第3話 薬草園
三日後、薬は見事に効いた。
「熱が引いた……! 斑点も消えてる……!」
「お母さんが起き上がれるようになったの!」
「あの薬師さんはどこだ! 礼を言わせてくれ!」
村中が沸いた。
三週間も続いた原因不明の病が、たった三日で完治したのだ。
村長のオルゴは、白い髭を震わせて俺の手を握った。
「レン殿……本当にありがとう。儂らはもう駄目かと思っておった」
「大したことはしていません。適切な薬草を、正しい配合で調合しただけです」
「それができる者がおらんかったのだ。……領都に助けを求めたが、こんな辺境に医者を寄越す余裕はないと突っぱねられた」
村長の目に怒りと諦めが混じっている。辺境の現実だ。
「村長。ひとつ提案があります」
「なんだね?」
「この村に薬草園を作らせてください」
「薬草園?」
「ええ。毒の森には希少な薬草が大量に自生しています。それを計画的に栽培すれば、村の病気を予防できるだけでなく、薬を作って売ることもできる。この村の新しい産業になります」
村長の目が光った。
「しかし……毒の森の薬草を栽培できるのか? あの森に入れる者などおらんぞ」
「採取は俺がやります。栽培技術も俺が教えます。毒の森の薬草は特殊な土壌を好みますが、瘴気を適度に含んだ土を作れば森の外でも育てられます」
「……本当にそんなことが?」
「薬師を甘く見ないでください」
少しだけ笑って言うと、村長も笑った。
「よし。村の空き地を好きに使え。レン殿、お前さんにはこの村の恩人になってもらわねばな」
◇
薬草園の建設は、翌日から始まった。
場所は村の南側、毒の森に最も近い空き地。
かつては畑だったが、瘴気のせいで作物が育たなくなり、放棄されていた土地だ。
「逆に好都合だな。瘴気を含んだ土壌は、毒の森の薬草にとっては最高の環境だ」
「レンさん、私も手伝います!」
フィーネが朝一番にやって来た。
この数日で彼女はすっかり俺の助手を自認している。
「ありがたい。じゃあ、まず土壌の準備から教えるぞ」
「はい!」
まず、瘴気を含んだ土の濃度調整。
毒の森の土をそのまま使うと濃すぎるので、通常の土と混ぜて希釈する。
「比率は毒の森の土が三、通常の土が七。これが基本配合だ」
「三対七……覚えました」
「薬草の種類によって微調整が要る。蛇舌花は瘴気濃度が高めを好むから四対六。甘露草は逆に瘴気が薄い方がいいから二対八」
「植物によって違うんですね」
「当たり前だ。薬草は生き物だ。一律に扱ったら枯れる」
フィーネは必死にメモを取っている。
土壌を整えた区画に、毒の森から採取してきた薬草の種と株を植えていく。
蛇舌花、甘露草、銀葉草に加えて、解毒作用のある青星草、鎮痛効果のある紅眠花、そして傷薬の材料になる癒し苔。
「こんなに種類があるんですか!」
「毒の森から採取できた分だけで、これだ。まだまだ奥にはもっとある」
村人たちも少しずつ手伝いに来てくれた。
最初は遠巻きに見ていた男たちが、薬で命を救われた恩義からか、力仕事を買って出てくれる。
土を耕し、柵を立て、水路を引く。
三日がかりで、薬草園の骨格ができあがった。
「立派なもんだ……」
村長が感慨深げに呟いた。
「まだ骨格だけです。本格的に収穫できるようになるまで二ヶ月はかかります。でも、蛇舌花と甘露草は成長が早いから、一ヶ月もすれば最初の収穫ができるでしょう」
「一ヶ月か。楽しみだな」
◇
その日の夜。
村長の家で食事をご馳走になった帰り、フィーネが追いかけてきた。
「レンさん」
「どうした?」
「あの……私、薬師になりたいです」
「……唐突だな」
「唐突じゃないです! レンさんが薬を作ってるのを見て、ずっと思ってたんです。私もああいうことがしたいって」
フィーネの目は真剣だった。
「この村には医者がいません。領都からも見捨てられてます。レンさんがいなかったら、村のみんな死んでたかもしれない。……だから、私も学びたいんです。レンさんがいなくなっても、村を守れるように」
「俺がいなくなる前提なのか」
「だって、旅の薬師さんでしょう? いつかは出て行くかもしれないし……」
「…………」
しばらくこの村にいるつもりだ、とは言った。
だが、確かに永住を約束したわけではない。
この少女は、その先を見据えている。
「……分かった。教えてやる」
「本当ですか!?」
「ただし、薬師の修行は甘くないぞ。百種以上の薬草を覚え、毒の知識を叩き込み、調合技術を体に染み込ませる。何年もかかる」
「覚悟の上です!」
「それと、最初にやることがある」
「なんですか?」
「毒を飲め」
「…………は?」
「毒身慣らし。微量の毒を継続的に摂取して、体に耐性をつける。薬師の基本中の基本だ。これができなきゃ毒の森には一歩も入れない」
フィーネの顔が青くなった。
「あ、安全なんですよね……?」
「俺が管理する。死にはしない。……たぶん」
「たぶん!?」
「冗談だ。俺の師匠も同じ方法で俺を鍛えた。大丈夫だよ」
フィーネは数秒迷った後、ぐっと拳を握った。
「やります」
「よし。じゃあ明日から始めるぞ。弟子一号――いや、助手だな」
「助手……! はいっ!」
星が綺麗な夜だった。
毒の森の方角だけ、かすかに紫色の靄がかかっている。
パーティを追い出されて十日あまり。
新しい場所で、新しい人と、新しい日々が始まっている。
……まあ、悪くない。
むしろ、これこそ俺がずっとやりたかったことなのかもしれない。




