六章 鬼女が哭く刻 一
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――暗い――
――寒い――
――俺は……死んじまったのか――
そこは、ただ闇の中。
そんな中に、春路は『在』った。
『春にー』
ふと、声が聞こえた。二つに重なった、聞き馴染んだ声。春路が持つ、二つの大切なもの。だが、どういう訳かその姿を見る事が出来ない。その気配も感じられない。なのに声だけが聞こえてくる。
――お前ら……ええと……あれ、俺、どうしたんだっけ? お前らも、どうなったんだっけ?――
「そんな事は、今はいいよ。今回は、春にーボケちゃってるみたいだから」
そう言ったのは、たぶん桜。
――いや、俺的には良くねーんだけどなぁ――
「それよりも、いま大変なんだようっ!」
そう言ったのは、たぶん楓。
――何言ってんだか分かんねーよ――
「だからそれよりもっ!」
「真己さまを助けてっ!」
――はぁ? マナキ? 誰だよそれ?――
「あとねっ!」
「瀬速媛さまも助けてっ!」
――だから誰だよっ?――
「桜ちゃんの中の菫ちゃんがそう言ってるんだよっ!」
「違うよ! 楓ちゃんの中の菱ちゃんが言ってるのっ!」
――分かった分かった。で、俺にどうしろっつーんだよ、お前らは?――
本当は理解不能なのだが、取り敢えず切羽詰っている様子なので、春路はひとまずそう言ってみた。
「あのね、ちょっとの間だけ、春にーにはそのまま死んでて欲しいの」
――って、おい――
「大丈夫だよ、別な春にーが出てきて、傷も治っちゃうから」
――別な、って、何だよそれっ?――
「ずーっと昔の春にーだよ」
「えっと、その時の名前はねぇ……」
『そう、タケミカヅチっ!』
その声が聞こえた瞬間、春路の中から湧き出てくるイメージがあった。
『秘術』を施された者に、必ず訪れる末路。
全身を肉の瘤に蝕まれ、苦しみのたうつ死の床で、傍に立つ、頬に傷のある美しい青年の姿がある。
彼に願ったのは、次の世にも、この鬼神の力を伝える方法はないものかと。
青年は言った。それならば、貴方の血筋、貴方の息子達の血の中に、その力を封じましょう、と。そして、唯一神の御力で再び人の生を繰り返す貴方は、重い傷を負ったその時にだけ、その力が解放される事になるでしょう、と。
偉大なる唯一神。その御名において、貴方の力――生命の樹の中で、肉体を司る<イェソド>を、貴方の息子達の中へ――と。
そして、傍らにはもう一人。永く憎悪を向けていた敵がいる。妹・セハヤを惨たらしく殺した者達の中より、自分の命も顧みずに一人訪ねてきた者。それは、傷の青年と同じ年頃の男。
彼は、妹の夫となった者の身内だ。敵の国で起こった出来事――妹の最期、そしてその夫のなれの果て。それらにまつわる全てを、彼は隠さず話してくれた。その上で、詫びの言葉と共に紡がれた、一つの願いがある。
それを聞いたからこそ、今こうして願うのだ。訪ねて来た青年の意思を手伝う為に。それはただ、儚く散った、妹の魂を救うため。
それからの、幾度もの生まれ変わり。
それを経た今生。
そして、重い傷を負った今だけに許される、力と記憶の復活。
きっと事が済めば、力と共にこの記憶は消えてしまう事だろう。だが、それでも構わない。生まれ変わった妹が、健やかに人としての幸せを手に入れられるのならば。
――そう、我は唯一神・アラハバキが十支族の長が一人。最強の武を持つ者――
――タケミカヅチなり!
あ~、今日は節分ですねぇ。
鬼モノ連載してて節分とは、なかなかに趣深いものがあります。
帰ったら恵方巻たべよーっとw




