第三話 逃亡③
暗闇の底に落ちたはずなのに、
地面は意外なほど柔らかかった。
苔のような、草のような……
湿った匂いが鼻をくすぐる。
「……っ、はぁ……はぁ……」
呼吸が荒い。
心臓がまだ“逃げろ”と叫んでいるみたいに脈打っている。
しばらく動けなかった。
頭の中がぐちゃぐちゃで、
何が起きているのか整理する余裕もない。
そんな俺の前に、黒猫がひょいっと降りてきた。
「あ〜おもしろかった! 最後のあの二人の顔! にゃはは」
金色の瞳が、暗闇の中で光る。
「……ここ、どこだよ……」
声が震えていた。
自分でも驚くほど弱々しい声だった。
「ここは“森の影の中”だにゃ。
普通の人間は入れない場所。
だから、追ってこれない」
黒猫は尻尾をゆらゆら揺らしながら言う。
「森の……影? なんだよそれ……」
酸素が足りてないのか、頭がぼーっとして思考がまとまらない。
「というか……お前、猫なのになんでしゃべるんだ」
「ん? 君、もしかして何も知らずについてきたのかい?
にゃはは。変な人間!」
「……いいから説明してくれないかな。
ここに来てから誰もまともに説明してくれないんだ。
何もわからないのは当たり前だろう」
息が整ってきたせいか、今までの出来事を思い出して腹が立ってきた。
「にゃははは! 可哀想! 呼び出されて、変な“縁”つけられて……
にゃふふ……君って本当に面白い!」
――質問に対して全然答えが返ってこない。
なんかわからないけど、こいつが俺を馬鹿にしているのはわかる。
「さっきも言ってたけど、縁……? なんだよそれ……」
問いかけた瞬間、
胸の奥がズキッと痛んだ。
まるで、誰かに心臓を握られたみたいに。
「う……っ……!」
思わず胸を押さえる。
「また反応してるにゃ。
きっとあいつらがお前を探しているからだにゃ」
黒猫が俺の胸元をじっと見つめる。
「君の縁は今、ぐちゃぐちゃに絡まってる。
あの老人の言葉が、君の中で“命令”になってるにゃ」
「命令……?」
「そう。君は今、“逃げろ”って縁に縛られてる」
縛られてる――
その言葉が、妙にしっくりきた。
止まりたいのに止まれなかった。
説明しようとしても身体が勝手に動いた。
全部、あの言葉のせいだったのか。
「……どうすれば……いいんだよ……」
情けない声が漏れた。
黒猫は、ふっと目を細める。
「簡単にゃ。その縁を切ればいい」
「切る……?」
「そう。一番簡単なのは、その縁を結んだ相手を殺すことにゃ」
「ころす……?」
――ころすって。あの老人を殺せと。そう言っているのか。
「そんなこと……できるわけないだろ!?」
「なんだ、君は優しいんだね。
じゃあほかの方法を考えれば?」
「考えれば……って。ほかの方法は教えてくれないのかよ」
「なんで僕がそこまでお世話してあげなきゃいけないんだにゃ?
君を助けたのは、そのほうが面白そうだったってだけにゃ。
何を勘違いしているんだにゃ」
黒猫はそう言うと毛繕いを始めた。
「あーもう飽きちゃったから、僕帰ろうかな」
――ん? 今“飽きた”って言ったかこいつ。
「おい、待て」
その瞬間――
視界が揺れ、森の奥から、ひんやりした風が吹き抜けた。
俺はいつの間にか、普通の森の中に戻っていた。
「ここ……森の中か……?
ちょっと待て。さっき“まだあいつらが探してる”って……」
そう言って黒猫のいたほうに顔を向けたが、
気づいた時には、黒猫の気配すら消えていた。
本当に、跡形もなく。
「おい! 黒猫! どこだ!」
あたりを見渡すも、黒猫の姿はどこにもない。
というか暗すぎて何も見えない。
「嘘だろう……」
俺の声だけが、森に吸い込まれていった。
予約投稿で試しに投稿してみました。
できていれば毎日投稿いける……!多分!きっと!
引き続き妄想にお付き合いください




