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杏の霊譚  作者: ビスコ
5/29

写真

何年も前、心霊写真が流行った時期があった。ある社会学者に言わせると世間が平和になるとUFOとか心霊現象とかがブームになるらしい。

人は安泰が続くと不安定だったり説明のつかない事を求めるものなのか。

逆に考えると本来、不思議なものや現象を解明したり考えたりするのは永遠の課題であり、目先の事に捕らわれない時にはそれを本能的に追うものなのかもしれない。



大学二年の夏になる前、特に平穏だった訳でもないのに、春過ぎに大塚と再開してから色々と恐怖の体験をしていた。

そんな頃の話。



僕は当時、塾の講師のバイトをしてた。受け持ちは中学生の数学。他の講師陣はかなりスパルタ式だったみたいだが僕自身、誉めて伸びるタイプだったからか、自分の生徒も誉める様にして授業を進めていた。割に人気もあった…生徒にしてみたら怒られないからだけかもしれないが。

そのバイト先の先輩がある日、見てくれよと言って一枚の写真を見せてくれた。

先輩と友人の写真らしい。手に取った瞬間、写真を持った右腕に鳥肌が立った。

ただの写真ではなさそうだ。

写真には先輩を含む5人の男女が写っている。どこか湖に行った時の写真の様だ。 バックには青い湖面が広がっている。湖に突き出した艀の様だ。

あっ、居た。艀の下から手みたいな白いものと、脚の間に人の様な影がはっきりと写っている。

「うわぁ…写ってるじゃないですか」

そう言って写真を返す。見たくない。チキンと言われてもいい。正直関わりたくない。


「この中の三人が写真撮った後で怪我してるんだよ。ホラ、こいつとこいつ」

指す先を見ると足首に手が巻きついてる様に見える2人と顔が脚の間から覗いてる1人。

一番右端の先輩と左端の女性は何ともないらしい。

「俺が写真をセルフで撮ってさ帰ってパソコンに取り込んだあたりから順番に階段から落ちたりバイクで転んだり高熱出して寝込んだりさ…一枚だけ焼いてみんなに見せたらこれが原因だから始末しろと言われてな。始末って言ってもどうすりゃいいのか解んなくて。」

ほとほと困ってる様子だ。

この先輩にはシフトで無理聞いて貰ったり酒呑ませて貰ったりした恩義がある。

僕は(凄く嫌だったけど)封筒に三重位包んで貰って持ち帰った。勿論、夜眺めて楽しむ訳でも写真雑誌に売り込むのではなく大塚に見てもらおうと思ったんだ。



翌日、大学行って出席カードを提出してから敵前逃亡した。

愛車の自転車を飛ばして向かう先は〈黄梅院〉大塚のおばあちゃんがやってる店だ。

店は大きなビルとビルの隙間に建っている民家みたいな古い店だ。

引き戸を開けると奥のカウンターで大塚はコーヒーを飲みながら何やら読んでいた。「おー、高山ではないか。電話しようと思っていた所だ。」

なんだか嬉しそうだ。


「…え?…何だよ…」

嫌な予感がする


「ぬしは何の用事だ?」


「大塚にこれを見て貰いたくて」


「どれ?ん。ああ居るな。4~5人だな。これがどうした?」


「『どうした』って?この真ん中の三人が怪我したり熱出したりしてるんだよ。写真の影響じゃないかって。祓って欲しいんだよ。」


大塚は暫く写真を見ていたが小さく頷いて

「…湖か…まぁ良いか。では行くぞ」


「行くってどこに?」


「この湖に決まっておろうが」

カウンターの奥から小さなかばんを取り出しながら当たり前の様に言った。


「湖がどこのか解らないだろ?先輩に聞いてみないと…」


「裏を見てみよ。○○湖と書いてあるではないか」


「…ホントだ。」

僕には観察眼が足りないんだろうか…。


いつもの大塚の愛車の黒いセダンに乗り込んで西に向かう。

途中、コンビニに寄ってスタバのコーヒーとビスコを買わされる。必要経費であり、おやつだそうだ。


平日のお昼の道は空いていた。道中は大塚と降霊の話をしていて2時間半はあっと言う間だった。県境が近づくと山側に切り込む。地元のスーパーに寄って大塚の指示で花束と日本酒を買う。

そこから山道を登って行くと満々と水を湛えた湖が目の前に広がる。

湖沿いに少し走ると観光駐車場があるので車を止める。

日差しは夏のものに近いがやはり山奥だからか風はひんやりしている。

周りの山はありとあらゆる種類の緑色の絵の具を塗った様だ。湖面も風に吹かれてキラキラと光る。遠くの水面には向こうの山の新緑が映りこんでいる。

手前にはアヒルの形をしたボートとかが何隻も浮いている。

季節も天気も申し分ない。

…除霊の旅でなければだが。

大塚は何だか楽しそうだ。

除霊の事忘れてるんじゃないだろうな…

大塚の指示で二人で駐車場から右に歩く。のどかで明るい散歩道…看板には散策道と書いてあった…だが暫く湖畔を歩くと道は湖から逸れて木立の中に入る。

この辺りに来ると歩いている人も居ない。20分も蛇行した散策道を歩くとまた湖沿いに戻る。

そこに小さな祠が有った。

大塚は花束から何本か抜き取ると祠に手向けて黙祷した。

僕も倣って黙祷した。


「さて、戻るぞ」

大塚はそう言うとまた木立の道に戻った。

あれ?もう終わりかよ?

駐車場まで戻ると桟橋のある左側の散策道へと向かう。


写真を取り出す。山の感じから見ても撮影はこの先の桟橋だということが解った。

桟橋はアヒルボートの乗り場だった。

「乗るぞ。」

慌てて係員にお金を払う。

乗るのかよっ

端に繋留してあるアヒル7号に乗り込む。小学生以来のアヒルボートだ。


「あの辺りまで行ってくれ」

湖の沖を曖昧に指す。


「ヘイヘイ」

キコキコバシャバシャとアヒルは桟橋を離れて湖の沖まで出る。子供の頃には気付かなかったが案外水面が近くで揺れたり波が来たりすると怖い。

天気や雰囲気に呑まれて忘れていた恐怖心がムクムクと鎌首を擡げてきた。

ボートの縁に手がかかったらどうしようとか、水中に顔が見えたりしたら…

「おい!」


「わぁっっっっ!」

急に話しかけられてびっくりした。心臓がドキドキしている。


「何を騒いでおる。ここでいい。」

アヒルを止めると大塚は手印を作り真言を唱えはじめた。


唱え終わると花を一本だけ抜いて残りは湖に流した。

カップの日本酒も全部撒いた。

「さて、ぐるりと回って桟橋に帰るか」


「はいはい」

エンジン係の僕はキコキコと漕ぐ。ハンドルを任せておいたら彼方此方に向けてあの山の形が綺麗だとかあそこに魚がいるだとかひとしきり湖を散策して桟橋に帰った。

時間延長で追加料金まで取られた。

花が一本残ってると言うことはまだお祓いが済んではいないのだろう。

桟橋の先を少し歩くと

「高山、蕎麦を食べよう」と言い出した。山菜そばと書いてある蕎麦屋の上りを見たのだろう。

山菜そばは美味しかった。

蕎麦を食べながら大塚はさっき湖で見た魚の話をしていた。あれは何という魚なのか?と聞かれたが見てないので解らない。

「さて、次に行くぞ」

蕎麦屋を出ると駐車場まで戻り更に奥の湖畔沿いの町まで車を走らせた。

そこの駐車場はさっきの所よりも広い。近くにはレストランや別荘地もある。

車を置くと真っ直ぐにロープウェイ乗り場に向かう。

ロープウェイに乗って山頂へ。ここに来ると湖全体が見渡せる。しかも更に展望台もあるので見晴らしは最高だ。

自販機でコーヒー2つと水を買って展望台に登る。

展望台は夕方も近いからか僕たち以外に人は居なかった。

一番湖に近い場所に行き水を撒いて手印を作り唱えはじめた。

大塚が唱えてる時にあの一本だけ残した花を持っていない事に気付いた。どうしたんだろう


唱え終わるとしばらく夕日が湖を照らすのを見ていた。

青かった水面はオレンジや朱に染まり新緑の緑も日差しを浴びて黒くなっていた。


「帰るか」

大塚は満足げにロープウェイに乗り込み駐車場まで帰った。


車を走らせはじめてからお祓いは済んだのか、あれは一体何だったのか?と聞いてみた。


「ん。間違いなくあれはあの湖の霊だ。まさか、ぬしはあの湖全ての霊を祓うと思っていたのか?流石にそれは無理だ。数百はあるであろう。だからあの湖の祠や湖の最深部辺りで全体的な祓いはしたではないか。多分祠の方が霊気強いと思う。」


「よくあんな奥の祠を知ってたな」


「いや、初めて来たから知らんぞ。車を降りたら声のする方へ行っただけだ。」


「じゃあ湖の真ん中をぐるぐる回ったのは?」


「観光だ」


「ロープウェイは?」


「全体が見たかったのとあの界隈の地縛霊を鎮めたのだ。」


「写真のみんなの怪我は?」


「偶然だろう。写真からは悪意は感じなかった。霊が写真に写る場合、余程の悪意や憎悪が強い場合と単にメッセージとしてここに居るんだと伝えている場合も多いんだ。無論どちらにしても写真に霊気はあるが質が違う。」


「…そうなの?」


そこで車はコンビニに入った。コーラを買ってきてくれと頼まれた。

おとなしく買いに行く。

車に戻ってコーラを渡すとダッシュボードを開けろという。

ダッシュボードの中には『やはりぬしはダイエットペプシを買ってきたな』と書いてあるメモが出てきた。

確かにダイエットペプシを買ってきたが…なぜ解ったんだ?


「不思議か?全く不思議ではないのだ。

買い物をしてくれてる間に事前に四つのパターンを書いておいたのだ。

コカ・コーラならサンバイザーの裏、普通のペプシならマットの下…といった具合だ。

さて、今回はコーラを買ってきてくれと頼んだから不思議に思っただろうが、例えば先に転ぶと書いた紙を用意しておいてから、ぬしが転んでその紙を見せたら、『そんな事を書いたから転んだんだ。』となるであろう。

予知したとか転ぶ様に念じたとか。それと同じだ。

怪我をしてから写真を見たり、見てから怪我をした場合、全く関係ないのにそれが原因にされる事があるという事だ。

特に不思議な説明のつかない事を原因にしてしまうのが一般的なのだ。

現にぬしは紙を見て『予知ができるのか?』と思ったであろう?」


そう言って大塚は楽しそうに笑った。


解った様な解らない様な…


「じゃぁ、あの霊達は何の為に写ったんだ?供養して欲しいからじゃないの?」


「ん。ぬし、写真の裏を見よ」

僕は写真をポケットから取り出して裏返してみた。

文字がない。○○湖と書いてあった文字は…


「満足した様だな」


「…じゃぁ一本だけ残した花は?」


「花?ああ、あれは手帳に挟んだんだ。今日の記念の押し花だ。な、普通の行動でも、ぬしの考え方、受け取り方で不思議に見える事もあるんだ。」



「もう一つ質問。大塚は今朝僕に会って何をしたかったんだ?」


「ああ、海に行きたいと思ったのだ。一人で行くのも寂しいではないか。だから誘おうと思ったんだ。だから湖の写真を持って来たから嬉しかったぞ。ぬし、よく解ったな。」


いやいや、偶然ですから…



おしまい

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