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杏の霊譚  作者: ビスコ
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古い時計


大学二年の春、車にはねられて望んでもいないのに(大塚に言わせれば)、封印してあった能力が表に出て来てしまった後の話。


事故でショックを与えたのが原因か携帯の調子が悪くなった。画面に傷はないものの勝手に電源が落ちたりキーの幾つかが反応しなくなったり。

大学の講義の変更やバイトの連絡とスケジュール帳としたり、いつも時計を持たない僕にとっては時計替わりにも重宝していた。特に目覚まし時計としても使用してたから、深夜に勝手に電源が落ちたりすると遅刻という事になる。

いつも大学の出席日数を最低限界高度で飛行してる僕にとっては遅刻3回→1欠席→日数不足→補講→下手すりゃ留年 という暗澹たる未来が待っている。

長々と説明したけど、とどのつまりは時間を知る事は重要だ(?)と言うことだ。



新しく買った自転車に乗って駅前の携帯ショップに向かった。年に二回も三回も新型が出る携帯の業界では大学入学の時に購入した僕の携帯は既にかなり古いタイプになっているらしい。

修理に出すよりも新規で買った方が得になるとショップのお姉さんに説明されたので新しい携帯にする事にした。


ショップからの帰り道、交差点で信号待ちをしていた。

目の前を走り抜けて行く車を見てた。

ある車が通過する時、違和感と嫌悪感を感じる。小さく笑い声も聞こえた気がした。

通過した車に目をやると屋根の上に人がしがみついているのが見えた。

「…あわわわ…」

しかし、周りの人は気付いて居ないようだ。あんなにはっきり見えるのに誰も気付かない…ヤバいまた見えてるんだ。


信号が青になって渡る時、信号待ちしてる車に目をやると緑色のトラックの助手席に何人か顔色の悪い、明らかにこの世の者でないモノが見えた。

そのトラックの前を通る時、助手席の一人(?)と目が合った。『見るな』という声が聞こえた。

僕はそそくさと横断歩道を渡りきった。背後では信号が変わってまた車の走り出す音がしていたが、その音の中に明らかに子供の笑い声を聞いた。


ヤバい。見える。聞こえる。スイッチが入ってしまった。残念ながら僕の〈霊スイッチ〉はどうやってONとOFFにするかわからない。このままONならマズいよな。凹みながら家路を急ぐ。


「高山!」

ビクッとして自転車を停めて振り返ると、そこに大塚が立っていた。手にハタキを持って。

「大塚!何してるんだ?」


「何って…仕事だ。ここがばあちゃんの店だからな。」

大塚の背後にはこぢんまりとした間口二間程の古い店舗があった。『黄梅院』と看板がある。

「何の店?」なんだかこの店だけ大時代的だ。隣は呑み屋ビルで反対側は保険会社のビルだ。その隙間に割り込む様に二階建ての民家を改造したような古い店。

「まぁ入れ」

大塚に付いて中に入る。

…古本屋…アンティークショップ…民芸品店…アクセサリーショップ…喫茶店…古い日本の蔵の中。そんな感じの店だ。


「見たままの店だ。古物商という事になっているがな。」

そう言いながら大塚はカウンターの中に入ってコーヒーを煎れてくれた。


「あとお祓いも仕事だな。」


ああやっぱり。

コーヒー飲みながら暫く話をして本題に入る。スイッチのONとOFFの切り替えの仕方について。

「それは解らないな」

あっさりと言われる。がっくり。

「…ただ、ぬしの中でいずれはコントロールできる様になると思う。」


「…」


「まぁ能力ってのは、出そうと思って出すと言うより無意識に出て来るものだからコントロールは難しいかもしれない。」


…やれやれ。


「時に、ぬし、時間はないか?」


「…あるけど、その喋り方はどうしたんだ?サムライみたいだぞ」

会ってからずっと気になっていた事を聞いてみた。


「気にするな。気付いたらこんな喋り方になっていたというだけだ。意図してしてる訳ではない。…では行くぞ。」

大塚は店を閉めて裏の駐車場に停めてある車に僕を押し込んで街に出た。

黒塗りのセダン。汚れて灰色に見えるが。正直女の子の乗る車にしてはゴツい感じがする。

「この車はな、お祓いに持ち込まれたモノだ。憑いてるって言ってな。」


「え゛!?」

マジかよ…


「心配するな。実際にはこの車には何も憑いては居なかった。憑いてたのはオーナーの方だ。オーナーは祓いを受けた後、理由あって西の地に移住した。この車は好きに処分してくれと置いて行ったのだ。」


「大丈夫なんだな?…ところで大塚、どこに行くんだよ?」


「ん、N市だ。お祓いをして欲しいという依頼があってな」


「へぇー…っって!!おい!何で僕まで行かなきゃならないんだ?!降ろしてくれっっ」


「付き合え。バイトだ。実際に祓うのは父親で私は下見に行くだけだ。憑いてるものを見るのが2人の方が確実だ」


「やだぁー!降ろせよー!」


「○○円」


「…解った。付き合う。」

バイト2日分で自分を売った。げに貧乏は恐ろしき


大塚は満足そうににっこり笑った。


その家はN市郊外にあった。住宅地にある中でその家だけが異彩を放っていた。

通常区画なんか無視した邸宅だ。

背の高い壁に囲まれたその家は要塞の様にも見えた。

インターホンを押すと歌舞伎門(と言うのか?)が自動的に開いて車ごと入れと言う。

門の中には鬱蒼とした木立がありその中に小道が走っている。僕は昔行った京都のお寺を思い出した。

何だか背中がぞくぞくする。視線を感じる。しかも一つ二つではない気がする。

木立の奥にどこかの旅館の様な建物があった。

「どんだけ金持ちだよ」


「※※地所って言う不動産会社の元会長宅だ。今は会社とは関係ないらしいがな。」


聞いた事のある会社だ。東証一部上場してるはずだ。確か四谷だかどこだかの再開発の先鋒を切って始めた会社だ。


車を降りて屋敷に入ると着物を着た人に案内されて応接間に通される。

屋敷に入ってから更にイヤな感じが付きまとう。

暫く待っていると扉が開いて派手なワンピースを着た女性が入って来た。

扉が開くと同時に吐き気と恐怖心がドッと押し寄せてきた。涙がでる。なんだこの感情は。

目の前に座った女性を見て吐き気が更に強くなる。

正直美人だ。歳は40位か。但し肌はボロボロで目の下に黒い隈ができている。目は黄色く濁っている。

見てはいけない。そんな気がした。

挨拶を済ませると大塚は本題に入った。

「隣にいるのは助手ですのでお気になさらずに。さて、どんな具合ですか?と言うかご主人ですね?」


「ええ。毎晩来るんです。天井に居たり、お風呂に居たり、窓に居たり、明け方には私の布団の上に乗って恨み言を言ったり…。もうあなたはこの世にはいないのよと言っても効果もなくて…」

突然扉がバーンと叩かれる音がした。ギクッとする。

「…ああいう音や床を爪で引っ掻く様な音も常にするんです。」


「ふむ。」

何がふむだよ。早く出よう。こんな所。普通じゃない。


「ご主人の書斎か仕事場を拝見できますか?」


何!? もういいって!!



しかし、残念ながら僕の心の叫びは誰にも届かず三人で書斎に向かう事になった。


階段を昇るに連れて感情が高ぶる。冷や汗が滝の様に流れ落ちる。涙も止まらない。足がガクガクする。

ちょっと待ってと言おうとして顔を上げると…いた


女性の背中にぺたりと土気色した坊主頭の痩せた男がしがみついている。首筋に噛みついている様にも見える。指は骨ばってトゲの様になっていて女性の髪の中に刺さるように入っている。階段のあちこちに赤いベタベタしたものが滴っているのも見える。


叫びそうになった時、背中を叩かれた。何回か叩きながら大塚はブツブツと何かを言っている。

すると目の前が少し明るくなった。

「落ち着け。」

と一言だけ言って大塚は階段を上り始めた。

その時立ち止まった我々を振り返った女性の肩にさっきの男の顔が見えた。目、鼻、口から血を流しているように赤い。目は落ち窪み黒目だけになっている様に見える。もしかしたら無いのかもしれない。

顔を見た瞬間。滂沱と涙がこぼれ落ちると同時に怒りに似た感情が浮かぶ。

男の感情だろうか。二階のオークの扉が開かれる。開かれると同時に男の姿が消えた。

女性の話では以前は主人の書斎兼仕事場だったらしいが今は奥さんの趣味の物が置いてあるらしい。

入って驚く。壁には大きな柱時計や鳩時計がいくつもかかり、床に置いてあるアクリルのコレクションボックスにはアンティークな高級時計が並んでいる。壁際のショーケースの中にも沢山の時計が入っている。


僕は「拭け」と大塚から借りたハンカチで涙や鼻水を拭きながらも、そのコレクションに圧倒された。


「すごいですね」


「私の趣味だったんです。けど最近はもう興味がなくて使わないこの部屋に置いてあるんです。」


「…ふん。」

大塚は眉間にシワを寄せて暫く考えていた。

「…奥さん、ご主人の霊が居ます。祓うのは難しいですが不可能ではありません。一つ教えて下さい。ご主人の死因は?」


「癌です。内臓のあちこちに…」

病死なら仕方ないな…と思った。でも、病死なのに何故この世にいるんだ?


「なるほど。今の段階で祓いはできません。後日ご連絡致します。」


「えっ?!それは困ります!祓って下さいっ。お願いします。」

奥さんは別人の様に叫ぶ様に言った。


「…では寝室に結界を張っておきます。但し、霊の念が強いので完全に防げるかどうか解りませんよ。」いつも淡々とした口調の大塚だがこの言葉は冷たく聴こえた。


寝室に籠もって暫くして出て来た大塚は口も利かず、スタスタと帰る支度をすると、玄関で和服のお手伝いさんから謝礼を受け取ると車に乗った。


邸宅を出てかなり走ってから大塚はやっと口を開いた。

「苛々するぞ。」


「ああ。苛々してるね。」


「ぬしは状況が解ってるのか?」


「…旦那が病死して、旦那は奥さんに未練があって…」


「未練であんなに強い怨みを持つと思うのか?」


「…いや、おかしい」


大塚はファミレスに車を入れた。



注文したイチゴパフェをつつきながら大塚は言った。

「あのな、旦那は殺されたんだぞ。」


「え?まさか。癌だって言ってたじゃないか」

ハンバーグ定食のフォークを落としそうになった。


「奥さんの趣味はなんだ?時計だよな。しかもアンティークだ。私が見た限り1910~1950年までのものが殆どだった。金額だって馬鹿にならない。中には数百万もする様な時計があった。勿論、趣味だから集める事にとやかく言う気はない。ただな、幾つもの時計の文字盤の一部や針が削り取られてたんだ。」


「…よく解らないな。文字盤削るって…何かのおまじないか?」


「そうか…ぬしは知らんのだな。当時の時計には流行りがあったんだ。今では珍しくも何ともないがな。夜でも時計の針が見えたんだ。」


「夜行塗料か?蓄光って言ったかな?」

「今はN発光…プロメチウム発光と言うんだが、当時はラジウム夜行塗料だったんだ。」


「ラジウム?放射線物質だろ?時々温泉にもあるな」


「ああ。キュリー夫人が発見したラジウム226は有名だな。ちなみに温泉の場合はラジウムがイオン崩壊してラドンになっている。弱い放射線はホルミシス効果があると言われているな」


「…すまん。よく解らん」


「要は放射線物質だ。時計の場合は密封されてたりするから安全だという人もいるが基本的には体に悪い」


聞いていて段々気分が悪くなってきた。朧気ながら解った気がした。

大塚は続ける。


「あの奥さんは時計からその発光物質を削り取って…多分食事に混ぜたかカプセルに入れて飲ませたか…体内でずっと放射線を浴びたら…」


「それって殺人じゃん」


「ん。そうだ。後で調べてみるつもりだが、会社から手を引いたと言うことは株を全て売って現金化したと言うことだろう。保険でもかなり入金があっただろう。恐らくまだ存命の内に土地の名義変更もしてるだろう。」


「保険金殺人?」

苦々しい感じがする


「証拠がない。塗料の剥がれた時計を旦那の死に結びつけるのは難しい。死因は癌だからな。臆測ついでに言えば多分あの奥さんはすぐに再婚するな。」


「なぜ?」


「寝室に結界を張るときに気づいた。書斎にあったコロンの瓶と寝室の男物のコロンの匂いが違った。」


イチゴパフェを食べ終わると大きくため息をついた。

「ぬしは霊の感情の移入が早い。悲しみと怒りを感じたであろう。それが階段で見た主人の霊の感情だ。浮かばれる訳がなかろう。」


「なぁ、なんで祓わなかったんだ?祓うことは出来たんだろ?」


「できるが…手遅れだな。奥さんは既に病気だ。恐らく脳に障害がある。黒目の大きさが…な。祓っても役にはたつまい。

ぬし気づいたか?帰る時、男の霊が見ていたのを。決して我々に敵対した表情ではなかった。祓わずおいて良かったのだろう」

大塚はちょっとだけ明るい表情になった。


僕は何とも言えなかった。

ただ使い古された言葉だが、霊よりも生きてる人間の方が何倍も怖いという事を実感した。


「今回の報酬はその食事だぞ」と言われてその思いを強くした。


おしまい

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