スローライフ
短編小説:『スローライフ』
――転生の間。
白い霧が、ゆるやかに揺れている。
中央に立つ青年と、その前に座す女神。
まばゆい光に包まれた空間で、女神は穏やかに問いかけた。
「……では、あなたの望みを聞かせてください」
青年は迷いなく答えた。
「平穏に暮らしたいです。戦いも、争いも、何もいらない。
静かな村で、スローライフが送りたい。」
女神は少し首を傾げる。
「そんなもので良いのですか? 英雄にも、賢者にもなれるのに?」
「はい。もう疲れたんです。何もせず、ゆっくりしたいだけです。」
女神は静かに目を細めた。
「……わかりました。存分に、満喫してください。」
――光が弾けた。
次に青年が目を開けたとき、草原が広がっていた。
穏やかな風。鳥の声。
まさに、理想の世界。
だが――何かが、おかしい。
風の流れが、遅い。
草が揺れるのに、永遠とも思える時間がかかる。
手を動かそうとすると、鉛のように重い。
瞬き一つに、数分かかる。
時間が――止まっている?
彼の“感覚”では、1秒が2時間。
空に浮かぶ雲が、ほんの少し動くまでに、何日も経ったように感じる。
水を飲むのも、息を吸うのも、言葉を発するのも、苦痛そのもの。
自分の鼓動さえ、拷問のように遅く響く。
「……これが……スローライフ……?」
声が震えた。
返事はない。
ただ、女神の遠い声だけが頭に響く。
――「望みどおりです。時間を、ゆっくりと味わってください。」
青年はその場に座り込んだ。
涙が頬を伝う。
だが、その一滴が地面に落ちるまでに、三日かかった。
永遠のスローライフ。
それは、静寂という名の地獄だった。
――――――――
人が幸せと呼んでも自分にとってそれが本当に幸せか?という物語です




