表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
沈みゆく天使は嘘を占う  作者: 梅見月春
PR
2/2

運命は金で買えますか?

「伸びねえな〜……」


昼下がり。俺は煙草の煙越しに、PCの画面を見つめてた。サイトのPVは相変わらず一桁。閑古鳥が鳴いてる、画面の中でも外でも。


俺は煙草を灰皿に押し付けた。灰が、ざり、と小さく灰皿に散る。

そのとき、スマホから音が鳴った。軽快な音。通知音でラインだとすぐに分かった。

スマホを手に取る。


『リョウタ:焼肉まだ?』


タップしてすぐ画面を閉じた。

何も見なかったことにしておこう。


俺は足を組み替えた。客が待ってるかもしれない状態で、旧友との仲をあっためてる時間はない。


その時だった。

ガチャガチャ、と事務所のノブが回った。

まず見えたのは、高いヒールだった。

この古い事務所には似合わない、妙に手入れの行き届いた靴。

次に、細い、赤く縁取られた指先がドアノブから離れる。


「あら、ずいぶん雰囲気のあるところね」


入って来た女は、随分背が高かった。

高そうな赤いスーツ。胸元と耳元では、派手な金のアクセサリーがこれ見よがしに光っている。

濃い、甘ったるい香水の匂いが鼻について、俺はわずかに眉をしかめた。

丁寧にセットされた髪には、白髪さえ計算された筋みたいに混じっている。

彼女は、赤いリップを引き結び、俺を見て鼻で笑った。

俺は察した。こいつは金になる。

即座に営業用の笑みを顔に貼り付けた。


「いらっしゃいませ、通称『沈みゆく天使(エンジェル)』、占い師兼霊能者の波風ミナトです。今日はどんなご依頼で?」


「長ったらしい前書きはいいの。

年下の恋人を取り戻したい。彼と私が運命だという占い結果を作って」


そう言って、彼女は片手を机についた。俺を値踏みするように、上からゆっくり眺める。


「特別鑑定ですね」


来た来た、これはでかい釣り針だぞ。俺は内心舌なめずりをした。


「縁戻しって、ただ相性見ればいいってもんじゃないんですよ。悪縁の掃除して、流れ整えて、最後に“運命っぽく”見える形に持っていく。運命調律──そこまでやって特別鑑定です」

「そうなの」

「安くはないですよ。運命って維持費かかるんで」

「維持費……」


彼女がそう呟いた。俺が叩いた金額を見た彼女の唇がにやり、と吊り上がる。


「そうよね、やっぱりこれくらい取らないと。逆に信用できないわ」

「…………」


思わず、わずかに目を見開いた。

ここでビビらない客は珍しい。なかなかいない上客だ。


「占いなんて信じてないわ。でも信じる人間には効くでしょう?」


あ、こいつ、俺と同じ匂いだ。一瞬、ふっと笑ってしまった。訝しげにこちらを見たマダムが、何かに気付いたように眉を釣り上げた。


俺はおもむろに手を差し出した。彼女も手を差し出しそうと手を上げ──喋り出した。


「実はね、私のパートナーにはもうすでに恋人がいるのよ。その子、占いとか好きな子だから。ちゃんとした結果を見せてあげれば、きっと自分から身を引いてくれるわ。そういう子って、運命って言葉に弱いでしょう?可哀想だけど、釣り合ってないのよあの二人。私は親切でやってるの」


俺の差し出した手がぴた、と止まった。

すっ、と手を下げる。


「私と彼の相性を占って」


俺の下げた手を、彼女は気にした様子もない。


「……水晶玉でいいですか」

「カードの方が当たるって聞いたわ。それで」

「……はいはい」


こいつに水晶玉は効かないか。信じないって言ってたしな。俺は普段タロットは使わないが、仕方がない。

俺は渋々、棚からタロットの山を引っ張り出した。

テーブルにクロスを引く。紫がパッと広がる。

手際よくカードを混ぜ、テーブルに広げた。


女帝・逆位置。支配欲、自己中心。

悪魔。束縛、執着。

ソードの5。勝利のための犠牲。

塔。崩壊。


カードを広げている途中、指先に見覚えのある絵柄が引っかかった。

恋人。

その一枚だけが、やけに白く浮いて見えた。

昔、そういうカード一枚で、簡単に目を輝かせる女がいた。

俺が、恋人のふりをしていた頃の話だ。



『""恋人""だって!私たち、相性最高ってこと?』

『そうかもな』


目を輝かせながら、俺が引いたカードにかじりつくあいつに、俺は苦笑した。こいつ、ちょろすぎる。


『ミナト、ほんとに占いできるんだね!すごい!』

『お前、好きだろ。恋人が、好きなやつの趣味に合わせたいって思うのは自然じゃん』

『えー、そういうところ、かっこいい!』


もちろんイカサマだ。ホスト時代のマジック芸を存分に活用して、恋人のカードが一番上に来るように細工したのだ。

でもそんなことは一ミリも考えてなさそうに、キラキラと顔を綻ばせる彼女。

あれは仕事だった。

そういうことにしておけば、たいていのことは忘れられた。

……忘れられた、はずだった。



俺は息を飲み込み、引いてる途中に飛び出てきそうになったそいつを、見えないように素早くカードを山に押し込む。ここでホスト時代が輝く。


カードを並べて、俺はふっと笑った。


「いやー、すごいですね。ご希望に沿った結果は出ませんでした」

「どういうこと」

「女帝の逆位置、悪魔、ソードの5、塔。気持ちいいくらい全部だめだ」

「もう一度引いて」

「占いって、引き直すと当たらなくなるんですよ。ご存知ない?」


女は黙りこんだ。


「あ、それと、返金は受け付けてないんで」


彼女の目が変わるのが見えた。


「あんた、本当は占えないでしょ」


一瞬の沈黙のあと、彼女はくっと喉を鳴らした。


「私と同じ匂いがするわ。人を信じてないでしょう、根っこで」


俺は軽く肩を竦めた。


「お互い様じゃないですか」


女は笑った。口を押さえて、上品な笑い方だった。

彼女は真っ赤な革張り財布から、札束を取り出した。

俺に近づき、金束を俺の手に握らせる。

そして彼女は背を向けた。立て付けの悪いドアをギイと開け、一言だけ、笑いを含んだ声が聞こえた。


「面白い男ね」


それだけ言って、ドアは閉まった。


息をつく。机に目を向ければ、カードがクロスに散らばっていた。あのカードを拾い上げ、ポケットに突っ込んだ。かさり、とカードが音を立てる。


俺は無言でスマホを手に取った。

コール音がスマホから響く。


「あ、リョウタ?焼肉、明日でいい?」

「お前、今日なんかあった?」

「いや、別に。たまたま暇なだけ」

「……はいはい」


あいつはなにも聞かない。それが気楽でいい。

俺は金束を握りしめた。

ポケットの中で、さっきのカードがかさりと鳴った。

俺は聞こえなかったふりをして、スマホを耳に押し当てた。

事務所には、やけに暖かな日の光が差しこんでいた。

ここまで読んでくださりありがとうございました!


もしお気に召されたら、ブックマーク・感想・レビューなどいただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ