運命は金で買えますか?
「伸びねえな〜……」
昼下がり。俺は煙草の煙越しに、PCの画面を見つめてた。サイトのPVは相変わらず一桁。閑古鳥が鳴いてる、画面の中でも外でも。
俺は煙草を灰皿に押し付けた。灰が、ざり、と小さく灰皿に散る。
そのとき、スマホから音が鳴った。軽快な音。通知音でラインだとすぐに分かった。
スマホを手に取る。
『リョウタ:焼肉まだ?』
タップしてすぐ画面を閉じた。
何も見なかったことにしておこう。
俺は足を組み替えた。客が待ってるかもしれない状態で、旧友との仲をあっためてる時間はない。
その時だった。
ガチャガチャ、と事務所のノブが回った。
まず見えたのは、高いヒールだった。
この古い事務所には似合わない、妙に手入れの行き届いた靴。
次に、細い、赤く縁取られた指先がドアノブから離れる。
「あら、ずいぶん雰囲気のあるところね」
入って来た女は、随分背が高かった。
高そうな赤いスーツ。胸元と耳元では、派手な金のアクセサリーがこれ見よがしに光っている。
濃い、甘ったるい香水の匂いが鼻について、俺はわずかに眉をしかめた。
丁寧にセットされた髪には、白髪さえ計算された筋みたいに混じっている。
彼女は、赤いリップを引き結び、俺を見て鼻で笑った。
俺は察した。こいつは金になる。
即座に営業用の笑みを顔に貼り付けた。
「いらっしゃいませ、通称『沈みゆく天使』、占い師兼霊能者の波風ミナトです。今日はどんなご依頼で?」
「長ったらしい前書きはいいの。
年下の恋人を取り戻したい。彼と私が運命だという占い結果を作って」
そう言って、彼女は片手を机についた。俺を値踏みするように、上からゆっくり眺める。
「特別鑑定ですね」
来た来た、これはでかい釣り針だぞ。俺は内心舌なめずりをした。
「縁戻しって、ただ相性見ればいいってもんじゃないんですよ。悪縁の掃除して、流れ整えて、最後に“運命っぽく”見える形に持っていく。運命調律──そこまでやって特別鑑定です」
「そうなの」
「安くはないですよ。運命って維持費かかるんで」
「維持費……」
彼女がそう呟いた。俺が叩いた金額を見た彼女の唇がにやり、と吊り上がる。
「そうよね、やっぱりこれくらい取らないと。逆に信用できないわ」
「…………」
思わず、わずかに目を見開いた。
ここでビビらない客は珍しい。なかなかいない上客だ。
「占いなんて信じてないわ。でも信じる人間には効くでしょう?」
あ、こいつ、俺と同じ匂いだ。一瞬、ふっと笑ってしまった。訝しげにこちらを見たマダムが、何かに気付いたように眉を釣り上げた。
俺はおもむろに手を差し出した。彼女も手を差し出しそうと手を上げ──喋り出した。
「実はね、私のパートナーにはもうすでに恋人がいるのよ。その子、占いとか好きな子だから。ちゃんとした結果を見せてあげれば、きっと自分から身を引いてくれるわ。そういう子って、運命って言葉に弱いでしょう?可哀想だけど、釣り合ってないのよあの二人。私は親切でやってるの」
俺の差し出した手がぴた、と止まった。
すっ、と手を下げる。
「私と彼の相性を占って」
俺の下げた手を、彼女は気にした様子もない。
「……水晶玉でいいですか」
「カードの方が当たるって聞いたわ。それで」
「……はいはい」
こいつに水晶玉は効かないか。信じないって言ってたしな。俺は普段タロットは使わないが、仕方がない。
俺は渋々、棚からタロットの山を引っ張り出した。
テーブルにクロスを引く。紫がパッと広がる。
手際よくカードを混ぜ、テーブルに広げた。
女帝・逆位置。支配欲、自己中心。
悪魔。束縛、執着。
ソードの5。勝利のための犠牲。
塔。崩壊。
カードを広げている途中、指先に見覚えのある絵柄が引っかかった。
恋人。
その一枚だけが、やけに白く浮いて見えた。
昔、そういうカード一枚で、簡単に目を輝かせる女がいた。
俺が、恋人のふりをしていた頃の話だ。
『""恋人""だって!私たち、相性最高ってこと?』
『そうかもな』
目を輝かせながら、俺が引いたカードにかじりつくあいつに、俺は苦笑した。こいつ、ちょろすぎる。
『ミナト、ほんとに占いできるんだね!すごい!』
『お前、好きだろ。恋人が、好きなやつの趣味に合わせたいって思うのは自然じゃん』
『えー、そういうところ、かっこいい!』
もちろんイカサマだ。ホスト時代のマジック芸を存分に活用して、恋人のカードが一番上に来るように細工したのだ。
でもそんなことは一ミリも考えてなさそうに、キラキラと顔を綻ばせる彼女。
あれは仕事だった。
そういうことにしておけば、たいていのことは忘れられた。
……忘れられた、はずだった。
俺は息を飲み込み、引いてる途中に飛び出てきそうになったそいつを、見えないように素早くカードを山に押し込む。ここでホスト時代が輝く。
カードを並べて、俺はふっと笑った。
「いやー、すごいですね。ご希望に沿った結果は出ませんでした」
「どういうこと」
「女帝の逆位置、悪魔、ソードの5、塔。気持ちいいくらい全部だめだ」
「もう一度引いて」
「占いって、引き直すと当たらなくなるんですよ。ご存知ない?」
女は黙りこんだ。
「あ、それと、返金は受け付けてないんで」
彼女の目が変わるのが見えた。
「あんた、本当は占えないでしょ」
一瞬の沈黙のあと、彼女はくっと喉を鳴らした。
「私と同じ匂いがするわ。人を信じてないでしょう、根っこで」
俺は軽く肩を竦めた。
「お互い様じゃないですか」
女は笑った。口を押さえて、上品な笑い方だった。
彼女は真っ赤な革張り財布から、札束を取り出した。
俺に近づき、金束を俺の手に握らせる。
そして彼女は背を向けた。立て付けの悪いドアをギイと開け、一言だけ、笑いを含んだ声が聞こえた。
「面白い男ね」
それだけ言って、ドアは閉まった。
息をつく。机に目を向ければ、カードがクロスに散らばっていた。あのカードを拾い上げ、ポケットに突っ込んだ。かさり、とカードが音を立てる。
俺は無言でスマホを手に取った。
コール音がスマホから響く。
「あ、リョウタ?焼肉、明日でいい?」
「お前、今日なんかあった?」
「いや、別に。たまたま暇なだけ」
「……はいはい」
あいつはなにも聞かない。それが気楽でいい。
俺は金束を握りしめた。
ポケットの中で、さっきのカードがかさりと鳴った。
俺は聞こえなかったふりをして、スマホを耳に押し当てた。
事務所には、やけに暖かな日の光が差しこんでいた。
ここまで読んでくださりありがとうございました!
もしお気に召されたら、ブックマーク・感想・レビューなどいただけると励みになります。




