金の斧
短編小説:『金の男』
森の奥の湖は、底が見えぬほど深く、静かだった。
木こりの男は、いつものように木を伐っていたが、
誤って斧を湖に落としてしまった。
「しまった……!」
大事な仕事道具だ。男は慌てて岸辺を覗き込む。
その時――
湖面がふわりと光り、ひとりの女神が姿を現した。
「あなたが落としたのは、この金の斧ですか? それともこの銀の斧ですか?」
女神の手には、眩しく輝く二つの斧。
男は正直に言った。
「いえ、私が落としたのは普通の鉄の斧です。」
女神は微笑み、頷いた。
「正直な人ですね。では、この金の斧と銀の斧も、あなたにあげましょう。」
男は恐縮しながらも、ありがたく受け取った。
だが――
その瞬間、腕が悲鳴を上げた。
ずしり、と沈む。
金と銀。輝きの中に潜む、圧倒的な質量。
男は支えきれず、足を滑らせた。
バシャッ。
湖面が波立ち、男はあっという間に沈んでいった。
金の斧も、銀の斧も、泡とともに水底へ。
しばらくして、再び湖が光った。
女神が顔を出す。
「あなたが落としたのは、この金の男ですか? それともこの銀の男ですか?」
だが――そこには誰もいなかった。
湖は、また静かに光を閉じ、何事もなかったように揺れていた。
風が森を通り抜ける。
木こりの斧の音は、もう二度と聞こえなかった。
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人は咄嗟の出来事に対応出来ないという物語です




