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「僕の脚本通りに踊ってくれるかな?」 ~腹黒外交官と氷の令嬢による、愚か者たちのための処刑録~

作者: きゅーび
掲載日:2026/03/15

「ヴァレンツァの至宝、リアム様と存じ上げます。しばしお時間を頂戴出来ませんでしょうか?」


 リブラ王立学園にあるサンルームの一角は満開の木蓮の影にあり、ほどよく衆目を遮っていた。

 優雅に紅茶を嗜んでいたリアムはふいの闖入者に緩やかな笑みを向ける。


 リアム・ヴァン・アルディッシュ。

 蜂蜜色の緩くウェーブがかった髪にグリーンサファイアを埋め込んだような双眸。

 貿易大国ヴァレンツァの貴族の多くがそうであるように、リアムの肌色もまた陽光に愛された褐色だ。

 至宝の名に恥じない、存在そのものが宝石のような男は、しかしそのフルネームを知るものは学園にはほとんどいなかった。

 それもその筈で彼がこの学園にやって来たのは僅か二週間ほど前のこと。

 王子に負けず劣らずな美男子が現われたとの噂は、さざ波のように学園内で囁かれていたものの、実際に話をした者はほとんどいない。


「君は、オーガスト・バトラーだったかな?」


 リアムはカップをソーサーに戻すとオーガストに座るように促した。

 オーガストは一礼して席に腰を降ろすと、周囲を憚るよう声を落とす。


「単刀直入に申し上げます。どうか我が国の窮地を救う手助けをしては頂けないでしょうか」

「おや、国とは。……随分と大きく出たものだね」

「国、です。リアム様もすでにお気づきではないでしょうか?」

「それは、王子の”お戯れ”に関してかな?」


 リアムの言葉にオーガストは渋い顔で頷いた。

 この国、リブラ王国の王子エドワードが婚約者である公爵令嬢カタリナ・ロシュタールを差し置いて、男爵令嬢のミーナ・ポーリーに入れ込んでいるという話は学園において周知の事実となっている。


「そう気にするほどの事でもないだろう。どうせ学生の時だけのお遊びだ」

「だとしても、ロシュタール公爵家がそれを許すかどうかは別の話です」

「それで?」


 リアムは面白がる様子で目を細める。


「ロシュタール公爵家がエドワード王子の後継人を降りることになれば、カシュアン第二王子を王位につけろと迫るでしょう」

「いいんじゃないか? カシュアン第二王子は聡明だと聞く」

「聡明ですが苛烈な方です。何よりカシュアン派はアルジャント人を憎んでいます。彼が王位についた暁には、王国内のアルジャント人を追い出し、その財産を分配するとまで言っている」


 憎々し気に零すオーガストもアルジャント人特有の白銀色の目に髪を持っている。

 アルジャント人は勤勉で金銭感覚に優れており、商人として成功するものが多かった。

 オーガストのように爵位を賜った新興貴族も存在し、それゆえに古き血筋の貴族たちからは忌み嫌われてもいる存在だ。


「君の事情は理解したよ。だが、君は商家の息子だ。まさかこの僕を同情心だけで買えるとは思っていないだろう?」

「もちろんです、リアム様。アルジャント人は必ず”金”で恩義に報います」


 オーガストは白銀の目を輝かせながら頷いた。






「まず状況を確認したい。件の男爵令嬢ミーナ・ポーリーはなぜ公爵家に仇なすような真似をしてるんだい?」


 改めて交渉の場についたオーガストはリアムの問いかけに溜息を吐きながら首を振った。


「いくつかの理由がありますが、……直接的な要因は、当人の愚かさです。蝶よ花よと育てられたミーナ嬢は現状がいかに危ういかに気付いていません。ただ、王子とその側近達の寵愛を受けている事に酔いしれているのです」

「なるほど、ミーナ嬢を愛でているのは王子だけでなくその側近たちもと言う訳か」

「はい。次期騎士団長とも名高いアイゼンシュタイン家子息のグレン、ならびに代々宰相を務めるマルドゥアン家子息のルイスがこの騒動に加担しています」


 リアムは僅かに眉尻を持ち上げただけにとどめたが、その目は明らかな侮蔑を宿していた。


「なるほど。ミーナ嬢というのはよほど魅力的な女性らしい。……それで、間接的な要因は?」

「カシュアン第二王子の奸計です」

「詳しく教えてくれ」

「はい。まずミーナ嬢は、愛人との間に出来た子供です。しかし正妻との間に実子がいないためポーリー家の跡継ぎとされています。

 数年前にポーリー男爵が亡くなられ、現状はミーナ嬢が成人するまではという期限付きで正妻のサデリア夫人が当主を務めています」

「ふむ、……サデリア夫人としては面白くない立場だね」

「その通りです。輪をかけてミーナ嬢は我儘放題に育てられたたため、家ではサデリア夫人を軽んじているとか。

 そこに目をつけたのがカシュアンです。彼は”見目がよく男に媚びを売るのだけは一人前”のミーナを使い、エドワードにハニートラップを仕掛ける事を考えました。

 しかしミーナ嬢はお世辞にも頭がいいとは言えないため、本人ではなくサデリア夫人に相談を持ち掛けたのです」


 オーガストは一呼吸置くと再び口を開いた。


「ミーナを甘やかしたまま学園に入れ、王子をそそのかすように誘導しろ。成功すれば、多額の報奨金を与えた上で、ポーリー家からは除籍し、平和で何不自由ない暮らしをさせると約束した」

「よくそんな情報が手に入ったものだね」

「商人にとってもっとも大切な商品は情報です。リアム様もよくご存じでいらっしゃいましょう」


 昏くほくそ笑むオーガストに、リアムはあくまでも春風のように穏やかな笑みを返した。


「それもそうだ。しかし、エドワード王子はどう始末をつけるつもりだったのかな?

 まさか本気でミーナ嬢を妃に迎えられるとは思っていないのだろう?」

「はい。正妃に公爵令嬢を据え、側妃としてミーナ嬢を迎えるのであれば、角が立たないと思っているようです。

 しかしロシュタール公爵家はそう甘くはありません。事前の断りもなくあのような不義理な態度を続けられれば、王子を切り捨てることも厭わない」

「……なるほどね。状況は理解した。

 ミーナ嬢は本人はそうとは知らずカシュアン第二王子の奸計によりエドワード王子を誘惑している。

 そしてあろうことか、エドワード王子の側近たちは制止するどころか、その魅力に屈して歯止めが効かなくなっている、と」

「その通りです」


 オーガストは重々しく頷いた。

 リアムは紅茶で喉を潤すと優雅に足を組み替える。


「――それじゃあ今度は君の『次善の策(バトナ)』を聞かせてくれ。

 エドワード王子を諦め、僕に国を売ってでもアルジャント人の生存権を確保したいのかな?」


 話をしながらもオーガストは背にじっとりと汗をかいていた。

 リアムはどこまでも穏やかだが、あまりにも底が見えないのだ。

 本当に彼に相談を持ち掛けたのは正しい選択だったのか。段々と自信がもてなくなっていく。

 それでもオーガストは口を開いた。何故ならば、状況はすでに”詰んでいる”からだ。


「……私の『次善の策(バトナ)』はロシュタール公爵家に王子の手綱を握らせることです」

「面白いね。確かにロシュタール公爵家は今のところアルジャント人に対して友好的だ。

 君の働きによって実権により深く食い込む事が出来るならば、よりアルジャント人に対して好意を抱くだろ」

「その通りです。エドワード王子に自身の犯した過ちを認めさせ、ロシュタール公爵家に頭があがらない状態にする。

 王子を傀儡に出来るのであれば、公爵家も溜飲が下がることでしょう」


 オーガストは真正面からリアムと視線を重ねたあとに深く頭を下げた。


「改めてリアム様にお願い申し上げます。この盤面を書き換える事が出来る者がいるならば、それは貴方様くらいでしょう。

 どうか、どうか、この国を、いえアルジャント人の未来を守っては頂けないでしょうか」


 リアムはやはり、穏やかに優雅に微笑んだ。


「ふむ、まぁいいか。せっかく留学してきたというのに、茶番劇を見せられてうんざりしていた所だ。

 脚本を書き換えてやるのも悪くない。だが、……この貸しは高くつくぞ」

「いいえ」


 オーガストは毅然として首を横に振る。


「貴方との縁に投資出来るならば、それはいかに金貨を積み重ねても決して高くはないでしょう」


 その返答に満足したのか、リアムは肩を震わせると「はは」っと軽やかな笑みを転がした。





 

 至聖なる円卓の園(サンクタム・ロゼリア)

 それは学園の南東に位置する薔薇園であり、リブラ王国において特権階級をもった生徒たちのみが入れる場所であった。

 実際、出入りを妨げるような柵がある訳ではなかったし、学園規約で定められている訳でもない。

 だが、学園に通う者には”暗黙の了解”とされている。

 リアムは薔薇園の中を優雅に、しかし周囲の気配を探りながら歩いていた。

 競い合うように咲き誇った薔薇は視界を遮る役目も果たしており、頼りになるのは聴覚となる。

 リアムは駆けてくる軽い靴音に耳を澄ませ、タイミングを見計らって木立から踏み出した。


「きゃッ」


 愛らしい悲鳴が小さく響き、リアムの身体にぶつかった。

 バランスを崩す少女を抱きとめるようにして尻もちをつく。

 結果的に、リアムの上へと覆いかぶさることとなった少女、――ミーナ・ポーリーは零れそうなほど大きな空色の目を瞬かせた。


「……失礼いたしました、レディ。お怪我はないでしょうか?」


 リアムは意識して首を緩く傾けると、少女の顔を覗き込む。

 それは、自身がどうすれば魅力的に見えるのかを知り尽くしている者の所作だった。

 狙い通り、ミーナは見る間に顔を赤らめ、空色の瞳は熱めいた色を宿していく。


「は、はい、大丈夫です。ありがとうございます。あ! ごめんなさい、重かったですよね」

「まさか。羽のように軽いから、天使じゃないかと疑っていたところだ」


 歯の浮くような台詞もリアムにかかれば吟遊詩人の歌のように心地よく鼓膜を擽った。

 謝罪をしながらもミーナは一向にリアムの上から動こうとせず、その容貌に魅入っている。

 学園では珍しい褐色の肌に宝石をはめ込んだような美しい瞳。

 リアムの甘いマスクは、だがエドワードをはじめとするこの国の男たちとは明らかに違う、異国の、潮騒をまとったような”情熱”の彩を宿している。

 それは、恋多き乙女であるミーナにとって、喉から手が出るほどに欲しいと思わせるものだった。


「わ、私はミーナ・ポーリーと言います。貴方は?」

「僕の名前はリアムです」

「リアム、さま……」

「いえ、ポーリー嬢、是非にリアムとお呼び下さい」

「で、では、私のことも是非、ミーナと……!」


 リアムが微笑むとミーナはますます頬を赤らめる。

 その様を愛らしいと感じる者も多いだろう。だがリアムからしてみればあまりにも稚拙な誘惑だった。

 無論、それを顔に出すようなリアムではない。

 これがリアムとミーナとのファーストコンタクトであった。


 その後もリアムは、偶然を装って幾度かミーナと接触した。

 リアムはミーナに対して好意を匂わせながらも、決して自ら誘いをかける事はしなかった。

 微笑みかけ、眩しそうに目を細めて見つめ、情欲の色を滲ませた声で「ミーナ嬢」と囁く。その絶妙な距離感は、王子とその側近を立て続けに射落としたミーナにとって耐えがたい渇望を抱かせた。

 ミーナは次第にリアムを振り向かせることにのめりこんでいく事になる。

 その姿を認めれば全力で駆け寄ってくるに至るまでそう時間はかからなかった。


「リアムさまぁ~~~~~~!」


 今日も今日とて甘ったるい声をあげ走ってくるミーナに、リアムは秀麗な顔を緩ませる。

 近頃の学園において、それは見慣れた光景ともなっており、生徒の多くはミーナの軽率な行動に冷え切った視線を送っていた。

 ただでさえミーナは公爵令嬢から王子を横取りしようとした女なのだ。

 それが今度は噂の転校生にすり寄っているとなれば醜聞以外のなにものでもない。

 この状況において最初に動いたのは、公爵令嬢のカタリナであった。






「リアム・ヴァン・アルディッシュ様、本日はご足労いただきありがとうございます」


 カタリナがリアムを招いたのは、ロシュタール公爵家の管理下にある喫茶室だった。

 王城の迎賓室にも勝るとも劣らない豪奢な部屋は、公爵家の力がいかに強大であるかを雄弁に物語っている。

 もてなしのために出された紅茶は、この国においての最上級品とされる春摘みの品であったが、そこにヴァレンツァ特有の「アフタヌーンティーには柑橘系の果実を添える」という流儀も加えており、リアムの立場をよく理解している事が窺える。

 しかしテーブルに飾られた薔薇はあえて棘を落としていないもので、リアムはそこに何らかの意図を感じ取った。


「……美しい薔薇ですね」

「ふふふ、ありがとうございます。殿方は棘を落とした薔薇を好まれますが、ロシュタール公爵家ではこうして棘つきのままに飾る事が多いのですわ」

「薔薇の棘で怪我をする者は、その者の振舞いへの報いです」

「ええ、そうね。庭師でなければその通りだわ」


 カタリナは優雅に笑うと、刺繍の施された扇子を拡げて口元を隠す。


「近頃では路端の花を愛でるのを好む殿方もいらっしゃるそうですが、リアム様はどのようにお考えでしょうか?」

「花はみな押しなべて美しいものです。しかし、……それが花でなく害虫であるならば取り除かなければなりません」

「まぁ、……リアム様が自らそのようなことを?」


 カタリナの双眸が笑みの形で弧を描く。


「オーガスト・バトラー殿から商談がありました」


 その名を口にすればカタリナは腑に落ちた顔になる。


「ああ、そう。そうでしたの。ですがあの薔薇は虫食いだらけ。すでに手おくれではないかしら?」

「かろうじて、花だけは残っております」


 そこでリアムは目を細めた。


「虫食いの葉を全て落とし一輪となった花であれば、ロシュタール公爵家の花瓶に飾ることも出来ましょう」

「……我が家の花瓶にあの薔薇を?」

「ええ、必ずや手折ってまいりましょう」

「いいわ」


 カタリナはパチンと音を響かせて扇子を閉じる。


「私もその商談に乗りましょう。何かお手伝い出来ることはあるかしら?」

「で、あれば、……私の正体が出来るだけ長く皆に知られることがないよう、取り計らって頂けますか」


 リアムの言葉に、カタリナは満面の笑みで頷いた。






 いち早くリアムの正体に勘づいたカタリナとは対照的に、王子とその取り巻きはミーナの心をかき乱す謎の男の存在に日々苛立ちを募らせていた。

 リアムの出自は隣国ヴァレンツァの外交官の家の子息であり、学園においては身分を伏せ一時的な留学生として訪れている。

 しかし、国家の保安を担う立場の者であれば、当然知っているべき情報であり、事実、カタリナやオーガストは早くからその正体に気付いていた。

 王子とその側近がリアムの正体に気付けずにいたのは恋にかまけた彼らの怠慢に他ならない。そこにきて、ロシュタール公爵家によってひっそりと敷かれた緘口令により王子たちはリアムの正体を一向に知らないままだった。

 故に、王子たちからしてみれば、リアムは自分たちの恋路の邪魔をする”どこの馬の骨とも知れぬ男”であったのだ。

 その怒りが頂点に達したのは、とある放課後のことだった。

 このところは当たり前のようになっていた、ミーナがリアムへと駆け寄る様子に護衛騎士であるグレンが声をあげたのだ。


「そこのお前、いい加減に無礼な態度はわきまえろッ!!」


 突然の叱責を受けたリアムは、僅かばかりに困った顔で眉尻を下げる。

 その態度を馬鹿にされたと受け取ったのか、グレンはますます声を荒げた。


「わざとらしくミーナ嬢の周囲をうろつき気を引こうとする態度は目に余る。恥ずべき行為だとは思わないのか?」


 鼻息荒く詰め寄っていくグレンを、エドワード王子も側近のルイスもただ見守るばかりだった。

 それは実質上、王子の公認で詰問をしている状況に等しい。


「……恥ずべき、というのはどういう意味でしょうか?」


 リアムはあくまでも紳士的に問い返した。


「そのままの意味だ。聞けばお前が初めてミーナ嬢に会ったのはサンクタム・ロゼリアだと言うではないか!

 あの薔薇園は特権階級のみに許された場所。資格なきものがうっかり迷いこむ筈などないだろう!」


 グレンは大声で宣ったが、その言葉に王子とルイスは驚きに双眸を見開いた。


「それだけではない! 二度目に会ったのは女神の噴水だと聞く。あの噴水の先は生徒会役員の特別棟以外に存在しない!

 狙ってミーナ嬢に会おうという企みでもない限りは、近づく用事もないだろうが!」


 その後もグレンはリアムがいかに狙いすましたかのようにミーナの前をうろついたかを暴露していったが、そのたびに王子とルイスは顔色が悪くなっていった。

 それもその筈だった。

 リアムはあえてミーナが”王子たちの気を惹くためにとった行動”を模倣していた。

 すなわちミーナは王子やグレン、ルイス達を落とすために本来ならば行く必要のない場所へ”偶然”だと言って現れていた。

 他人の立場として語られて初めて、その不自然さを気付かされることになったのだ。


 だが唯一、頭に血がのぼっているグレンは気付かなかった。

 リアムがあえて苛立たせるように仕向けたのだ。

 憐みを籠めた視線、おどけた様子で肩をすくめて見せる動作、同情を誘うようにミーナを流し視る視線。


 それ以外にもリアムはひっそりと噂の種を撒いていた。

 曰く、リアムはミーナ嬢が王子たちの寵愛を受けていると承知した上で懸想している。

 曰く、リアムはミーナ嬢の心を独占しようと必死な王子たちを影ではあざ笑っている。

 あくまで噂。ただの噂だ。

 だがそれらはカタリナとオーガストの力を借り、巧妙に操作され王子たちの耳に入るように仕向けられた。


 それらが積み重なった結果、グレンの怒りは今や頂点に達していた。

 故にグレンは、ルイスと王子との間に流れる気まずい空気に気付かなかった。


「どうだッ! これだけの証拠が揃っていてどう言い訳をするつもりだ!」

「え!? それは本当ですか!? リアム様は私に偶然を装って会うために来てくださっていたのですか!?」


 そしてグレン以上に空気を読まない者がいた。

 ミーナは頬を桃色に染め、感動に空色の瞳を潤ませる。

 それが、――グレンの理性を焼き切った。


「決闘だッ!!!! か弱き女子生徒をつけまとうような不埒な輩をこれ以上のさばらせてなるものかッ!!」

「お、おい、グレンッ」


 流石にルイスが声をかけるが頭に血が上ったグレンは止まらない。


「止めてくれるなッ! この男は未婚であるミーナ嬢をつけ狙い、誘惑した不届き者だ!

 将来、騎士団を預かるものとして見過ごせるものかッ!」

「つまりそれは、この国の騎士団代行として僕に決闘を申し込むと、そういう事かな?」


 リアムの指摘をうけ流石のグレンも僅かに冷静さを取り戻した。だがリアムは追撃をかける。


「おや? まさか護衛騎士たるグレン殿が発言を取り下げるおつもりですか? 一度抜いた剣を鞘に戻すと?」


 ぎりぎりと奥歯を食い締めるグレンに王子もルイスもただ戸惑いを見せている。

 どうやって場を収めれば良いかが分からないのだ。

 リアムは先ほどまでの穏やかな笑みとは打って変わって、グリーンサファイアの目を凍り付かせて王子へと向ける。


「エドワード王子殿下、改めてお尋ねいたします。

 私はリアム・ヴァン・アルディッシュ。ヴァレンツァ大公国が親善の証として送り込んだ、国家の威信を預かる身です。

 また、ご存じの事と思いますがアルディッシュ家は代々外交官を務める家柄。私自身もその身分を有しております。

 その私に対しての武力行使は、わが国への主権侵害、ならびに国際信義に対する明白な挑戦と見なされます。

 リブラ王国はわが国との国交を断絶し、戦火を交える覚悟を固めたと――そう解釈してよろしいのですね?」


 その言葉に、王子たちは完全に顔色を失った。

 ヴァレンツァ大公国は海を隔てた先の貿易大国であり、強大な軍事力を有しているばかりでなく、海上の実権を握っている。

 戦争が起こればどちらが有利かなど火を見るよりも明らかだ。


「――ヴァレンツァの至宝、リアム・ヴァン・アルディッシュ様にご挨拶申し上げます」


 ふと、凛とした声が響き渡った。

 豪奢だが華美ではないドレスをまとったカタリナは颯爽とその場に現われると優雅なカーテシーを披露する。


「アルディッシュ様、僭越ながらロシュタール公爵家が長女カタリナ、わが国の不徳が生んだこの度の無礼、心よりお詫び申し上げます。

 重ね重ねの非礼にて恐縮ではございますが、これ以上この場を汚すわけにも参りません。

 場所を改め、……今後の『善後策』について、私と協議をさせて頂くお時間は頂けますでしょうか?」


 リアムはカタリナに向き直ると、同じく優雅な礼を返して頷いた。


「ロシュタール公爵令嬢、あなたの提案を受け入れましょう」


 それは場の主導権がロシュタール公爵家へ移ったことを明確に表していた。

 すなわちエドワードの首がカタリナに差し出された瞬間であった。






 ロシュタール公爵家の管理下にある喫茶室にて、エドワード王子含む三人はまるで死刑囚のような顔色だった。

 外交官の身分を有するリアムに対しての武力行使、それをロシュタール公爵家が取り持つという宣言にリアムが同意した以上は、王家の親衛隊であっても踏み込むことは難しい。

 それこそ、開戦の意思ありと見做される。

 故に王子たちはなんの後ろ盾もない状態で、喫茶室に連れて来られる運びとなった。


 リアムはまず自身の行動についての弁明をおこなった。

 外交官という立場であればサンクタム・ロゼリアの立ち入りは許可されていること、女神の噴水の先にある生徒会委員の特別棟には自身のためにあてがわれた迎賓室が存在すること。

 実際のところ、リアムはそれらの場所をあえてミーナの目に留まるタイミングを見計らって通り過ぎていたものの、そこに存在していた理由として何ら不自然のないものだった。

 だがミーナは別だ。

 彼女はサンクタム・ロゼリアへの立ち入りは許可されていなかったし、女神の噴水に立ち寄る理由は何もない。

 エドワード達もすでにそれがミーナの故意であった事は察していた。

 そして、リアムの行動が奸計にかかったエドワード達の浅はかさを浮彫りにするためのものであった事も。

 そこまで察しが悪いほどにはエドワードとルイスは愚か者ではなかったが、悟るにはいささか遅すぎた。


 リアムの行動はヴァレンツァ大公国による内政干渉に近いものである。

 しかし、それだけの隙を与えた上に、開戦の可能性まで持ち上げることとなった王子たちの失態を鑑みれば咎めるのはとうてい不可能だった。


「リアム様。今回の件、王家に代わり我がロシュタール家が全責任を持って補償させていただきます。

 つきましては、ヴァレンツァの商船に対する今後十年の港湾税を公爵家が全額肩代わりいたします。ならびに……今回の件で心身を害された貴方への慰撫として、我が家に伝わる『紺碧の涙』をヴァレンツァ大公へ献上いたしましょう」


 カタリナの宣言にエドワード達は息を飲んだ。

 ロシュタール公爵家が負うことになる負債は計り知れないものとなるだろう。

 それすなわち、王家がロシュタール公爵家に対してとうてい払いきれないほどの借りを作ったことになる。

 リブラ王国はロシュタール公爵家の傀儡となる。

 カタリナはあえて寛大さを示し、エドワードを支え続けると宣言することにより、実質国を支配する立場を得ることになるだろう。

 ロシュタール公爵家の後ろ盾がない限りは第二王子カシュアンの出番もない。


 カタリナ・ロシュタールの一人勝ち、いや、リアムとカタリナの共同戦線による圧勝である。

 ヴァレンツァ大公国が得た利益も計り知れないものであった。


 粛々と話が進む中で、最後まで空気を読むことが出来なかったのはミーナであった。

 ミーナはリアムが隣国の外交官であると知った上で、なお首を傾げて問いかけた。


「ええと、でもリアム様は私を愛して下さっていたからこそ、私に会うためにわざわざ足を運んで下さっていたんですよね?

 でしたら私はリアム様のお気持ちに応えたいと思っております。是非、ヴァレンツァ大公国へ連れていって頂けませんか?」


 ミーナの問いかけは黙殺された。リアムからすればその問いに答える価値すらないものだった。

 ないがしろにされた経験のないミーナは戸惑いの視線をエドワードへと向けたが、エドワードもまた顔を背けるばかりだった。

 エドワードにとってミーナは疫病神でしかなかったのだと思い知らされたばかりなのだ。

 ミーナは何も分からないまま、空色の瞳を潤ませていた。






 ********************






『リブラ・ヴァレンツァ外交秘史録より』


 リアム・ヴァン・アルディッシュは帰国後、「ヴァレンツァの至宝」の異名を不動のものとした。

 リブラ王国との通商条約改正を皮切りに、大陸全土の利権を天秤にかけ、外交のみで数多の小国を屈服させた。

 その知略は後世、軍事力に頼らぬ「静かなる征服」として外交官の規範となった。


 カタリナ・フォン・ロシュタールはエドワード王子の妃として入内。

 夫である王を賢明に補佐し、事実上の最高権力者としてリブラ王国の最盛期を築いた。歴史書は彼女を「峻烈なる守護妃」と称え、その統治下において王権はかつてない安定を見た。

 王が彼女の御前で一度も頭を上げられなかったという逸話もまた、公然の秘密として語り継がれている。


 ルイスは未来の宰相の座を追われ、外交上の失策を問われ中央政界から永久に追放された。

 その後釜に座ったのは、ロシュタール公爵家にて推挙されたオーガスト・バトラーであった。アルジャント人が宰相に就くという前代未聞の人事は、リブラ王国が「血統」から「実利」へと舵を切った歴史的転換点として記されている。


 グレンは騎士団長への道を閉ざされ、彼は最北の辺境騎士団へと更迭された。

 しかし、過酷な北の地での蛮族との戦いは、甘露に溺れた彼の魂を鍛え直した。

 後年、彼は実直な「国境の壁」として兵士たちの厚い信頼を集め、かつての醜聞を知る者は誰もいなくなったという。


 ポーリー男爵家は、他国への不敬と王族誘惑の罪により爵位を剥奪、家名は抹消された。

 ミーナ、ならびに母サデリアの行方を記す公的な記録は、この日を境に一切途絶えている。ただ、場末の酒場でかつての「路端の花」に似た女を見たという真偽不明の噂が、しばし囁かれていたという。





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