六章 鬼女が哭く刻 四
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「さぁて……お待ち遠様」
言って、女はその身の周囲に符剣を踊らせた。
愉快そうに、女を中心にして踊る幾本もの符剣。その一本一本が、鋭利な切れ味を誇っている。
かつて想いを寄せた人。そして、今生で想いを寄せている人は、早矢の膝元で死にかけていた。
この人を護れるのは、私しかいない。早矢は、そう思った。
先刻まで、病室で死にかけていた身体。
その身の内に、今では漲る力と、それを操るのに必要な、全ての記憶が蘇っている。
かつて蝦夷と呼ばれ、大和朝廷に疎まれた我が一族。
永い刻の中、大和の民と同化し、その裔として生を受けた今生。
早矢は女に背を向けて立ち上がると、中庭にそびえ立つ、背中合わせの一対の外灯に手を添えた。
「あらあら……覚悟はできてるみたいね……お利口さんだわ。御褒美に、今度こそ一撃で送ってあげる」
女は早矢の行動を諦めと取ったか、そんな科白を口にした。
早矢は遙かな昔に思いを馳せながら、口を開く。
そして、背を向けたままで言葉を紡いだ。
「お前は……誰に向かってそんな口を利く?」
「……何ですって?」
背後で、明らかな怒気が立ち上ったのを感じた。
早矢は、外灯をその手に握り、微かに力を込めた。
刹那、足許の土に足が沈む。
だが、それとは裏腹に、柔らかな菓子に刺した串を抜くかの様に、早矢は対の外灯を苦もなく地面から引き抜いた。
地下で繋がっていたケーブルが切れ、一瞬、火花を発生させる。と同時に、外灯の明かりが消えた。
二本の外灯をそれぞれに回転させ、早矢は上方の一段細い場所を無造作に握る。
ひゅるっ、
ひゅひゅるっ、
ひゅひゅっ……
風切りの音を残し、外灯を数回振り回すと、早矢は振り返り、自らの敵に相対した。
「私は十支族が長の一人、タケミカヅチが妹――」
女は、貌を歪めた。
「――セハヤヒメなり!」
「ま、さか……記憶ばかりでなく、力をも……」
それはもう、愉悦で歪んだものではない。
それは、明らかな焦燥に歪んだものだった。
「参る!」
早矢は、一足で間合いを詰めた。
風の様に軽い身体と、それが生み出す身のこなし。
自身の運動能力は、しかし既に、驚きに値するものではなかった。それは、遙かな昔の記憶の中に、色濃く刻まれているもの。
宙を舞う符剣をかいくぐり、外灯で弾き、暴風の如き一撃を加える。
だが、さすがに敵は歴戦の強者。まともな一撃を与える事は容易ではない。
女は理解しているのだ。自身の武器の利点と、敵対する早矢の得物の欠点を。女は一定の間合いを保つ様に、早矢が寄れば後ろに跳びすさる。女の符剣の間合いは広い。そして攻めにも守りにも向いている。早矢の攻めの間は壁の様に女を護り、隙が出来れば一気に襲いかかってくるのだ。
が――
しかしそれでも、目覚めた早矢の力は、一瞬毎に速く強くなっていく。細胞の一つ一つまでが、昔の記憶を思い出していくかの様に。
一方で、女の貌からは、次第に余裕の色が消えていく。
そして、
ついに符剣の防御円陣を押し退け、その一撃が女の頭部に届いた。
頭蓋が割れ、頸がへし折れている。
明らかに、その一撃で勝負はついた。




