付いてくる
有名な芸能人に似ている友達がいる。
悪い奴じゃないんだけど…
ちょっとナルシス君だ。
演技も歌手もできるその似てる芸能人は確か好感度調査でもいつも上位にいたはずだ。
その友人に、この間久しぶりに街でばったり会った。
真彦という奴だ。
その日僕もバイトまでの時間調整があって街で暇つぶししてただけだったし、真彦も時間があるというので近くのオープンテラスのカフェでお茶をした。
黄色くなりつつある並木道のお洒落なカフェに男二人もどうかと思ったけど真彦は良く来る店らしい。
街には買い物に来てたんだそうだ。
高校を出て以来だから数年振りだ。
切れ長で透き通った眼、日焼けした肌、鼻筋の通った姿はそこら辺りのホストとかが霞む位だ。オーラが出ている。
最初出会った中学時代にはそんな感じはしなかったが年齢を重ねる度に格好よくなっていった。
「相変わらずモテるんだろ?」そう言うと、真彦はため息をつき、前髪をかきあげながら
「迷惑なだけだよ」
と格好よく言った。
何をやっても絵になるのが腹がたつ。
しばらく近況の話をしたりしていたが、その間も周りからの視線が集まっているのが解った。
「ホラ、俳優の○○○に似てない?」
とか女の子の声が聞こえてくる。…勿論それは僕の事ではない。
話しながら髪をかきあげたり、長すぎる脚を組んだり、コーヒーを飲む姿がいちいち演技がかって見えるのは気になるが、話してる内容は年相応の下らない話だ。
「あの…○○○さんですか?」
振り向くと女の子が立っていた。
「違うよ。ちょっと今友達と話してるから…」
と友人は言った。
女の子は「すみません」と言って真っ赤になりながら友達の中に帰って行った。
真彦がそう言うのは嘘では無いが、何だか芸能人がファンに断る時のセリフに聞こえる。
しばらく話をしてから別れた。
・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー
用事とバイトを済ませていつもの様に黄梅院に寄った。
「なにっ、そんなにいい男なのか?」さっき会った真彦の話をしたら過剰に食い付いてきた。
「うん。俳優の○○○に似てるんだよ。」
「…なんじゃ、そうか」
「急にテンション下がったな。なんでだ?」
「わらわの好みではないからの。」
「そういや大塚の好みってどんな感じなんだよ?」
気になってたんだ。大塚みたいな女の子はどんな男が好きなんだろって。
「例えばだな、健さんとかじゃな」
ニコニコしながら言った。
「けんさん?」
頭にバカ殿が思い浮かぶ。
シュールだな…と思っていたら
「ん。知らんのか?高倉の健さんじゃ。」
「……渋い…渋すぎる…燻し銀だな。」
「何をいう。格好よいではないか。自ら不器用だと言う謙虚さも素晴らしいではないか」
「…」
解らなくはない。確かに格好よいが好みのタイプとして若い女の子が挙げるのは何だか違う気がする。
しかし…いや、やっぱり大塚は普通の女の子とは違う。変に納得した。
・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー
あんな所で高山と会うとはな。
あいつ変わらないな…。
俺はそんな高山がちょっと羨ましいようなそれでいて、自分に優越感が有るような変な感じがした。
自分は変わったからな…
ロレックスの時計を見るとちょうどいい時間だ。
今日は大事な日なんだ。
目的のビルに向かう。
遅れる訳にはいかない。人混みを抜けながら1ブロック歩き、角のコンビニを曲がる。
視界にチラッと赤いものが写る。歩みを緩めて見えた交差点を見る。
いた。
車がひっきりなしに走る交差点の真ん中に。
赤い服の女の子。
駅の反対側のホームの端、仕事場の向かいのビルの窓、通過するバスの中…ここしばらく同じ女の子を見かける。
見るとビクッとしてしまう。
女の子がいる場所ではないから。
今日は特に。
やはり普通の女の子じゃない…。
交差点の真ん中にいる事自体不自然だ。
しかし、車はクラクションを鳴らす訳でもなく、通行人も歩みを止めるでもない。
無関心なんじゃなくて見えていないんだろうか…
いつ見てもこっちに顔が向いている様に見える。
…まさか俺を見てるのか?
ふと視線を逸らして見直すと交差点のその姿は消えている。
疲れてるんだろう。
俺は目的のビルに向かって歩みを早めた。
・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー
それから3日程して、黄梅院で大塚と話してると、真彦から電話があった。
この前、僕が『この夏からずっと霊的な事ばかり』と言ったのを覚えてたみたいだ。
『助けてくれよ。近付いて来てるんだ。』
なんでも、何かに付けられてるらしい。段々距離が縮まってるんだと言う。
言ってる意味が良く解らないが何だか霊的な感じがする。
僕は黄梅院の場所を教えて来るように言った。
しばらくして下田とユージが来た。
町内会の秋祭りの打ち合わせをしに来たらしい。
公園清掃をしてる下田の所に町内会から何かイベントをして欲しいと依頼されたと言っていた。
めんどくさいと言っていたが何だかやる気満々だ。
ユージは迷惑そうだったが。
「おー、下田とユージお疲れ。良い所に来たの。これから二枚目が来るそうじゃ」
「二枚目?誰だい?」
下田は興味を示した。
「オレより二枚目なんッスか?」
ユージが真顔で聞く。
「お前は下から二枚目だろうがっ」
「姐さん…じゃ一番下は誰ッスか?」
そんな話をしていると扉が開いて真彦が入って来た。
みんな一斉に見る。
「やぁ高山。…すみません。高山くんの紹介で…」
ちょっと陰りのある笑顔で頭を下げた。
…なんだろう…この感情…寂しさと怒りの混在してる様な…
「聞いておる。
…ぬし、厄介な物を連れておるの」
真彦はギクッとした。
「…やっぱり」
「ああ。赤い服の女の子じゃな。」
真彦は驚いた様な恐れる様な顔をして大塚を見た。
「つかず離れず見えておったわ」
「…ヒッ!」
ユージが声を上げた。
みんなユージの視線を追う。
!!!!
ユージの視線の先、高い位置の窓に黒い髪を振り乱した女の子がいた。
中を覗いている。
「あ…あれ…」
ユージが声を出すとスッと姿が消えた。
しんと静まり返る店内。
コーヒーメーカーのゴボコボいう音だけが聞こえる。
「霊じゃの」
大塚がポツリと言った。
「…あいつ白眼だけだったな…」
下田が冷静に言った。
「間違いなくぬしが連れておるの。」
「…」
真彦はガタガタと震えている。
「身に覚えはないか?」
「…」
「何か彼女について知ってる事はないか?」
「…」
真彦は何も言わずへたり込んでガタガタと震えている。
「 喝ーっ!!!!!!」
大塚がカウンターから出てきて真彦の背中を叩いて怒鳴った。
みんなが驚いたが、真彦は半眼だった眼が普通に戻った。
「大丈夫ッスか?」
ユージが声を掛けると頷いた。
「いつ頃からじゃ?」
「…二週間位前からかな…。最初は見間違いかなと思ってたんです。視界に赤い物が入るようになって…段々それが赤い服の女の子だと解って…距離が段々近付いてるんです。今朝は家の中で見て…」
「メリーさんみたいだな…」
下田が言った。都市伝説の、何だか解らないモノが段々近付いてくる話だ。
「何か思い当たる節はないのか?」
「…無いです。」
青白い顔で汗をかいている。
「…嘘じゃな。」
大塚は冷たく言った
「本当に知りませんっ。」
眼が泳ぎ、顔が赤くなった
「話さんと除霊できぬぞ」
暫く黙っていた真彦は、みんなをキッと睨むと
「チッ!お前らなんかにはどうにもできねーよっ!!」
と言って立ち上がると制止を振り切って黄梅院を出て行った。
「何スかあいつ。捕まえますか?」
「ほっとけよ。ああいう奴はあたしは嫌いだよ。」
下田が手をヒラヒラさせながら言う。
「あいつどうしたんだろう…昔はあんなんじゃ無かったのに…」
「…あやつの運命じゃろうて。どうしようもない。
高山、気持ちは解るが今は放っておけ。
本当に悩んでいるならまた連絡もあろう」
大塚はため息をついてコーヒーを淹れた。
・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー
あんな奴らに解られてたまるかっ!
俺はさっきの古い店を後にして取り敢えず街に戻った。
無性にイライラする。
俺は何であんな奴にどうにかしてもらおうと思ったんだ?
解られたら人生の破滅だ。
ただまだ年端もいかない女が見えるだけじゃねぇか。
あんな奴に知り合いなんて…
…待てよ…確かあの…
俺は思考を中断した。思い出してなんになる。
ああ嫌だ嫌だ!俺は一体どうしちまったんだ!
俺の頭の中にドアの隙間から覗いている女の子の画面がフラッシュの様に映る。
あいつだ…
ヤバい。どうにかして忘れなきゃ!
携帯を出して番号を探す。
こいつでいいや。
名前を見て適当に電話をかける。
「あ、マサミ?真彦だけど。良かったらこれからどうかな?何だか会いたくなってさ…」
返事は解ってる。断るはずはない。
きっと仕事があったって飛んでくる。
浅ましい女だ。
俺もきっとストレスで変な物が見えてるだけだろ。
発散して忘れちまおう。
今日はポケットには上物が入ってるしな。
・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー
「あやつそう長くないな。高山の友達だから言いにくいのだが。」
下田とユージが帰った後で大塚は僕にそう言った。
「…そうか。でもやっぱりあいつに何か原因があるんだろ?」
「間違いないな。
あやつ、恨みをかう事を生業としておるのではないか?
ぬしには赤い服の女の子だけ見えたか?わらわには他にも何人も見えたぞ。」
「真彦、大学を休学してビジネスしてるって言ってたけど…一体何したんだろう…」
「どうせいい事ではあるまい」
大塚は難しい顔をしてコーヒーを飲んだ。
・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー
ラブホテルのベッドの横でマサミが寝ている。
呆けた顔してやがる。
薬の為には何でもするんだな。
真彦はベッドから起き上がって下着をつけた。
タバコを取り出して火を点ける。
やっぱストレスだったのかな。
携帯の着信が点滅してるのに気付いた。
表示されてる名前を見てほくそ笑む。
あの会社のおっさん、やっと払う気になったか。
一人で多業種してるとなかなか忙しいからな。
疲れが出たのかもな。それで変なのが見えたかな。
あの赤い服の女の子の正体は解った。
○○鉄工所の下の娘だ。
俺を恨むのは門違いだ。
最初はあいつの母親が俺に色目使ったからじゃん。
あのおばさんに旦那への口止め料を要求したら突っぱねやがった。
仕方ないから上の娘も騙して喰って写真撮ってやった。
母親も娘も俺にはイチコロだったな。
払わないなら仕方ないから旦那にぶちまけてやった。
あんたの奥さんに誑かされてたって。娘さんの写真を近所にバラまいてもいいんだぜって。
真っ赤になったり真っ青になったりしてたな…。
支払うから明日また来いって言ったのに…
…俺が悪いんじゃねぇや
あのバカ親父がトチ狂っただけだろうがっ
バカ親父にバカ母にバカ娘達。死んで良かったのかもよ
タバコの灰を落とそうとして灰皿の下に来訪帳とマジックで書いてあるノートがあるのに気付いた。
何の気なしにそのノートを広げた。
『○○○』あの親子の名字が書いてある
…なんだこりゃ
嫌な汗が背中を伝う
次のページにも知ってる名前が書いてある。
こいつは自殺したんだ…
次のページにも知ってる名前…
こいつは薬漬けにして財産根こそぎにした…
パラパラと捲ると知ってる名前が続いている…
最後のページには○○マサミと書いてあった
うわぁぁぁ!
ノートを壁に投げつけた。
壁にぶつかって落ちたノートの表紙には※※真彦と黒々とマジックで書いてあるのが見える。
まさか…さっきまで雑記帳って…
近寄ってみると汚い字で雑記帳と書いてあった。
…見間違いか?
またタバコに火を点けてゆっくり吸い込む。
落ち着け。見間違いだ。有り得ない。
ペットボトルの水を一気に飲み干す。
俺は薬はやらない。
何でこんな幻覚を見るんだ…
マサミの寝顔見ると恐怖を覆い隠す為か、やたらと腹が立ってきた。
「おらっ!起きろよっ!いつまで寝てんだよっ」
「う…ん…」
呟いて反対側を向く
「おら、マサミっ帰るぞ」
そう言って肩を揺すろうとして手を肩に伸ばして気が付いた。
…マサミの髪ってこんなに長かったか?
触れた肩は氷の様に冷たい
「…おい…」
手を引っ込めると指先がジンジンする
ギシギシ…
ベットが軋みながら女がこっちを振り向く。
!
その顔には見覚えがあった。
鉄工所の上の娘だ。
白眼でこっちを見ている。
シーツがズレて上半身が露わになった。その裸の上半身は半分焦げていた。シーツからも白い煙が上がっている。
「…ダ マ シ タ ノ ?…」
女はそう言い、うつ伏せになって首を持ち上げた。
残りのシーツがベットの下に落ちる。シーツの下には下半身が無かった。背骨だけが黒い炭の中から生えている
うわぁぁぁぁ!
後ずさりした。ぐにゃっ
背中に何か当たる
振り向くとそこに他の女が立っていた。
ガリガリに痩せていて白眼で俺を見上げている。
「…ネェ オクスリ チョウダイ」
!!!!
足元には下半身のない女が這って来ている。
右には荒縄を持った背広姿のおっさんが立っている
左には鉈を手にした赤い服の女の子がニヤニヤと笑っている。
うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!
……
…
「…彦…ねぇ真彦ったら」
目を開けると段々と焦点が合ってくると目の前にマサミが裸で肩を揺すっていた。
…寝てたのか?…夢か?
「魘されてたよ。大丈夫?」
「ああ…夢を見てただけだ」
テーブルの上には雑記帳と書いてあるノートが置いてあった。
やっぱり夢だ。
安心した。
脱ぎ散らかした服を着る。
「マサミ、服着ろよっ!帰るぞっ」
「えー無理よぉ」
ムカつく
「お前なぁっ………!」
「…だって下半身無いんだもん」
………なに?………
ゆっくりと振り返ると上半身だけの女が這ってこっちを見ていた。
無我夢中でテーブルの上のガラスの灰皿でその頭を思い切り殴りつけた。
グシャッと音がして卵を割る様な感覚があった。
ぐぁぁぁぁぁっ!!
顔が半分潰れてるのに表情は変わらない ぽっかり開いている虚の様な黒い穴から声が聞こえる。
逃げるんだっ!!心が叫ぶ。
ドアの方に向くとスッと横からワンピースの女の子が目の前に立ちふさがった。
白眼でこっちを睨んでいる。
ニヤリと笑ったと思うとこっちに向かって駆け寄ってきた。
視界いっぱいに青白い白眼の女の顔が近付いてきた
うわぁぁぁ……っ!
そこで記憶が途切れた。
後は途切れ途切れ。
精算しないで飛び出したからだろう、鳴り響くホテルのブザーの音
俺を見て逃げ惑う通行人
車のクラクション…
逃げるんだ!逃げるんだ!逃げるんだ!逃げるんだ!逃げるんだ!逃がさない…
・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー
「ご苦労様です」
五十嵐はドアの前で警備している警官に片手を軽く挙げて現場に入る。
ラブホテル独特の匂いの中に間違いなく血の匂いが混じっているのが解る。
刑事になってから覚えた匂いだ。
側にいた鑑識に調べが終わった事を確認してから近寄る。
顔見知りの監察医がしゃがんでいるのが見える。
仏の傍らに行き、声を掛ける。
「やぁ五十嵐さん。
開けてみないと解らないが恐らく心筋梗塞だな。」
退官間近のこの監察医は他の監察医と違って現場に足を運んでくれる数少ない医者だ。
合掌してから自分も傍らにしゃがむ。
部下が横で発見の状況を伝えてきた。
ドアの電子錠を無理に開けたブザーでフロントは気付いたらしい。
時々あるんだよな。喧嘩とかして部屋を飛び出す奴。
フロントは廊下の防犯カメラの映像を見る。
若い今風の兄ちゃんが真剣な表情で走ってるのが解る。
事情聞かなきゃ。面倒だな。
階段を使ってもエレベーターでも必ずこの事務所の前を通る。
フロントは廊下に繋がるドアを開けた。
向こうから走って来た兄ちゃんの姿を見て驚いた。
顔面も服も赤いペンキの様な物がべったり付いている。
咄嗟にドアを閉めて通過させた。
あれは血だ。
間違いない。
フロントは社長の携帯に電話しながら、まさか自分であれだけ出血しながら走れないよな…と考えていた。
社長から110番入電。
近くの警邏中のパトカーを向かわせて部屋に遺体確認。
流れはそういう事だ。
仰向けにされた仏はまだ若い女だった。
色が白く痩せている。
左前頭部の長い髪の間に大きな陥没が見える。
赤黒い中に白い骨片が見えている。
「頭部割れてますね。…ああ、あの灰皿か…」
指紋採取の終わった証拠品としてビニール袋に入れてあるクリスタルの灰皿が並べてある。
「ああ。頭殴られてるけど、鬱血と溢血点見ると、殴られたのは多分死後だよ。…ほら」
監察医は大腿部の内側を見せる。脚の付け根に紫色の注射痕が点々と見える。近くの血管は青く浮き上がっている。
「シャブ中ですね。」
「恐らく。薬物ショックで死んだ後に頭部を殴られたんだろうな」
死んだ後に殴ったのか?
残酷な事しやがる。
やれやれ…どうせ犯人も薬中なんだろうな…
この仏さんも薬漬けにされて…
そう思うと犯人に対して腹が立って仕方なかった。
駅前を血だらけのシャツで歩いていた容疑者の身柄確保したという連絡が入ったのはそのすぐ後の事だった。
・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー
「五十嵐警部ではないか。何かあったか?」
新聞に事件が載ったのは黄梅院から真彦が飛び出して行ってから3日目の事だった。
ホテルで薬物を使用して知人女性を死なせてしまった容疑だった。
僕は大きなショックを受けた。まさか真彦がそんな事をしてたなんて。
管轄が五十嵐警部のいる署だったので僕は何度か連絡したが、捜査上教えられないと言われただけだった。
そんなある日、いきなり五十嵐が黄梅院に現れたので驚いた。
「骨董には興味はないが、まぁコーヒー位淹れてくれよ」
そう言って僕の隣のスツールに腰掛けた。
「五十嵐さん、真彦の事なんですけど…」
「お前もしつこいな!捜査中だっ!教える訳にはいかないだろうがっ!」
「…」
ムッとした。じゃ、何しに来たんだよっ
「…年のせいかな。最近独り言が多くてな。
…つい喋るかもしれないが聞かなかった事にしろ」
「えっ」
五十嵐はパーコレーターに落ちるコーヒーを見ながら話を始めた。
「あいつは大したタマだ。叩きゃ叩くだけ出てきやがる。詐欺、恐喝、強姦、麻薬取締法違反、殺人教唆、自殺幇助…。
一番酷いのは2ヶ月前、隣の区の○○鉄工所かな。
母親を騙して弱みを握ったんだな。それをネタに後で揺すったが断られた。
腹いせに娘を騙して強姦した。その後、父親に奥さんの秘密をバラした上に娘の卑猥な写真をバラまくと更に恐喝した。
父親はその夜錯乱状態になって家に火をつけた。全焼さ。
…後からの検死で火を点けた段階で既に母親は父親に絞殺されてたのが分かったんだけどな。
そこの家には娘が二人いてな、騙されてた方の上の娘は火事で屋根の梁に下半身を押しつぶされて死んだ。
下の娘は何とか生きていたが目を焼いててな。
何度か家に恐喝に来ていた犯人の顔は覚えてるのに目が見えないから特定ができない。名前も覚えてない。
賢いんだよな。
携帯も使ってないんだ。鉄工所の電話も母親の携帯にも通話記録が無い。
不自然に公衆電話の記録はあるんだがな。
お手上げさ。
その後その娘は火傷の感染症から亡くなった。
焼け跡を警察と消防で探したが犯人に結びつく物証もない。
あくまでも生き残ってた妹の証言しかない上にその娘も亡くなった。
ところがさ、今回『死体損壊』で緊急逮捕したらそいつの部屋から物証が出てきたんだよ。
写真やらビデオやら現金やら資料がさ。亡くなった娘の写真も出てきてな。
奴さんあっさり認めたよ。
他にも余罪が出るわ出るわ。
恐喝して薬にまで手を出して…しかも自分は使わない。
金も女も自由自在だ。
預金は普通のサラリーマンが一生掛かっても無理な位あったぜ。
あまりに罪状が多いんで、身柄も捜査も本庁に移すんだとさ。俺達の出番はひとまず終了さ。あとは本庁の下手間係だ。」
「…」
「そうそう。あいつの母親が病死した後、父親は友人だと思ってた人に騙されてな、莫大な借金背負ったんだ。屋敷も会社も全部人手に渡ってな。
引き渡しの期日に息子に手紙を残して自殺したんだよ。
だから真彦は大学辞めて一時期は浮浪者一歩手前までいったらしい…勿論、事件を正当化する理由にはならないが、その時、人の心を捨てたのかもな。
見た目がいいからそれを武器にしたんだな。」
大塚が淹れたコーヒーをグイッと飲んでスツールを降りた。
「俺の独り言だから何か聞こえたかもしらんが忘れろ」
そう言うと五十嵐は手を挙げて店を出て行った。
僕は出ていく五十嵐に頭を下げた。
・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー
三畳程の部屋は何だか心が落ち着いた。
俺は他の人と違って独りだけで隔離されている。
何度か国選弁護人と名乗るおじさんがやって来て話をしたが、全くやる気が見られない。
それはそれで構わない。早く死刑にでもして欲しい。
まだ裁判が始まるまで時間が掛かるんだろうか。
身よりの無い俺は留置場に入ったって伝える人すらいない。
朝から鉄工所とは別件で警察署に移動して二人の刑事から夜遅くまで俺のやったことを何度も話して聞かされてる日々だ。
聞いてるとそんな悪い奴がいるのかと思うが、みんな俺のやった事なんだなと思うと愕然とする。
…昨日の夜、調べが終わって拘置室に入る直前、廊下の奥の方にちらりと見えたんだ。赤い服の女の子がさ。這っている姿も。背広姿の男も片腕の女やミイラみたいに痩せた女も首のないスポーツシャツの男も。
…来たんだね。
うん。
もう大丈夫。逃げたりしないよ。
…君達が来るのを待ってるんだ。
今は自分のした事を考えたら君達から仕打ちを受けるのが当たり前だと思ってるよ。
何だか心が落ち着いてるのさ。
そうだな…悪い夢から覚めたみたいな感じかな。
ドアに付いている物を入れる金属の小さな扉の隙間から白眼が覗いている。
さあ、入って来なよ…
・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー
「気を落とすなと言ってもイカンかも知らんが、まぁ聴け。」
大塚は落ち込む僕にそう言った。
「…ああ。大丈夫だよ。聴くって何を?」
「真彦の事じゃ。あれは乗り移りじゃ。巧妙に隠れておるが操られておるのじゃ。」
「何に?」
「平たく言えば悪霊じゃな。最初は真彦の父親の友達…騙した奴に憑いておったのだろう。
それが真彦の父親に移る。それから真彦じゃ。」
「風邪のウィルスみたいだな」
「似ておるかもしらんな。悪霊は弱い心や空白な心の間隙に潜り込む。そしてその人間を悪い方向へといざなうのじゃ。
よく、出来心で万引きをしてしまったとか言うであろう。あれは弱い霊力の弱い悪霊じゃ。強い悪霊はより悪い結果を産むのじゃ。」
「そんなのが解ってたら何で祓ってやってくれなかったんだよ」
僕はつい語気を荒げてしまった。
「悪霊はな、巧みに隠れておるのだ。
例えばこの間、真彦が霊力に負けずに理由を話しておれば、その悪霊意志とのズレができるし、わらわにも姿や素性が解る。
しかし操られたままでは周りも当人にも見えぬのだ。
わらわにも真彦当人か別の何かなのか解らぬ。
但し怨霊には解る。
悪霊が抜けるタイミングを待っておったのかもしらんな」
「…つまりズレが出来ると自分のしてる事が解ると言うことか?」
「ああ。そう言うことじゃ。…中には霊力ではなく根本的に腐ってるのもおるからの。」
「真彦には解らなかったんだな…自分が自分でないことが。」
「悪霊が去り、自分のした事の大きさに気付いた時、悔いるであろうの…良心が少しでも残っておればな。
悪霊に操られて知らぬ間にした事で他に怨みを受けて、悪霊が抜けてから怨霊に憑かれる…やりきれんのう。
せめて面会が出来るようになったら会いに行こうの。」
大塚は目を伏せてそう言った。
僕には解った。大塚が僕に気を遣ってくれている事が。
大塚は気付かなかった僕に原因はないと言ってくれたんだ。
真彦はあの時、自分のしてる事に違和感を感じていたんだ。
つまりズレが解った。だから僕に救いを求めてきた。
だけど悪霊の霊力には適わなかった。
だから言わなかったんじゃない言えなかったんだ。
外見を武器に自信過剰な男だったけど、中身は弱い心しか持ち合わせていなかったんだ。
…違和感を感じたりするずっと前に相談してくれてたら何か力になれたかも知れないのにな…
「大塚さんと高山さん、ちわ」
黄梅院の扉が開いてユージが入ってきた。
「おーユージ。お疲れ」
「姐さん来てないみたいですね。…姐さんがここに来いって言うんで来たんだけど。
…あれ、どうしたんスか二人共?
なんか深刻な顔して」
「いや、二枚目な男も大変だと言う話をしておったのだ。」
「オレの事?そうなんスよ。最近じゃ姐さんにまで追われて…仕事以外は、いつもあれしろ、これしろって大変なんス。
…やっぱ二枚目をこき使うのはモテない女性のステータスなんスかね?」
「ユージ、もう一度言ってみな」
「…え?」
振り返ると下田が腰に手を当てて怖い顔をして立っていた。
「あ、いや、その…モテないオレは姐さんに鍛えてもらって内面を磨かないと…」
「ほぉー感心だな」
僕らは笑った
「下田お疲れ。何の打ち合わせだ?祭りのイベントか?」
「そうなんだよ。悩んでさ、二枚目コンテストにしようかと思ってるんだよ。どう思う?」
「良いんではないか?」
「僕もいいと思うよ。ただ、見た目だけじゃね…」
「じゃ、常識クイズでも点数加算して…」
「みんな解ってないっすよ!二枚目はとりあえず見た目だけで良いじゃないですかっ!昔から言うでしょ『色男、金と頭は無かりけり』って。」
「それを言うなら『金と力』だろうが!バカを晒すだけだから何も言うな!」
膨れるユージを見てみんなで笑いながらちょっと真彦の事を思い出した。
おしまい