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四章 今は昔 四

    ◆ ◆ ◆


 怨霊に身を委ねても、水那人の意識はまだ残っていた。

 それは、ひたすらに不可思議な感覚。

 まるで、幾重にも重なった硬い殻に覆われている様に――その隙間から、覗いているかの様に、水那人は小さな視界のみを得ていた。

 ただ、それでも五感は残っている。

 肌に触れる夏の夜気の蒸し暑さ。

 鼻孔へと漂う、護摩壇ごまだんの薪の焼ける臭い。

 耳に届く、伯父と従兄がつむぐ修法の文言もんごん

 最中、水那人の身体を呪縛しばる鉄の鎖は麻糸の様に――

「阿龍! 吽龍うんりゅう!」

――何者かを呼ぶ叫びの前に、砕けて飛散した。

 水那人を中心に、瘴気しょうきが風を巻いて広がり去っていく。

 瘴気に吹き飛ばされ、意識を失った伯父と従兄の和征。音を響かせて護摩壇は崩壊し、周囲の木々は、瘴気によって幹がただれていた。

 と、それと時を同じくして、次第に、辺りに霧が立ち込めていく。気温は急激に下がり、一転して震えるほどの寒さを水那人は感じた。しかし既に、水那人は指の一本をも動かす事が出来ないでいる。

 そして、その口は勝手に開き、

「急急如律令! 我が身を運べ!」

 霧の中へと、命令を発した。

 刹那、霧に巻かれた水那人の足許から、何かがその身を現出させた。浮き上がっていく水那人の身体。地面から姿を現したのは、巨大な白蛇の頭だった。

――蛇? いや、こいつらは――

 水那人の二本の足を、大地の様に支える二つの蛇頭。しかし、それは大蛇と呼ぶ事も叶わない、異形いぎょうの存在だった。蛇身にして、四つ足を持つ妖物。龍とも呼べず、蛇とも言えず。みずちと呼ばれるそれが、怨霊が呼び出した眷属けんぞくの姿だった。

 水那人の身は、蛇頭に支えられて中空へと舞い上がる。

 目指すは、ただ一つ。午陵市立総合病院。

 早矢の、その傍へ。

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