表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/55

五章 想い 一

 浜風が、潮の匂いを穏やかに運んでいた。

 もうじき、この北国にも梅雨つゆが訪れる。

 行く宛のない二人にとって、それは夏の予兆であると共に、この先の命運を暗示しているかの様にも思えた。

 だが、それでも海は、穏やかに二人を迎えてくれている。

 果てしなく広がりゆく、青空と共に。

「待たせたな、セハヤ」

 浜人から魚を分けてもらった湊が、木陰で火をくセハヤのもとへと戻ってきた。

 ささをエラに通した四尾の魚を、セハヤは湊から受け取る。

「したら、焼くか。なんだか魚も久しぶりだぁ」

 くぅ……。

 言った傍から、セハヤの腹が鳴った。

「あ……」

 セハヤは、自らの頬が上気していくのを感じた。

「ははっ、きっと美味いぞ」

 言って、湊が優しく微笑む。

「……うん……」

 セハヤは半ば無意識に、指先で自らの唇に触れる。湊と唇を重ねたこの朝から、セハヤの中で何かが変わった。それまで気にしたこともなかった事が、妙に気になってしまう。きっと、あの時に、湊は自分にのろいをかけたのだとセハヤは思っている。

「ん……どうした?」

 耳に届いたそんな呟きに、ふと気付くと、セハヤは湊の顔を見詰めていた。

 だが、どこか照れくさそうに、湊が視線を外す。

 知らず、セハヤは微笑んでいた。

――これが呪いなら――

 そんな思いが、過ぎる。

 大和の方士、吉備湊。戦に疲れた、一騎当千の男。

 殺したいと思っていたはずだった。この男のせいで、数多くの仲間が黄泉路よみじへと旅立ち、広大な土地を奪われたのだから。

 だが今は、まるで真逆の感情を目の前の男に抱いている。

 切なく湧き起こる、

 暖かく、

 柔らかく、

 そして、力強い感情。

 似た様な感情を、昔、兄であるタケミカヅチに対して抱いていた事もある。しかし、これはそれに似て非なるもの。セハヤが初めて抱く感情であった。

 共に暮らそう、と湊は言った。それだけではない。

 美しい、と、

 心奪われた、と、

 湊の言葉の一つ一つを、セハヤは忘れられないでいる。

「湊……」

 魚を串に刺しながら、セハヤは呟いた。

「どうかしたか?」

「おれの……ずっと……そばに、居てて……けれな」

 震える声で、セハヤは言った。頬はもう、それ以上ないほどに上気している。呪いでもいい、と、セハヤは思う。今感じているこの気持ちが、このままずっと続くのならば。

 ふと、包まれる様に抱かれるのを、セハヤは感じた。優しく、しかし力強く抱き締める腕。頬に感じる、広い胸。

「セハヤ……我が妻に……なってくれ」

 耳元に囁かれたその言葉に、

「……うん……」

 セハヤは、微かに頷いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ