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杏の霊譚  作者: ビスコ
29/29

旧友

「いらっしゃいませ」


バイト歴も長くなると反射的に行動や言葉や出てくる。

最初の頃の自分を思い出すと柄にも無いけど、赤くなる。

無理に笑顔を作ろうとし、更に緊張してるから声も出ないしで、ぎこちないロボットみたいな動きで接客してた…らしい。


よく店長に笑いながら指摘されてた。

その店長ってのはあたしの叔父さんだ。

高校出てプラプラ遊んで(族は一生懸命してた)たけど、やっぱり遊ぶお金が欲しい。

両親とも働いてるけどこの不景気な世の中、どんなに頑張っても娘を遊ばせる様な余裕なんかない事位は解ってた。

かと言ってOLに簡単になれる程氷河期は暖かくない。

自分で稼がなきゃ。

…そもそも、朝から晩まで会社のデスクワークや工場でのルーチンワークが性格的に向かないのは自分が良く知ってる。

管理だけされた世界なんて学校みたいで、なんだかゆっくりと自分らしさが無くなっていきそうで嫌だった。

高校の先輩に勧められて夜のお仕事も考えたが『仕事時間』と『活動時間』が重なってしまう。

…それに喧嘩っ早いあたしに酔っ払いの相手ができるとは思えない。酔っ払いばかりではなく、理不尽な事を云う相手には容赦せず絡むあたしはバイトも長続きはしなかった。


必然的に短期のバイトでお茶を濁すしかない。


そんなある日、何年も会っていなかった叔父さんと法事で会った。そして『何もしてないならうちで働かないか?』と云ってくれたんだ。

叔父さんが何か店をしてるのは知ってたけど何をしてたかその時初めて知ったんだ。

奥さんも子供もいない叔父さんは、仕事が忙しいらしく、しかも偏屈だから親戚付き合いをあんまりしてなかった。

あたしは叔父さんとはそれまで殆ど会った事も無かったからびっくりした。

けどあたしにとっては助け舟だった。

これで安定した遊ぶお金ができる。最初の内はそんな気持ちだけだった。

仕事なんて面白いとは思えなかった。

でも続けていると、常連客との他愛のない会話が楽しくなったりもする。

それが仕事の楽しさに繋がり、いつの間にか自分の生活の一部になった。

最初のうちはあれほど苦労した挨拶や愛想も最近じゃあまりに自然にしてるから挨拶したかどうかさえ解らなくなる事まである。


店は『串屋』と言う串揚げ屋だ。夜は叔父さんがするのであたしの仕事は昼だけだ。


ちなみにメニューは昼も夜も含めて全部で四つしかない。

昼定食、串揚げ、ご飯、ビール。

値段もトレーか串か茶碗か瓶を数えるだけだから間違えようもないし、元々安い。

メニューが単純だからこそ指名でうちの店を選んで来てくれる客が多い。


最近はよく昼の部を任される。

叔父さんが去年から始めた社交ダンスに行くからだ。

あたしも最初は包丁もまともに使えなかったけど叔父さんの指導で今は仕込みから片付けまで出来る。

一人は気分的には楽だけど仕事は大変だ。



表の扉が開く音で反射的に挨拶して振り向くと見慣れた二人が立っていた。


「おー下田働いてるな」

ポニーテールにした小柄な大塚が高山と一緒に立っていた。


「大塚ちゃんと高山 いらっしゃい」


「ども」

高山が片手をちょっと挙げて挨拶する。

確か高山がこの店に来るのは初めてだ。

キョロキョロと店内を見渡している。

「珍しいか?」と聴くと頷いた。


「定食を二つ頼むぞ。今日は高山の奢りなのだ。」


「そうなんだよ。セミが何年土の中にいるかっていう賭けに負けたんだ」

カウンターテーブルに着きながら悔しそうに言う。この二人は何だか独特なリズムで付き合ってるよな…。普通、セミの生活で賭けをする奴は居ないだろ。


高山の奢りなら高くしとくと言うと高山は引きつっていた。


今日の定食の串はアスパラと豚肉・獅子唐と牛肉・キビナゴと云う魚を大葉で巻いたものだ。

何本どれを頼むか聞いてから揚げる。それにご飯と漬け物と味噌汁。

内容を聞くと「各二本づつじゃ!」とにこやかに応えた。

結構ボリュームあるけど大塚ちゃんはいつもこの位は食べる。

高山も同じ様に二本づつ頼んだ。


二人とも大いに食べた。

毎回思うのだが、細い大塚ちゃんのどこに食べた物は収まってるんだろう。


他の客も引けた後だったからあたしも会話に入って楽しい時間を過ごした。

高山もこの店を気に入った様だ。


二人が賑やかに帰ってしまうと時間は3時。お昼の営業も終わりだ。

表の暖簾と看板を下げに行こうとした時、ガラリと扉が開いた。


「まだいいですか?」

と言って帽子を深く被った若い女の子が入ってきた。


あたしは客がいる以上仕事は辞めないので どうぞー と言って相手を見て気付いた。


「純ちゃん?純子ちゃんじゃない?」


「エヘヘ解った?」


笑いながら帽子を取ると可愛らしい白い顔が覗いた。

中学時代に連んでた友達の純子だ。

中学の頃からお人形さんみたいだったけど全く変わってない。


「純ちゃんあんた、確か北海道へ…」

中学三年の夏に事情があると言って急遽北海道に越して行ったんだ。


「うん。戻ってきてみた」

そう言って笑った。


「そっかぁ嬉しいよーっ。ご飯食べて行ってよね」


「もっちろん。お腹空いちゃってさ。」


あたしは串揚げの準備しながらカウンター越しに中学の時の話をした。


話をしてて思い出した。

当時 純子は虐めの対象にされてた時があった。

あたしはそういうの嫌いだからいつも純子の味方になって虐めてた奴を逆に懲らしめてた。

そんな時に何時もあたし達に加勢してくれたのは一般的に不良と云われてた連中だった。

先生達は一見真面目に見える虐めをしてる本人には何も言わず、いつもあたし達が怒られた。

でもあたし達は全くカラーの違う純子を庇い続けた。純子はみんなの妹分みたいな感じだったんだ。


…あたしにとって、今は懐かしい思い出だ。


純子とはその話じゃなくて当時好きだった人とか担任の話し方の真似だとかして盛り上がった。

今どこに住んで何してるのか聞こうかと思ったけど何だか聞けなかった。


純子は串揚げ定食をペロリと平らげてくれた。給食も全部食べれないくらい少食だった純子をイメージしてたからびっくりした。


「美味しかったー」

そう言って番茶を飲む純子は本当に可愛らしい。

ちなみにそっちの気は無いが、もしあたしが男だったらこんな彼女が欲しいと思うんだろうな。


しばらく話して純子は用事があるから今日は帰ると言って席を立った。

お代はいらないと何度も言ったのにせめて少しでもと言って五百円玉を置いた。


「また来てよね」


「うんっ。」

手を振って扉を出て行った純子の背中は中学の時みたいにやっぱり小さかった。


旧友が尋ねてきてくれて凄く嬉しかった。


純子の置いた五百円玉はとても冷たかった。

そのひんやりとした感触でふと思ったんだ。


…あの子あたしがここで仕事してるのどうやって知ってたんだろう…


あたしがここに居るのを誰かに聞いたのかな…


そう考えてたら脳天気な声が聞こえた。

「ちーっス!」

ユージがご飯食べに来た。

片付けた後だったからご飯と味噌汁だけ食べさせた。


「姐さんヒドいッスよ。串揚げ屋さんなのに何でご飯と味噌汁だけなんスか…」


「喧しい!時間外だ。しかもお前は客じゃないだろ。」

そう言いながらキュウリの漬け物出したら喜んで全部食べた。


「姐さんごちそうさまでした…もしかして、さっきまでこの席に誰かいました?」


「ああ。中学の時の友達がな。それがどうした?」


「いえ、椅子の上に砂が落ちてるんスよ。

…姐さん、まさか今度はサーファーの男を連れ込んで…イタっっ!!」


あたしは掠る様に拳で殴ってやった。

「天誅だ。大体、『今度は』って何だよ。前もあるみたいじゃないか」



砂って何よ…


カウンター用の背の高い椅子の座面に確かに砂が落ちている。

集めたら結構な量だ。

微かに海の匂いもする。


純子は海に行くような格好はしてなかった。椅子に落ちてるんだから腰より上に砂が付いていて尚且つ椅子に向かって払わなければ砂は乗らない…

純子はそんな素振りはしなかった。

それに砂だってBGMも流さない店内で座面に落ちればパラパラと音だってするはずだ。


あたしは少しだけティッシュに取って畳んだ。

後で大塚ちゃんに聞いてみよう。何だか嫌な予感がする…


「姐さん、砂の掃除終わりましたー」

そう言うユージについでにテーブルを全部拭くように指示しながらあたしはそう思った。




・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー


「ほぉ。砂じゃな。」


ティッシュに包んだ砂を見せると大塚ちゃんはそう言った。


あたしは純子が来た時の様子を話した。


「む。それだけでは解らんのぅ。それにこの砂からは特に強い気は感じぬ。ただ冷たいイメージだけだな。」


「そうなんだよ。純子の置いて行った五百円玉が凄く冷たくてさ…これ」


あたしは純子から受け取ったコインをそのまま持っていた。


「ふむ。旧五百円玉。…縁が何だか変色しとるな…これは…。」


「どした?」


「…霊気の残滓があるのぅ…」


あたしはショックだった。純子は霊だったの?


「下田、考えを早まるな。

まだ解らぬ。霊気を含んだお金はよく流通しておる。強い念だとしばらく残る事もあるのだ。たまたま持っておっただけかもしれんであろう。」


「うん」あたしは頷いた。

さすがに大塚ちゃんは良く分かってる。あたしが考えた事位はお見通しなんだろう。


「調べてみたらどうかな?…」

高山が言った。


「…同窓会を開きたいからって先生に連絡してみたら。」


「その前に下田、一つ聞いておきたいのだが、ぬし、純子とやらの実態を知ってどうするつもりじゃ?」


「いや…どうのこうのじゃなくて…もしあの子が苦しんでるならどうにかできたらと思ってさ。」

あたしは正直に言った。


「ふむ。キツい言い方だが、知らずとも良い事がぬしに伝わるかもしらんぞ。良いな?」

大塚ちゃんはかなりソフトに云ってくれた。

あたしは大きく頷いた。



・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー


その日の夜、あたしは中学時代の名簿を出して来て先生の名前を探し出した。

そういやこんな名前だったなとか思った。

さすがに夜になって学校に電話するのも変だと思って電話は明日する事にした。


ついでに卒業写真を取り出してみんなの顔を見渡す。

クラス写真には純子はいない。写真を撮る前に転校したから。

ただ、『思い出』というページの文化祭の写真に純子の横顔が写っていた。

今日見たままだ。

何となくあたしの早とちりな気がしてきた。

だってあれだけ話してあれだけ食べて笑ったのに霊とかって…有り得なくね?

自分で自分に言ってみる。


たまたまあたしが働いてる所を誰かに聞いて、たまたま誰も居ない時に来て、たまたま霊気を含んだお金を払って、たまたま服に付いた砂が椅子に落ちただけ…だけ…なのかな…


混乱したからオヤジの焼酎を呑んで寝た。


・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー


『ああ、覚えてるよ。下田くんだね。高校行って有名になったらしいね』

笑いながら先生は言った。


「先生、そんな事ないですよー。ちょっと暴走行為と、他のレディースチームのヘッドとタイマンで喧嘩して警察に二度程喚ばれたのと停学を何度も喰らった位で…。」


先生は電話の先で笑っていた。


翌日の午後学校に電話をして先生の行方を追ったんだ。

二つ学校を変わって定年になって今は自宅で塾を開いて教えてるって突き止めたんだ。


経緯を話たら、『当時の年賀状をみたらうちの住所は解っただろう?』と云われた。

笑って誤魔化した。あたしに限って年賀状を何年も置いてるワケない。


先生に純子の事を聞いた。


『ああ…あの子ね。みんなには北海道って言ってたんだっけな。本当はお母さんの実家のC県に行ったんだよ。』


「C県?何で?」


『あの子には持病があってなC県にその専門病院があるからと云うのが本当の理由だな。…みんなには北海道って言った方が夢があるでしょって言ってたよ。』


「…」


『…でもな、去年亡くなったんだよ。』


「ウソ!」


『…いや本当なんだ。親御さんからハガキが来たからな。』


「何でですかっ?何で死んじゃったんですかっ!!」


『いや、それは書いていなかったな…』


あたしはそのハガキの住所を聞いて電話を切った。


きっとウソよ。あんなに元気そうだったもん。

一生懸命自分に言い聞かせるがなかなか気持ちの奥に巣くう黒々とした物は拭いきれない。

・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー


「ここじゃな…」

大塚ちゃんは住宅街の普通の二階建ての家の前に車を停めた。新興住宅地らしく綺麗な建物が多い。



今朝あたしは叔父に言って仕事を休んだ。

理由を聞かれたから友達の事でと言うと叔父は社交ダンスの先生に自分が休む旨伝えて、あたしに行ってこいと言ってくれた。


昨日聞いた住所に行くんだ。

大塚ちゃんに話すと一緒に来てくれると言ってくれた。


二つ返事で高山も。


…来なくてもいいんだけどユージも。


四人の乗った大塚のセダンは長いトンネルを抜けてC県に入る。

海沿いを南下して中規模な街に入った。


ナビの指示だとこの家らしい。


あたしは、みんなには車に居て欲しいと伝えてその家に向かった。


表札を確認してインターホンのボタンを押す。

どこか遠くで電子音が鳴っているのが聞こえた。

玄関が開くと中からは純子が出てきた。

「…純子!」


「…えーと、純子のお友達ね。」


あまりに若い格好をしていたので見誤ったけどお母さんの様だ。


「あ、すみません。下田と云います。あまりに純子さんに似てたから…」


あたしの名前を聞くとおばさんは急に目を大きく見開いた。その目からハラハラと涙が落ちた。


「まぁ!あなたが下田さんなのねっ?よく来てくれたわね。さぁ入って入って。」


おばさんはあたしの事を知ってた。


廊下を歩きながらおばさんは話かける。

「純子の事は聞いたかしら?

去年…」


「はい…。昨日聞いていても立ってもいられなくて来てしまいました。突然ですみません。あの、本当なんですか?」


「ええ。…さぁ純子、お友達の下田さんが来てくださったわよ」

そう言って開けた障子の向こうに純子がいた。

遺影になって微笑んでる。


あたしはそこから記憶がない。次に気付いた時には泣きながら仏壇の前でおばさんに背中をさすって貰っていた。


「ごめんなさい取り乱してしまって…」


「いいのよ。ありがとうね。純子も喜んでるわ」


「あの…どうしてあたしの事を?」


おばさんはにっこり笑って仏壇の引き出しから薄いノートを取り出した。

パラパラと捲ってあたしに見せる。


『私の肉体がこの世から消えたら私は友達の家を廻ろうと思ってるの。

あたしは中学時代の下田さんにまず会いに行くよ。

真っ暗な中学時代に私に明るい光をくれたあの子は今まで生きてきた中で私の一番の友達。

…今じゃ旧友になっちゃうかな?

多分、下田さんは私の事を知ったら家まで来てくれる。そしたらお母さん、私の恩人だって思ってね。

…恥ずかしいけどこのノートを読んで貰って。


下田さん来てくれてありがとう。引っ越してからも元気になったら会いに行こうと思ってたの。連絡もしなくてごめんね。でも自由になったらまず一番に会いに行くから許してね。

下田さんは怒るかもな…この弱虫とか言うのかな…でもね、今は呼吸するのもツラいのよ。電動の車椅子も座るだけでキツくて…。弱くてごめん。ちょっとだけ早く、自分が自分である間に逝くわ。許してね。』



おばさんの話では病気は次第に純子の体を蝕み、最後は歩く事もできなくなったそうだ。

痛みも強かったのでキツい痛み止めをしていたらしいが、意識が朦朧としてしまい、逆に死ぬ事への恐怖だけが残る状態だったらしい。


冬の日の朝、おばさんが朝起きると、机にノートがあり、玄関に置いてあった電動車椅子ごと純子はいなかったんだそうだ。

近所や警察に連絡をして探して貰った。お昼前に車椅子が※※海岸にあるのを警察が見付けてくれた。慌ててタクシーで海岸に向かった。

海岸に近い駐車場の端に車椅子はあった。

そこから波打ち際まで這った跡が残っていたと言う。

純子は自由の利かない下半身を引きずり腕だけで這って海に入ったのだ。


警察が捜索してくれたが見つからず、純子は遺体になって2日後、入水した所に打ち上げられた。

入水自殺にしては眠った様な綺麗な状態だったという。

現場に呼ばれたおばさんは砂だらけの純子に縋って泣いたらしい。

司法解剖において弱った心臓が冬の海の温度に耐えれず止まったものと判断された。

ノートもあったので自殺と断定された。


つい最近までおばさんは廃人の様だったらしい。


でも先月の月命日の夜に、帽子を被った純子が枕元に立って怒られたらしい。

『お母さんがそんなんじゃみんなに挨拶に行けないじゃないっ!』って。

それから純子を側で感じていたかったおばさんは純子の服を着て生活してるんだと言う。


派手なのしかないからと言って笑った。


そして何日か前にまた純子が枕元に現れた。

『これからみんなに会ってくる』と言って笑った。


あたしは聞いて泣いた。

遺影の純子に向かって言う


「あんたさ、生きてる間に連絡しなよねっ!あんたに紹介したい友達だって沢山いるんだからさっ!」


おばさんも泣いてた。


遺影の純子が歪んで少し悲しそうに見えた。



・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー



二人でひとしきり泣いた後、外で待っていた三人を呼んで焼香して貰い、おばさんにまた来ると挨拶して、あたし達は純子の家を後にした。


家を出てから入水した海岸に向かった。


弓状に延びる海岸は人気もなくただ広い海と空が広がっていた。


あたしは途中で買った花束を駐車場の片隅に供えた。

入水したと思われる場所は見晴らしも良く、沖に大型船が通過するのが見えた。



「こっちが東っスね。」

「ああ。そうじゃな。…ある意味前向きではないか?日の出の方向に向かうのじゃからな」


「そうだよな。

しかも水の中なら身体も少しの力で動かせるからもしかしたら自分の足で歩けたんじゃないかな…自分の脚で歩いて日の出に向かってさ。」


あたしには純子が天使の様に手を広げながら水中をあるく姿が見える様な気がした。



「もしかしたらっスよ、アメリカに行こうとしてたんじゃないっスか?」

ユージが鼻息荒く言った。


「何で?」


「自由の国って云うじゃないスか。身体の痛みも不自由も心もみんなフリーになるためっスよ。」


「ユージ、お前ほんっとにバカ…」

そう言いながらあたしは泣いた。

ユージが言ったように純子は今は痛みも苦しみもなく自由に動いて行きたい所へ行って好きに動けてるのかも知れない。そう思うと霊もいいのかもな…


「ヤバいっ。姐さん、泣かないで下さいよっ。オレ何か悪いこと言いましたかね?」

ユージはオロオロしてる。


「あーあ、下田を泣かしたな。わらわは知らんぞ。」


「僕も知らないよ」


「え″ー、マジっスかぁ?ほんとオレそんな悪いこと言いましたかっ?」

青ざめるユージを見てみんなで笑った。



純子、また会いに来いよ。串揚げ用意して待ってるからさ。

今度来たらみんな紹介するからな。


秋の海はキラキラと光った。



      おしまい。

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