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杏の霊譚  作者: ビスコ
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十代後半から二十代の最も関心の高い事と言えばやはり異性の事じゃないかと思う。

異性に好かれたいとか彼氏彼女が欲しいとか。僕も多分に漏れずそんな思いはあった。

残念ながら出会いが無かったから(言い訳)そんなバラ色の日々は訪れなかった。

バイトと低迷飛行を続ける出席日数のせめぎ合いの日々…いやもう一つ大塚との付き合いが僕の時間の中で大半を占めていた。


大学二年の春は色々とあったが、変な能力(?)が身についてしばらくしてからの話。



ある日バイトから帰ったタイミングで大塚から電話があった。

「高山か。大塚だけど。明日付き合わないか?」


「単刀直入だな。何があるんだ?この前みたいなのは御免だぞ」

「…時々ぬしの霊を祓っておかねばならぬと思ったのだが…いいなら構わんが…」


「解った!いえ解りました。明日ですね。何時がいいですか?」


「ん。朝9時頃店に来てくれ。」プッ…ツー、ツー…


直球だ。断れない自分が悲しい。



9時に店に行くと、この前のセダンが店の前で待っていた。

「正確だな。」


「時間だけはちゃんと守るよ。」


「ん。良い心掛けだ。まぁ乗れ。行くぞ。」


車は市街地を抜ける。

夏前で日差しはキツいが風は心地よい。

車が郊外に出ると信号もなくスムーズに流れる。女の子の運転で助手席で。これがデートなら最高なんだがな…そんな風に思った。


「で、行き先と目的は?」


「行けば解る。友達の紹介である男の所に行かねばならないのだ。一人暮らしらしいから、私だけではな。」


「なるほど。」

大塚でもやっぱり女の子なんだな。最初からそう言って頼んだらいいのに。


「何でも湿疹があるんだそうだ」


「湿疹?病院の範疇じゃないのか?」


「治らないらしい。多分思い当たる節もあるのであろう。」


車はしばらく走ってマンションの前に止まった。

路駐して見上げるマンションは大きなショートケーキの様な白くて豪華な建物だった。

ロビーのインターホンを鳴らすと室内からロックを外してくれる構造だ。


エレベーターで14階まで上がり指定された部屋へ入る。

出迎えてくれた男性は一種異様な雰囲気がした。暑いだろうに太いマフラーの様な物で顔の左半分を隠している。

見える右側は疲れが見えるが、俳優の様に整っている。格好いい。背も高い様だしスマートだ。

あれ?何だか変だ。大塚と行動するといつも対象の建物に入ったり、対象人物に近づくだけで感情の流れ込みが起こるのだがそれがない。

至って普通でいれる。


「どうぞ、好きな所へ座って下さい」

通されたリビングは20畳くらいのスペース。

真ん中に高級そうなベージュのソファーセットがあって壁には馬鹿でかいテレビが掛かっている。

サイドボードが壁際にあり中には沢山の洋酒が見える。

お洒落というのだろうか、シティホテルのロビーの様に綺麗でシンプルでゴージャスだ。

お金持ちなんだろう。ただ、カーテンは締め切っていて小さなランプの形状をした間接照明が一つ点いてるだけだから全体的に暗い。

薄暗い光の中で頭にマフラーを巻いてる二枚目をみるとエキゾチックな感じがする

何だかムカつく。これは意識や感情の流入ではなく個人的なものだ。


「どんな感じか教えて貰えますか?」


マキノと名乗った男は一気に話始めた。

「赤い斑点が出始めたのは10日位前かな。

首筋に出来て、気になるよね。カユくも痛くもない。

爪で掻いてたら少し大きくなって…翌日には耳の後ろの生え際にも赤いのがあるのが解ったんだ。

怖くなって裸で風呂で鏡みたらあちこちに沢山できてた。青くなってさ、変な病気じゃないかなって?

こんな全身に発疹が出るような病気は知らないしさ。

病院に行ったんだ。ウチの関係してる病院ね。

血液検査したり細胞検査したりしたんだけど不明でさ。

まぁ発疹ってのは原因が解らないのが大半らしいんだけどね」



ここまで一気に話してから冷蔵庫まで行って青いペットボトルの水(見たことない)を僕らと自分の為に取ってきて渡してくれた。

正直、彼が病気なら病人から貰って飲んで大丈夫かな?と心配になった。そもそも接触感染や空気感染したらどうしようとかも思った。

一口飲んでまた話始めた。

「病院の翌日、その中の一つがさ、なんだか黒いんだよ。気になって、爪で潰してみたんだ。そしたらさ…髪の毛が出て来た。」


なんじゃそら?よく膝とかにすね毛が皮の下で伸びたりするやつじゃないか?こいつ大丈夫か?と思った。


「長さが40センチもあった」


ひぇぇーすごいな びっくりするだろうな。つい笑いそうになったが真剣に話してるので黙ってた。


「抜いたんだけど他の吹き出物からどんどんと生えてきてさ。次ぎにその下になんだかクレーターみたいに真ん中が凹んでる腫れ物ができて…中が黒くてヌラヌラと濡れた感じなんだ。怖くてさ。翌日みたら大きくなってて…目になってた。」


「目?」聞きて2人はハモってしまった。


「次いで鼻みたいなのができて口みたいにパックリ割れた部分ができて…鎖骨の所に顔が出来たんだよ。昨日からは頭から指が生えてきた。」


えーと…妄想狂か…もし事実なら人面蒼…


そう思って見ると頭のマフラーがゆらゆら揺れている。肩の辺りがもぞもぞと動いてるのが解る。

大塚を見ると真剣にマキノの肩の辺りを見ている。


アアア…アア…


マキノは喋っていない。勿論僕も大塚も。

声はマキノから聞こえてくる。肩から声が聞こえる。


「高山!カーテン開けろっ!マキノ脱げっ!」

大塚は立ち上がり怒鳴った。今まで見たこともない様なキツい顔だ。弾かれたように僕はカーテンを開けた。マキノは震える手で服を脱ぎ捨てマフラーも外した。

途端に物凄い憎悪と怨念の感情が僕の中に溢れ出す。

ヤバい。

姿を見て吐いてしまった。

マキノの首の辺りから胸にかけて長い黒髪が垂れ、女の顔がその下にあった。

片方の目は普通の大きさよりもずっと大きく、もう片方は何かの小動物のものの様に黒目だけで小さい。目の横に歪んだ形で突起があり穴が2つ空いている。口の様な裂け目には白い歯まで見える。頭には動く指がはっきりと二本見えてる。

おぞましい姿の女がマキノの体の内側から出ようとしてるようだ。「マキノ!座れっ!高山吐いてる場合じゃないっ手伝えっ!何でもいいから早く奴を縛れっ!」

大塚はそう叫ぶと上着を脱いだ。

僕は近くのコンセントから携帯の充電器を引き抜いた。…こんな細かったらダメかっ。すぐに台所に行ってミキサーとトースターからコードを引き抜いた。

リビングにとって返してマキノの後ろからコードを巻きつける。目の前で指が二本激しく動いてるのを見ると吐き気が酷くなる。

マキノの両腕を動かない様に縛りそのまま横向きに倒して両足も縛る。横向きに倒した時女の顔が下になるように倒したからか、カチカチと歯が床を噛む音がする。

マキノは既に失神してるらしく意識がなくグッタリしている。

大塚は目を瞑り指で何やら形を作って何やらぶつぶつと唱えている。倒れたマキノは動かないが下の顔は怒り狂った表情をしている。片方だけ見える大きい方の目は血走り見開き過ぎて目尻の部分から血が出ている。

「高山っ離れろっ!」

大塚に言われて飛び退く。

マキノは次第に小刻みに動き始めた。

大塚は半眼で額に汗を滲ませながらなにやら唱えている。真言と言うものらしい。 暫く唱え続ける大塚の低く呟く様な声が室内に響く。

キアアアア…急に女の顔が苦しげに歪みはじめる。

目が開いたり閉じたりしながら段々小さくなっていく。頭の指が短くなって髪の中に沈んでいく。背中の赤い湿疹の中に小さな手のひらの様なものが出たり消えたりした。

マキノが急に暴れ始めた。正にのた打ちまわるといった感じだ。バタンバタンと音を立てながら動き回る。ゴロリとマキノが上を向く。女の顔は苦しむ表情のままみるみる小さくなっていった。

顔のあった部分は赤いアザの様になっていく。

女の髪の毛はハラハラと抜け落ちる。

ビクンビクンと魚の末期の様な動きをしてマキノは動かなくなった。それと同時に僕の中に溢れていた感情がスッと消えていった。

大塚の指示で縛っていたコードを外す。

「…オン・バサラ・サダ…」(そう聞こえた)

大塚は汗を流し合掌しながら真言を唱えている。


ギャァ…

と聞こえた気がしたと思ったら終わった様だ。


「ふぅ…」

大塚は上着のポケットから紙に包んである塩を出してマキノに振り掛ける。

「…大塚、終わったのか?」

恐る恐る聞いてみた。


「いや…まだ終わっていない。高山、マキノを起こしてくれ。」


…まだ終わってないのかよ。

僕はまた髪の毛から指が出てくるんじゃないかとビクビクしながらマキノを揺すって起こす。

うっすらと目を開けた姿を見ると大塚はガッと髪を掴んで

「お主!一体あの者に何をした!!怨念の根元は主の言動とみたり。憑き殺されるところぞ!」


マキノは怯えた様な顔をしながらポツポツと話はじめた…。


いつもの様に甘い言葉とマスクで女の子を誑かして弄んだこと。子供が出来たと聞いて面倒になった事。別れ話がこじれたので強面の友人を使って脅して無理やり別れさせた事。それだけでは足りぬとばかりにその女の子の両親にまで脅しをかけたこと。何も知らない両親は勘違いして娘に腹をたてて勘当したらしいという事。

途中からマキノは泣きながら話した。

聞けば聞くだけ僕は腹がたって仕方なかった。

殴ってやろうかと思った。


「祓うのでは無かったな」

と大塚は冷たく言い放った。

「あれは生き霊だ。子供の霊も見えた。凄まじき怨念…自業自得ぞ。お主の様な者は取り殺された方が良かったのかもしらん。」


「お、俺はどうしたら…」マキノはオロオロしながら聞いた。

「…知らぬ。ほれ、そこを見てみよ。」

大塚は壁の大きなテレビを指す。電源の入っていない黒い画面に部屋が写っているが…


テーブルの下に顔が見える。窓にも幾つもの顔。小さな手が何かを掴む様に動いているのも。

「うわぁぁぁっ!」

マキノはテレビから遠ざかる様に這いながら後ずさりした。

画面には後ずさりするマキノに絡みつくように伸びる手が見えた。

「助かる道があるとすれば、今日祓った者は当然、思い当たる全ての悪行をした相手にまで出向き心から謝罪せよ。償わなければ次の者がまた憑くであろう。」

大塚はそう言ってマキノを汚い物でも見るような目で見た。



帰りの車で大塚に聞いてみた。「生き霊ってあるのは解ったけど、何であいつの体に現れたんだ?」


「解らないが、強くあの者を憎むと同時に一体になろうと中に入ろうとしたのかもな。女はなあんな相手でも一度愛してしまうと一緒になりたいと思うものなのかもしれぬな。

女は相手次第で鬼にも女神にでもなる生き物なのだ。

ぬしもせいぜい気を付ける事だ。」


大塚はそう言って少し笑った。


「…顔がいいとかお金持ちとかは皮に過ぎないって事かな…中味がやっぱり重要だよな。」


「心の綺麗な人間は見た目も綺麗だというからな。心を磨く事だ。自分もまだまだだがな…」


そういう大塚の横顔は綺麗だった。


おしまい

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