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三章 羅刹とその裔 四


    ◆ ◆ ◆


 夜半。

 がたん、という物音で、春路は目を見開いた。照明を消した室内が、闇に慣れた目には昼間の様にはっきりと見えている。ベッドに横になったはいいが、眠れないままに時間だけが過ぎていた。壁に掛けた時計を見る。既に日は変わり、あと数時間もすれば、外も白み始めるのだ。

 惨殺された親戚は、春路にとっても、春路の双子の妹達にとっても優しい人達だった。

「あんな死に方って……ねえよ」

 真っ当に生きていた人達だった。少なくとも、悪人の類では決してなかった。だが、彼らは非業の死を遂げた。何者かの手によって。

 父は、親戚達の遺体の様子を、詳しくは教えてくれなかった。ニュースで言っていた、大型の刃物という凶器。数ヶ所に渡るという傷痕。そして、半狂乱になって泣き叫び、心を病んでしまった母。親戚の死は、春路の家族にもくらい影を落としていた。

 がたたん……。

 再び、音が聞こえた。それは、隣の部屋から。

「あいつら……またベッドから落ちてんじゃねえだろうな?」

 小学校五年という年頃の、双子の妹。彼女達の顔を春路は思い浮かべる。彼女達は、まだまだ歳の割に子供っぽく、しばしば春路に世話を焼かせてくれる。寝相の悪い妹達は、この間も夜中にベッドから落ちて、痛い痛いと騒いでいた。

 例の事件について何も聞かされていない彼女達は、昨日今日と、母親にも会わせてもらっていない。むろん、会わせられる訳も無く、結果、春路は彼女達の母親代わりともなっている。

「ったく……」

 放っておこうかとも、一瞬考えた。だが、親戚達の身の上に起こった事もある。どこか、無視する気にもなれない。春路はベッドから立ち上がると、廊下へと出た。カーペットから板床へ。ひんやりとした温度と、そして不快な感触が春路を迎えた。

「……あ?」

 春路は片足を上げると、その足裏を顔の間近に持っていく。春路は足の裏に、何かねばりつく様な感触を覚えたのだ。

「朝から俺を引っかけんのに、トラップ作ってんじゃねえだろうな?」

 夜中にワックス掛けをする、妹達を思い浮かべる。

「ワケ分かんねーからな、あいつら……」

 年を経るごとに、大人っぽくもならず、不可解さのみを増していく妹達。

――成長するベクトルが、なんか間違ってねぇか?――

 そんな事を考えつつ、春路は照明もけずに廊下を歩いていった。そして、その突き当たりのドアハンドルに手をかけた時、

――まさか――

 春路は、感じた異変に全身を粟立あわだたせた。

 ドアは、閉まっていない。それに、ドアハンドルにも、粘りつく何かが付いている。

 そしてそれは――

「――血……」

 悪寒が、一気に背中を駆け下りていく。いつでも悪戯っぽく笑っている、二人の妹の顔が脳裏を過ぎった。

「桜! 楓!」

 妹達の名を叫び、暗い室内に踏み込んだ時、春路は、飛来した剣が自らの胸を貫く瞬間を目の当たりにした。刺さった感覚は、すぐには感じなかった。あまりに鋭利なそれは、凄まじいまでの速度で飛来したにもかかわらず、春路の身体を微動だにさせなかったからだ。

「……あらあら……せっかく、無駄な殺生せっしょうはしないでおこうと思いましたのに……」

 くすくすと、愉悦を含んだ声が耳に届いた。

 さなか、喉の奥から込み上げてくる熱い塊。そんなものを感じながら、春路は、自身の胸と、それを貫く剣を放ったその存在の周囲に、視線を巡らせた。

 唇の両端から溢れ、顎を濡らす自らの血の感触。

 二段ベッドの脇には、二つの何かが転がっていた。

 そして、その傍らに立つ女の影。それはどういう訳だろうか。女の周囲には、鋭利な剣の影が、幾本も舞い踊っていた。窓から差し込む街灯りが逆光となり、女の顔はうかがい知れない。

「て……めぇ……」

 消えかかる、春路の中の命。

 だが、蝋燭ろうそくの炎が最後に激しく燃え立つ様に、

「よくも……」

 春路の身に、得体の知れない力が満ちていく。

「まったく……これだから、蝦夷の血は……」

 女は呆れた様に溜め息を吐くと、何かに命令する様に、顔の前に立てた指を動かした。

「あぐっ!」

 刹那、四本の剣が春路の腹を貫き、部屋の壁に縫いつけていた。

「蝦夷の血……残るは、あと一つ……まぁ、今夜はここまでかしら」

 そんな呟きを残し、女は春路の視界から、次第に霧の様に消え去って行った。

「かえ……でぇ……さく……らぁ……」

 全身の力を振り絞り、その二つの名を呼ぶ。

 そしてもう一つ――

「……は……や……」

 女が残した「あと一つ」という言葉。それを耳にした瞬間、春路は、従妹の顔を思い浮かべてしまっていた。女が狙っているのは、春路と同じ血を持つ者に違いない。だが何故? 何のために?

――これだから、蝦夷の血は――

 女が残した、そんな言葉。薄れつつある意識の中で、春路はそれを思い出し、何か、に落ちた気がした。女の言葉が示しているもの――自身の中で目覚めた何かは、しかし、その真価を発揮する事はなさそうだった。

「……み、なと……」

 次第に死んでいく我が身を感じながら、春路は、親友の名を口にした。

 そのさなか、傍らのクローゼットが開き、何者かが出てくる気配があった。

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