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六章 鬼女が哭く刻 四

    ◆ ◆ ◆


「さぁて……お待ち遠様」

 言って、女はその身の周囲に符剣を踊らせた。

 愉快そうに、女を中心にして踊る幾本もの符剣。その一本一本が、鋭利な切れ味を誇っている。

 かつて想いを寄せた人。そして、今生で想いを寄せている人は、早矢の膝元で死にかけていた。

 この人を護れるのは、私しかいない。早矢は、そう思った。

 先刻まで、病室で死にかけていた身体。

 その身の内に、今ではみなぎる力と、それを操るのに必要な、全ての記憶が蘇っている。

 かつて蝦夷と呼ばれ、大和朝廷にうとまれた我が一族。

 永い刻の中、大和の民と同化し、そのすえとして生を受けた今生こんじょう

 早矢は女に背を向けて立ち上がると、中庭にそびえ立つ、背中合わせの一対の外灯に手を添えた。

「あらあら……覚悟はできてるみたいね……お利口さんだわ。御褒美ごほうびに、今度こそ一撃で送ってあげる」

 女は早矢の行動をあきらめと取ったか、そんな科白を口にした。

 早矢ははるかな昔に思いを馳せながら、口を開く。

 そして、背を向けたままで言葉を紡いだ。

「お前は……誰に向かってそんな口を利く?」

「……何ですって?」

 背後で、明らかな怒気が立ち上ったのを感じた。

 早矢は、外灯をその手に握り、微かに力を込めた。

 刹那、足許の土に足が沈む。

 だが、それとは裏腹に、柔らかな菓子に刺した串を抜くかの様に、早矢は対の外灯を苦もなく地面から引き抜いた。

 地下で繋がっていたケーブルが切れ、一瞬、火花を発生させる。と同時に、外灯の明かりが消えた。

 二本の外灯をそれぞれに回転させ、早矢は上方の一段細い場所を無造作に握る。

 ひゅるっ、

 ひゅひゅるっ、

 ひゅひゅっ……

 風切りの音を残し、外灯を数回振り回すと、早矢は振り返り、自らの敵に相対した。

「私は十支族がおさの一人、タケミカヅチが妹――」

 女は、貌を歪めた。

「――セハヤヒメなり!」

「ま、さか……記憶ばかりでなく、力をも……」

 それはもう、愉悦で歪んだものではない。

 それは、明らかな焦燥しょうそうに歪んだものだった。

「参る!」

 早矢は、一足で間合いを詰めた。

 風の様に軽い身体と、それが生み出す身のこなし。

 自身の運動能力は、しかし既に、驚きに値するものではなかった。それは、遙かな昔の記憶の中に、色濃く刻まれているもの。

 宙を舞う符剣をかいくぐり、外灯で弾き、暴風の如き一撃を加える。

 だが、さすがに敵は歴戦の強者。まともな一撃を与える事は容易ではない。

 女は理解しているのだ。自身の武器の利点と、敵対する早矢の得物えものの欠点を。女は一定の間合いを保つ様に、早矢が寄れば後ろに跳びすさる。女の符剣の間合いは広い。そして攻めにも守りにも向いている。早矢の攻めの間は壁の様に女を護り、隙が出来れば一気に襲いかかってくるのだ。

 が――

 しかしそれでも、目覚めた早矢の力は、一瞬毎に速く強くなっていく。細胞の一つ一つまでが、昔の記憶を思い出していくかの様に。

 一方で、女の貌からは、次第に余裕の色が消えていく。

 そして、

 ついに符剣の防御円陣を押し退け、その一撃が女の頭部に届いた。

 頭蓋が割れ、くびがへし折れている。

 明らかに、その一撃で勝負はついた。


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