数 <短編>
「お、ここじゃ。楽しみじゃのう」
大塚はニコニコしている。
「楽しみじゃないよ」
僕はため息をつきながらそのおどろおどろしい建物を見上げた。
『霊の館』と赤い字で書いた看板が出ている。
周りは『おばけ屋敷』と書いたのぼりが立っている。
夏休みなら分かるが既に9月だぞ。なんで今、おばけ屋敷なんだよ?
元は下田が話を持ってきたんだ。
「なぁ、大塚ちゃん知ってる?○○区のランドオブドリーム。」
「ああ遊園地だよな。わらわは行ったことはないがな」
「そこにさ、霊の館ってのがあるんだよ。ユージがさ、この前デートで行ったらしいんだけど、そこに居るって騒ぐんだよ」
「あ、それ聞いた事あるな。塾の子供が言ってたよ。出るらしいな」
「何がでるのだ?」
「幽霊だって。入り口に40の霊がいるって書いてあるんだけど、数えたら41居るんだって。」
「行きたいのぉ」
チラッと僕を見る
「行かない」
「見たいのぉ」
僕の袖を掴む
「大塚は何時も本物見てるだろうが」
「行きたい行きたい行きたいっ」
袖をブンブン振り回す…
…という訳だ。
確かに入り口横に『四十の霊が居ます』と書いてある。
こういうのは元々41個の仕掛けがあるんだ。
『数えたら41個。あれ?入り口には40って書いてあったじゃん。マジ?一つは本物かよっっ』
って言うカラクリなんだとは思うのだが。
遊園地の一番奥にその建物はある。
園内は夏休みも終わった平日だから客は疎らだ。しかも一番奥なので更に人がいない。
チケットの自動販売機で十枚綴りの券を買う。
一枚が100円。
霊の館は1人300円なので2人分6枚を入り口係員に渡す。
入り口は黒い遮光性カーテン。くぐると真っ暗でクーラーの冷たい風が吹いてくる。
このおばけ屋敷にはストーリーがあって、『霊に乗っ取られた洋館に入り、一番奥の部屋の宝物を持って出てくる』と云うものだ。
最初は玄関の様だ。
靴箱に手首が乗っている。
カタカタカタと音を立てて動いている。
「おー、高山、手首じゃ」
手首位は解るよ…。
「さて、行くかの」
玄関の先は廊下になっている。ろには燭台に蝋燭の形をした電球が揺らめいている。
矢印通りに最初の部屋に入ると『座敷牢』と書いてある。
…なんで洋館に…
小さな遊園地のおばけ屋敷なんだから仕方ないのか。
部屋には木で出来た牢屋があって中に着物を着た老人が寝ている。
僕らが近づくとガバッと起き上がってきてケタケタと笑う。
大塚もそれを見て笑う。
確かに機械仕掛けだからプシューと云うコンプレッサーの音と共に老人が目を光らせながら布団から起き上がって来るのは恐怖と言うよりどことなく滑稽だ。
座敷牢の隣には洋風の柩が置いてある。
つい笑ってしまった。
さっきの布団の老人が入るのかと思ったら中からドラキュラが出てきた。
…すごい。和洋折衷だ。
隣の部屋には皇太后の有名なツボがあって上に首があってカタカタと笑っていた。
…うーむ。中華もありか。
その後も斬首台に乗ったフランス貴婦人や井戸(柳付き)から出てくる幽霊(洋館の中じゃ無かったのかよ)や夜鳴き蕎麦屋ののっぺら坊が続いた。
二階に上がるといきなり理科室で白衣を着た博士がベッドに寝ている女性にナイフを突き刺していたり、標本の骸骨がカラカラと踊っていたりした。
なんでもありだな…
大塚は一人ではしゃいでいる。
その隣に会議机がありその上に『お祓いカード』なるものが置いてある。
『一人一枚』と書いてあるが…何枚も持って行く奴がいるのかな…
その後、墓場や古戦場跡(落ち武者)、病院(ミイラと手術中の患者)と続いて階段を下りると出口になった。
出口に係員がいてありがとうございましたと頭を下げた。
「いやぁ面白かったな」
外に出ると大塚が笑いながら言った。
「…え?面白かったか?」
「ん。満足したぞ。火傷をした兵士が前から来た時には驚いたがな。」
「え?」
「あと飛び回る頭と歯を拾う老人と顔が溶けて崩れ落ちる女な。」
「…そんなの居なかったぞ。」
「おったわ。」
あっさりと言う。
「入り口に40って書いてあったけど大塚はいくつあったんだよ?」
「100までは数えたのだが途中で止めた。」
「…」
「まさかぬしには見えんかったんではあるまいな。」
「…いや、ある程度は…」
僕らは建物の表側に回ってきた。出口は裏側だったから。
入り口を見た。
あれ?
のぼりがない…
入り口まで行くとシャッターが閉まっている。
係員詰め所もベニヤが打ちつけてある。
貼り紙が貼ってあった。
今年の営業は9月第1日曜日まで。
と。
…今日は第2週…
僕は全身に鳥肌が立った。
手には霊の館のカードがある
間違いなく中に今まで居たじゃん…
「お、お…つか」
「なんじゃ?あの程度で怖がっているのか?ぬしも子供じゃのう。ほれ、せっかく来たんじゃ他の乗り物にも乗るぞっ」
大塚は笑いながらジェットコースターの方に歩いて行った。
振り返る勇気もない僕は大塚の後を追いかけた。
〈後日談〉
「ね、怖かったッしょ?」
「ああ。別の意味でね」
「オレはやっぱ井戸から出てきた幽霊が一番怖かったッスよ」
「…」
「最初のザシキローの婆さんが起き上がって来た時にも叫びそうになったッス。あと、顔の無い奴、ビビりました。」
「マジで?」
「マジッスよ。やっぱオレも男っスから叫べなかったっスね。これも日頃、姐さんに鍛えられたから耐えれたんスよ。」
…ユージ、君はハードル低すぎないか…
おしまい