歓迎のファンファーレと、過保護な警告
この度のダリス大王国における王太子妃選定儀には、広大な大陸の各地から名だたる国の王女たちが集結する。
我が国のように馬車で三日ほどの近隣国もあれば、遥か遠い地の果てから二週間も三週間もかけてやってくる国もあるという。
そのため、大王国側は開催の一週間も前から王宮の一部を「各国賓客仕様」へとつくり替え、万全の体制で出迎えていた。
その一週間は、いつ到着した王女たちをも退屈させぬよう、昼間は親睦を深めるための広大なガーデンパーティーが連日催されている。
そして──最終日の夜。すべての王族が揃ったところで盛大な夜会が開かれ、王太子妃選定の「開会の儀」が厳かに執り行われるのだ。
私たちは大王国への距離が近かったこともあり、その最終日の夜会に合わせて王宮へと入るスケジュールを選んだ。
馬車がダリス大王国の王都へ足を踏み入ると、異国の王族を歓迎するかのように、街のあちらこちらから雅楽隊が奏でる華やかな旋律が響いてきた。通りを彩る色鮮やかな花々は、まるで音楽に合わせて踊るかのように美しく咲き誇っている。
やがて馬車が王宮の敷地へ滑り込むと、ため息が出るほど見事な庭園を横目に進み、本宮の正面玄関の脇で静かに停車した。
「お待ち申し上げておりました。ヴェルヴァス王国が第二王子、アルフレッド殿下。そしてルリネット王女殿下」
馬車の扉が開くと同時に、洗練された身のこなしの男が深く頭を下げた。
「この度、ルリネット様の専属執事を拝命いたしました、エドワードと申します。どうぞよろしくお願い申し上げます」
「こちらこそ、よろしく頼む」
そう応じるアルフレッドお兄様は、一瞬で完璧な外面用の王子様スマイルを浮かべている。さすがの切り替えの早さだ。
私も王女としてのドレスの裾を軽く持ち上げ、淑やかなカーテシーを返す。私たちは案内人の先導に従い、絢爛豪華な王宮の奥へと足を進めた。
◇
「さて、リネット様! 早速お支度に取りかかりますわよ!」
あてがわれた客室に入るなり、我が国から連れてきた専属侍女のモニカが、文字通り両腕の袖をまくり上げて鼻息を荒くした。
「ええ~っ!? 今着いたばかりじゃない。お願いモニカ、もう少し、あとほんの少しだけ休ませてちょうだい~」
長旅の疲れを理由にベッドへ転がり込もうとする私を、モニカの鋭い声が引き留める。
「いいえ、いけません! 他国の王女様方はみな、一世一代の大勝負の覚悟でこの夜会に臨まれますのよ!?」
「その勝負に勝ちに来ていないのだから、私は平気よ!」
私がむくれて言い返すと、モニカは無言でジロリと、それはそれは恐ろしい睨みを利かせてきた。
「……分かりました。お任せします」
これ以上の抵抗は命に関わると察し、私はしおらしくその場に背筋を伸ばして従った。
◇
コン、コン、コン──。
控えめなノックの音が響くと同時に、待ってましたとばかりに扉が開いた。着替えを終えて完璧な夜会礼服に身を包んだアルお兄様が、颯爽と入ってくる。
「ちょっと! 淑女が着替えているかもしれない部屋に、いきなり入ってくるなんてどういうことよ!?」
「ノックは鳴らしたさ」
お兄様は私の文句を素知らぬ顔で受け流すと、部屋の椅子を正面からまたいで座り、背もたれに顎を乗せてこちらをじっと眺めてきた。なんとも行儀の悪い、身内だけの前で見せる姿だ。
「ほぉ……。流石、我が国が莫大な大金を投じて仕立てたドレスだな。遠目から見れば、ちゃんとした淑女に見えるぞ」
くすくすと言いながら、お兄様はふっと表情を真面目なものに変えた。
「……って、そんな軽口はいい。よく聞け、リネット。お前に付いたあの執事、エドワードといったな。ダリス大王国において、王女たちに配属される執事はみな、王族かそれに準ずる最高位の貴族だ。分かるか? この意味が」
「意味……?」
「王太子妃選びの期間中、お前にプライベートは無いということだ。一挙手一投足がすべて、ダリス王家への報告書に載ると思え。しかと心に刻んでおくんだな」
「……なによ、別に我が国は王太子妃の椅子が欲しいわけじゃないもの。そんなに肩肘張って気負わなくても大丈夫よ」
お兄様の過保護な忠告をいなすように、私はフンと鼻を鳴らした。
「それより、アルお兄様こそ大丈夫? 周りを見たら、どこの国も第一王子(王太子)がエスコートとして来ているみたいじゃない。相手は次期国王となる男たちよ。アルお兄様とは『背負っている自覚』が違うわ。現地で気後れしないでよね!」
売り言葉に買い言葉。普段なら、ここからさらに激しい兄妹喧嘩へと発展していくお決まりの流れだ。
あいにく、今日は二人を止めてくれるウィルお兄様はここにはいない。
このままでは夜会に遅れる──!と危機感を覚えたモニカが、慌てふためいた様子で二人の間に割り込んできた。
「お、お時間でございます、お二人とも! どうかお急ぎくださいませ!」
「チッ……。ほら、行くぞ」
不機嫌そうに舌打ちをしながらも、アルお兄様はすっと美しくエスコートの腕を差し出してきた。
ルリネットとしても不満は残るものの、ここで遅れるわけにはいかない。仕方なく、その差し出された腕に自分の手をそっと通した。




