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杏の霊譚  作者: ビスコ
9/29

ホテル

「高山、ホテル行こう」

夏の暑い午後、僕が黄梅院のカウンターに着くなり大塚が言った。


「あのな、そういうの、僕に言うのは良いけど他の人に言うなよ。勘違いされるぞ」


「どう勘違いされるのだ?」


「どうって…」


「なぁ、どう勘違いされるのだ?」


「…いや、その…な」


「まあ良い。では行くぞ」


「うん…」

解らないハズは無いだろうと思うのだが、まぁいつものペースだ。

何を言っても、どうせ行く事になるんだから早くから肯定した方がいい。

バイトも休みだし。

ただ、せめてアイスコーヒーだけでも飲ませて欲しかった。


いつもの大塚の黒いセダンで移動する。ゆったりと走りながら駅前を抜けて高速入り口方面へ。


高速で移動するのかと思ったらその側のホテル街に車を入れた。


おいおいおい…ホテルってシティーホテルじゃないのか?…いいのかこんな所。


大塚はキョロキョロしながらどこか探している

「『ムーン』というホテルを探してくれ。」


「ムーンってな…いいのか?ラブホテルだろ?」


「大丈夫だ。まぁ付いて来い。」

まるで男が女の子をホテルに誘う言葉じゃないか。

上を見上げてちょっと探すとあった。

派手な青地に黄色の看板で『MOON』と書いてある。


ビニールの垂れた入り口を潜って敷地に入る。

空いてるスペースに車を頭から着ける。「おー、すごいな。初めて来たぞっキラキラしておるな」

何だかはしゃいでいる。


「ここか」

従業員入り口を見付けて入っていく。

僕も慌てて付いて入る。


中からヒゲを生やしたおじさんが出て来た。小太りで脂っぽい感じだ。


「大塚さん?大塚先生のお孫さん?いやぁ、今回は無理言いまして…支配人のHと言います。宜しくお願いします」

ペコペコと頭を下げる。下げる度に無理して撫でつけてある髪がヒラヒラと揺れる。


事務所は小振りな普通の会社みたいだけどコンピューターが幾つもあり、モニターも沢山設置されててホテルの廊下や玄関が映し出されている。

奥の応接セットに案内された。

「で、どんな要件ですか?」


「まずはこれを見て下さい。」

ヒゲオヤジはモニターのスイッチを入れた。

どこか廊下の様な所が写っている。防犯カメラの映像の様だ。画像は荒いが見えない事もない。

真っ直ぐで突き当たりは壁になっている。

左右はドアが並んでいる。

「これが何か?」


「これからなんですよ。よく見てて下さい。この辺りです。」モニターの一部を芋虫みたいな指で示す。


白い影が『壁』から出て来て『ドア』を開けずに中に入って行った。

「何か写ってましたね」

僕が最初に言った。


「ええ。部屋に入って行ったでしょ?この続きもあるんですよ。」

リモコンをちょっと操作して先に送ったようだ。

今度は部屋のドアから出て来てカメラの方に進んできた。

段々大きくなってきた。

あ…ヤバい。顔が見える

女だ。白いワンピースを着てる様に見える。髪は長い。

ああ見たくない…目が真っ黒だ。口を大きく開いてる…叫んでるようだ。

そして消えた。

チェシャ猫の様に顔だけ最後まで空中に見えていた。




「…こいつがホテル内をウロウロしてるんですよ。」

ヒゲオヤジは困った様な顔をしてそう言った。

「いつも壁を抜けて入って来てその部屋に入ってからホテル内をウロウロして消えるんですよ。何人ものお客様に目撃されてるんです。うちの従業員も。

ビデオに映ったのは初めてですがね。みんな怖がってしまって…」

そりゃそうだろう。



画面を見ていた大塚は

「…ではその部屋に案内して下さい。出るまで待ちます。」と言った。



なんてこったい…来るまで待つのかよ…

ヒゲオヤジと僕と大塚の三人で従業員通路を移動する。

清掃の係員がお客と廊下でかち合わせしない様に各部屋には普通の入り口とは別に扉があり、従業員通路からそのまま入れる造りになっている。


問題の部屋は一階の『サターン』と言う部屋。

なる程、部屋は星の名前になってるんだ。

ヒゲオヤジは合い鍵でロック解除する。

壁は全部 黒 。蛍光塗料で細工がしてあり、ブラックライトを点けると壁と天井に星空が広がった様に光るらしい。

真ん中のベットもシーツも枕まで黒い。

すごいな…。


「どうです?凄いでしょ?100インチのテレビモニターも付いてますから映画も大迫力で見れますし、お風呂も凝った造りにしたんですよ…うちがここを買い取るまでは何の変哲もない普通の部屋だったんですけどね」


「いつ買い取ったんですか?」


「えと一年位前ですね。…何でも以前ゴタゴタがあったらしくて、かなり安い金額で売りに出たので居抜きで買い取って改装したんですよ。」


「ゴタゴタって?」


「女の子が行方不明になったとか聞きましたが詳しくは知らないんですよ。一度、警察も入ったらしいんですが事件性無しという結論だったらしいです。

一緒にいた男が居なくなったと騒いだのが始まりで…女の子がその男が嫌で逃げ出しただけじゃないですか?」

ヒゲオヤジはそう言って下品に笑った。



ヒゲオヤジが仕事があると言って部屋を出ると大塚はベットに倒れ込んだ。

「フカフカで気持ちよいな」


「なぁ、今の話どう思う?」



「解らん。その霊が現れてからでないと」


「やっぱり現れるよな…」


「特にこの部屋が霊道と言うわけでもなさそうだ。つまり用があってここに寄るのであろう」

「用ね…さっきのビデオだけどさ、わざわざカメラの前まで来たよな?あんなのあるのか?」


「ちょっと笑える言い方だな。自己顕示欲の強い霊という事か?

解らんが何か意味はあるかも知らんな。あのビデオが撮れるまで写っていないらしいからな。気付いて欲しくてわざと映ったとか。


…しかしこんなベットがわらわも欲しいぞ」

大塚はベットにうつ伏せになって足をパタパタさせた。


寛ぎタイムかよ…


僕は黒い合皮のソファーに座って『タダ茶』を入れて啜った。


現れる時間はまちまち。現れない日もあるというし…

ドアを抜けて入ってくるのか…。

ドアは金属製でしっかりとしている。しばらく部屋にいてまた出て行く…しかし、ここで何をしているんだ?昔の彼氏との思い出が忘れられないとか?


ビデオの映像を見る限り時間にして2・3分だ。

中をクルクル回っているのだろうか…。

色々考えてた。


ふと見ると大塚が寝ている。

平和そうな寝顔だ。


普通、男と二人でホテル…しかもラブホテルにいれば緊張したりするんじゃないのか?無防備にベットで眠るなんて…いや、もしかして僕を男として見てないのか?…それはそれで悲しいな。


そんな風に考えてた時、急に背中がぞくぞくし始めた。ドアの方から何か伝わってくる。振動でもない音でもない…


来る!


大塚を起こさなきゃと思った時、金属の扉に顔が見えた。

水の中から顔だけ出すように。ドアにお面が掛かっているようにも見える。


部屋に顔だけ出して、中を確認している。

白い顔で髪はゆらゆらと揺れている。俯き加減なので顔全体は見えないが口は歪んでいるように見える。


「…お…お…おおつ…か」


声が出ない。目を逸らしたいのにできない。

俯いているから目は見えないが髪の奥から間違いなく僕を見ている。

ヤバいヤバいって


顔が次第に頭全体が部屋に入り、肩が見え腕が入る。全身が室内に入った。

ワンピースだ。

近くで見るとワンピースがかなり汚れてる。泥なのか血なのか茶色く何かこびりついている。

ソファーで仰け反る僕と寝ている大塚の間をすぅっと移動する。


ブワッと涙が溢れ出る。

悲しい。とてつもなく悲しい。声を出して泣きたい感情が広がる。


この霊の感情だろうか…


涙で歪む視界の中で大塚がベットの上に座って霊を見ているのが解った。

霊は僕の前を通過していく。

部屋の隅まで進んで止まる


大塚の真言の声が聞こえ始めた。霊が大塚の方を振り向いた様に見えた。

僕の中の感情が段々収まってくる。


霊は薄くなるでもなく移動するでもなく、じっと大塚の方を見ている。

僕の中に何やらやり切れない気持ちが広がった。

部屋の隅にいた霊は急に向きを変え、また音も無く僕の目の前を通過して来た時と同じようにドアから出て行った。


姿が消えると同時に体が自由になった。


「大塚っ!何なんだあれは!?」


「女の霊だ。」


「それは解る。一体何をしにここへ来てたんだ?」


「…」

大塚は何も言わずベットから降りて今まで霊のいた部屋の隅に行った。


「ぬしは霊が指したのを見たか?」


「いや、見てない…どこをさしたんだ?」

僕もソファーから大塚の側に行った。


大塚はしゃがんで角の壁紙をさすっている。


「ここに何かあるな」僕も触ってみた。

四角く少し浮いている。何かの上から壁紙を貼っている様だ。

大塚はいつものチェックのリュックからボールペンを取り出して壁紙の重ね張りしてある所から剥がしていく。

指で摘める程度になると僕が交代した。

破ると弁償しろって言われるかなぁと思い、ゆっくりと注意しながら剥がす。壁紙の下から金属のスリットの入った板が出てきた。


金属の板は一辺20センチ位。幅1センチ位のスリットが五本切ってある。通風口か何かだろうか。四隅がネジで留めてある。

大塚は内線でヒゲオヤジを呼んでドライバーを頼んだ。

ヒゲオヤジは部屋の隅の壁紙を剥がしているのを見て少し驚いた様だが何も言わなかった。

マイナスネジを外して手前に引くと簡単に外れた。

ぽっかりと四角い穴が空いている。

カビくさい匂いが籠もる中に変色したノートが入っていた。

所々がカビて色が付いていて埃だらけだ。

取り出して大塚に手渡す。

ヒゲオヤジがお風呂からタオルを持ってきてくれてノートを拭いた。

小振りなB5サイズのリングノートの表紙には綺麗な文字で『プライベート』と書いてある。


大塚はテーブルに置いてめくっていく。

日記の様だ。細かいが几帳面な文字がびっしり並んでいる。

内容を簡単に読んでいく。

書いたのはエリカと言う19歳の女性のものの様だ。正確に言うと書いた時が19歳だったということで今は何歳か解らない。


何かを買ったとか、映画を見に行ったとか、仕事がつまらないとか、この世代の女の子らしい表現で日々が綴られている。


その文はある男との出会いの表記の後から変わっていく。

相手の名前はA太。

街で声を掛けられたらしい。

嬉しいとその時の感情を書いてある。

初めの内は『格好いい』とか『好き』だとかの文だが、それが『薬』とか『怖い』や『逃げたい』に変わっていく。

A太が次第に本性を表したのだろうか。詳しく読んでないので解らないが。

大塚はノートの最後の方をめくる。


『○月○日

眼が覚めたら自分の部屋にいた。また腕に注射の跡があった。

全身が痛い。

背中や脚にも傷がある。

A太とドライブをしていたはずなのに。

何かを飲んだ気がする…ジュースを貰って飲んだんだ。

それからの記憶がない。

A太に電話して聞くがのらりくらりと逃げられた。

最近のA太はおかしい。』



日付なし

『見てしまった。A太が何でお金持ちなのか解った。私もその犠牲者になるのか。電話があった。これから来るという。怖い。逃げようと思う。

でも私が見たのを知っているのかも。逃げれば追われる。もし私が消えてこの文を読む人がいたら犯人はA太だ。』

走り書きの様な文字だ。焦っていたのか



日付なし

『助けて助けて誰か見つけて私が解らなくなるタスケテ』



日付なし

『#*$%"+$』


解読できない



日付なし

『タスケテ*ケて*れガくル』


指を切った血で書いたのか、どす黒く変色した赤い字だった。


ノートはそこで終わっていた。最後の文字は何とか読めるが震える左手で書いた様な文字だ


タスケテ、カレガクルと書きたかったのか



「居なくなった事件ってこの事じゃないですか?」

ヒゲオヤジを見ると真っ青になっている。


「あやつはこのエリカという女であろう。…伝えたかったんだろう。哀れじゃ。」

大塚は悲しそうな顔をしてそう言った。


「警察に届けて事件性無しって言われたって言ってなかったか?」ヒゲオヤジは小刻みに頷く。


「ここにノートがある…最後はここにおったのであろう。

最後にこのノートをあのスリットに押し込んで誰かに見付けてもらいたいと思ったのだろうな。

つまり、このホテルも一枚噛んでおると言うことだな。

防犯ビデオだって従業員通路を使えば写るまい。警察のお墨付きがあればそれ以上追求もされぬ。」


「…どうしたらいいでしょう…」

ヒゲオヤジは床にペタリと座ってそう言った。

大塚の助言で管轄の警察に連絡が入れられた。部屋からこんなノートが出て来た、と言う事実だけをヒゲオヤジは警察に伝えた。



――――――――――――



ノートの内容と管轄のB警察署の活躍で、あのホテルに行った日から2ヶ月。

僕らはテレビや新聞でその後の結末を知る事になった。


結論から言うとエリカは殺されて埋められていた。近くの山に。


既に白骨化していたが白いワンピース姿であった。

A太が中心になって薬物の売買をしていた事が判明した。その犯罪グループは薬の売買以外にも、女の子を薬漬けにして廃人同然にしてから組織に売っていた事が解った。

芋づる式に関係者は次々に逮捕された。

そのグループのアジトとして使われたのが改装前のホテルムーンだった。勿論ホテルの元オーナーも逮捕された。


元オーナーはA太に脅されたと言った。


しかし警察がA太の家に踏み込んだ時にはすでに部屋で死んでいた。

死因は不明だったがミイラの様に痩せて黒ずんだ顔は引きつった様な酷い表情だったという。何か怖い物に出会った様な。



逮捕した関係者の証言を聞いた警察は頭を傾げた。


関係者6人共、憔悴仕切っていて警察に逮捕されなくても自首するつもりだったと言った。

ホテルの元オーナーは毎晩エリカが現れるのに疲れきって、ホテルを安く売却して逃亡した。

しかし逃亡先でもエリカが現れたという。

他の犯人達の家にも毎晩エリカが現れていたのだと言う。

犯人達の内二人はすでに病院に入院していた。


テレビが野球中継になったので切って聞いてみた。

「なぁ、でもあのノートって本当にあの霊の持ち物だったのかな?」


「間違いなく彼女のだ」


「何で言い切れるんだよ?他にも霊がいるかも知れないだろ?」


「犯人には見つかりたくないが、どうしても誰かに伝えたい気持ちが強かったんだ。」


「うん。それは解る」


「だからあのノートが入れれたのだ。」


「?」


「解らんのか?あの厚いリングノートがあの斜めの幅が1センチしかないスリットを通るとでも思っておるのか?

残したい気持ちが強いからこそ入ったのだ。その気持ちと同様に見付けて欲しい気持ちも強かったから現れたのだ」

大塚はそう言って遠い目をした。


――――――――――――


それから数日して


「なぁ、こんな物が来たぞ。」

黄梅院のカウンター越しにコーヒーと一緒に紙切れを渡してきた。


『ご宿泊券・ホテルムーン』


「礼だそうだ。今度行ってみようではないか」

大塚はニコニコしながら言う。


「…行くの?」


「あのベットは良かったぞ。一晩ゆっくりと寝てみたいのだ」


「はいはい…」


「なんじゃぬし、興味がないなら婆ちゃんが退院したら婆ちゃんと行くからいいぞ」

と言って膨れた。


…こいつ本当にラブホテルの意味、解ってないんかな…?


おしまい

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