第4話 弟子と毒
「うぇぇぇっ……にがい……」
翌朝、フィーネは小瓶の中身を飲んで盛大に顔をしかめた。
「当たり前だ。蛇舌花の希釈毒液だぞ。美味いわけがない」
「こ、これを毎日飲むんですか……?」
「朝晩二回。一滴ずつ増やしていく。最初の一週間は苦いだけだが、二週間目から軽い発熱と発疹が出る。それは体が毒に適応し始めた証拠だから慌てるな」
「は、発熱……」
「俺が横についている。異変があればすぐ対処する」
フィーネは涙目になりながらも、二口目を飲み干した。
根性はある。薬師の素質として、それは何より重要だ。
「……よし、偉いぞ。次は座学だ」
「座学?」
「薬草の基礎知識。まずはこの辺りに自生する薬草を五十種覚えてもらう」
「ご、五十種……」
「見た目、匂い、味、毒性、薬効、採取時期、調合相性。全部セットで頭に入れろ」
俺は作業場の壁に、昨夜のうちに描いておいた薬草図鑑を貼った。
五十枚のスケッチ。それぞれに特徴と効能を書き添えてある。
「まずは最も基本的な十種から」
甘露草――解熱、鎮痛。甘い樹液が特徴。
銀葉草――殺菌、浄化、止血。葉の裏が銀色。瘴気や毒素を洗い流す作用もある。
蛇舌花――強力な毒を持つが、中和すれば瘴気分解薬の主原料。
青星草――汎用解毒剤の主原料。星形の青い花が目印。
紅眠花――鎮痛・鎮静。赤い花弁を煎じて使う。
癒し苔――傷口に直接貼ると止血・治癒促進。
黒根草――消化器系の薬。根を乾燥させて粉末にする。
風鈴蔓――呼吸器系の薬。風に揺れると微かに音が鳴る。
陽光茸――滋養強壮。日光を蓄える珍しい茸。
氷晶花――高熱時の冷却剤。花弁が常に冷たい。
「十種の名前と効能を、今日中に暗記しろ。明日テストする」
「テスト!?」
「当然だ。薬師が薬草を間違えたら人が死ぬ。暗記は命だぞ」
フィーネは壁のスケッチを睨みつけるように見つめ、必死にメモを取り始めた。
◇
フィーネに座学をやらせている間、俺は薬草園の管理と新しい薬の調合を進めた。
村の病気は治ったが、再発防止のための予防薬が必要だ。
瘴気性風土病は季節性のもの。次の季節の変わり目に同じことが起きないよう、予防薬を常備しておきたい。
さらに、村の暮らしで日常的に必要になる薬も作っておく。
傷薬。風邪薬。腹痛薬。虫刺されの軟膏。筋肉痛の塗り薬。
冒険者パーティにいた頃は、迷宮攻略用の特殊な薬ばかり作っていた。
こうした基本的な薬を作るのは久しぶりで、妙に楽しい。
「レンさーん!」
昼過ぎ、フィーネが作業場に飛び込んできた。
「どうした。暗記は終わったのか?」
「暗記はまだですけど、大変なんです! 村の東の牧場で、牛が三頭倒れたって!」
「牛?」
「はい。急に泡を吹いて倒れたみたいで……村の人たちがパニックになってます」
俺は調合の手を止め、牧場に向かった。
牧場では、三頭の牛が横たわっていた。口から泡を吹き、体を痙攣させている。
「これは……」
牛の口元に顔を近づけ、泡の匂いを嗅いだ。
かすかに甘い匂い。そして、独特の苦味を伴う刺激臭。
「星降り茸を食べたな」
「星降り茸?」
「強い神経毒を持つ茸だ。見た目が食用の陽光茸に似ているから、家畜が間違えて食べることがある」
ポーチから青星草の粉末と銀葉草のエキスを取り出す。
「フィーネ。水を持ってきてくれ。それと、午前中に教えた青星草の効能を言ってみろ」
「え、えっと……汎用解毒剤の主原料……です!」
「正解。青星草が毒を中和し、銀葉草が体内の毒素を浄化して排出する。これが基本的な解毒の二段構えだ」
水に粉末とエキスを溶かし、牛の口にゆっくりと流し込む。
「飲み込ませるのが大事だ。無理やり流し込むと気管に入る。ゆっくり、少しずつ」
十分ほどかけて三頭すべてに投薬した。
しばらくすると、痙攣が収まり、泡も止まった。一頭目がゆっくりと目を開ける。
「立った……! 牛が立ちましたよ!」
牧場主の男が泣きそうな顔で俺の手を握った。
「ありがとうよ薬師殿! この牛たちは村の宝なんだ、死んでたら冬を越せねえところだった!」
「星降り茸は牧場の近くに生えていたはずだ。見つけ次第除去した方がいい。後で見分け方を教えるから」
「おう、頼む!」
帰り道、フィーネが隣を歩きながら言った。
「レンさんって、本当にすごいですね。人だけじゃなく動物も治せるなんて」
「薬は生き物全般に効く。人間だけが特別なわけじゃない」
「…………あの、さっきのテスト」
「ん?」
「青星草の効能、合ってましたよね?」
「ああ、合ってたぞ」
「へへっ」
「……ただし、残りの九種も完璧にしろよ」
「うっ」
◇
その夜。
作業場でひとり、月下白蓮の葉を分析していた。
銀色の葉脈に沿って、微量の成分を抽出してみる。
舌先にほんの少しだけ乗せた。
「…………これは」
驚いた。
月下白蓮の成分は、既存のどの薬草とも異なるものだった。
毒でもなく、薬でもない。あるいは、その両方。
微量でありながら、体内のあらゆる循環を活性化させる感覚がある。
まるで体の中の毒素が洗い流されていくようだ。
この成分を解析し、培養し、他の薬草と組み合わせることができれば――
「……万能薬が、本当に作れるかもしれない」
伝説の域を出なかった万能薬。
その実現が、この小さな村から始まるかもしれない。
俺は研究記録帳を開き、震える手で分析結果を書き記した。




