」
胸の内に吹き出すのは、憎悪。
「まだ、その名を……」
胸の内にわだかまるのは、慕情。
「口にするのですか……」
朔は周囲に散らばった符を拾うと、そのまま立ち上がる。朔の瞳には、目の前の鬼と同質の、鬼気が灯っていた。
「忘れて下さい……」
朔は微笑み、手の中の符を剣に変えた。
「朔! やれ!」
真仁の声が飛んだ。
しかし、その声が耳に届く前に、
「……兄……様……」
朔は、鬼の首を刎ねていた。
それでもなお、倒れずにいる鬼の身体。
どす黒い血が、頭を失った鬼の身体から噴出していた。
どさり、と、重苦しく音を立てて、鬼の首が地に落ちる。
「……おの……れ……いつ……か……か、なら……ず……」
より強く増した鬼気に乗って、怨嗟が朔の耳に届く。
刹那、鬼の首は沈黙した。
「兄……様ぁ……」
光を失った、朔の虚ろな瞳。彼女は崩れるように、その場に座り込んだ。純白の浄衣が、鬼の血を吸ってどす赤く染まっていく。
紐の切れた勾玉が、血溜まりの中に落ちていた。
「早々に封じるぞ、朔」
兄の呼びかけに頷くと、少女は勾玉を拾い上げた。
「……それでは……これを、使いましょう……」
呟くようにそう言った妹の顔を見て、真仁は息を呑んだ。
妹が、どこか嬉しそうに微笑っていたからだ。
そして少女は、鬼の血にまみれた勾玉で、その小さな唇に朱を引いた。




