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杏の霊譚  作者: ビスコ
26/29

母と子


もう少しで0時。


商品の片付けや本棚の整理をしながら、そわそわしている自分に気付く。

立ち読み常連の大学生も、いつもの様に雑誌棚の整理を始めたら帰った。

バイトの相棒はいつもの様に仮眠している。


準備は整った。


今夜ももうすぐ彼女が来る。


レジカウンターに入る。


客はいない。


住宅街から少し離れ、ビジネス街との境の場所にあるこのコンビニは昼間は会社関係の客が多いが、深夜にはお客は少ない。

住宅街に新しいコンビニができたのも原因してるのかもしれない。

この時間帯は客が少ないのは解っているから、相棒と順番に裏で休む事にしている。マニュアル的には防犯の為、店員は常に二人で勤務する事になっているのだが、相棒は日中は工事現場で働いているので少し休ませてやらないと下手に倒れられて辞められても困るから。

俺がテストの時には裏でテスト勉強してる時に代わりに仕事して貰ったりするから融通の利く相棒でないと。


俺は専門学校に通ってる学生だからテスト期間でなければ眠たければ授業中にでも眠れる。


深夜11時から2時までの3時間は俺の番だ。


店内は本部から決められたBGMが流れているだけで静かだ。



彼女が毎晩来るようになったのは先週からだ。


客が誰もいない深夜、マニュアル通りに本棚の整理をしていると自動ドアが開いた。


振り向くとそこに白いワンピースにサンダル履きの髪の長い女が立っていた。

痩せ型で背が高く、切れ長の目で薄い唇。抜ける様に白い肌。

ゾクッとする位美人だ。

女は店内をすうっと回ると小さなパンとパックの牛乳を買って帰った。


美人だったなぁ。


この先のマンションに越してきたのかな?と思った。

今まで来たことのない客だったから。

女の帰った後、自動ドアを見送りながらそう思った。



翌日、立ち読みの客が帰った後で昨日の女がまた来た。

前日と同じ服装だ。

その日も店内をくるりと回って昨日と同じ様にパンと牛乳を買って帰った。


レジで向かい合わせると身長は俺と同じ位ある。


彼女は俺と目が合うとニコリと笑った。

白いワンピースは薄手の生地で綺麗だ。



恥ずかしい話だが、多分俺は耳まで真っ赤だったと思う。

27・28歳か。

大人の色気と云うのか艶やかというのか…


つまりは大人の女性に一目惚れしてしまったんだ。



その翌日も、またその翌日も毎晩その女は深夜に現れてパンと牛乳を買って帰るのが続いた。

いつも同じ服装。

種類は違うがいつもパンと牛乳を買って帰る。


会話はないが、時折目が合うとにっこりと微笑んでくれる。

その度に俺の心臓はドキドキする。


…その彼女が今夜も来るんだ。

何日目からか俺は彼女に会えるのを楽しみにする様になってたんだ。


来たっ


自動ドアが開くと何時もの様にすっと入って来る。

「いらっしゃいませ」

マニュアル通りの挨拶をするとちょっと微笑んで店内を滑る様にくるりと回り、カウンターに。

カウンターには牛乳とパンが乗っていた。

彼女は小銭を払うと帰ろうとした。


「あの…これを」

俺は思い切って声を掛けた。

振り向く彼女は不思議そうに俺を見ている。

俺はカウンターの下から先月のキャンペーンで余ってた販促用のガラスのコップを渡した。

可愛いクマが笑った絵柄が着いてるマグ型のコップだ。

ちょっと子供っぽいが女はこう云うの好きなんじゃないかな?と思ってさ。



…本当は先月まで付き合ってた彼女にあげようと思ってたんだけど、夏が過ぎると同時に彼女に新しい彼氏ができて別れたから。


女は箱を見ると嬉しそうに笑って受け取り、パンと牛乳の入ったナイロン袋に入れて帰っていった。


なんだか俺も嬉しかった。



~♪


チャイムと共に自動ドアが開いてタクシー運転手が入って来た。


「いらっしゃいませ」


…何なんだろう…違和感がある…


タクシー運転手は弁当とコーヒーとタバコを買って帰った。


帰ると同時にチャイムが鳴って日配の深夜便の運転手が入ってきた。


朝用のおにぎりやサンドイッチや弁当を届けにくる定期便だ。

「今日は道が空いててちょっと早いんですよ」

ドライバーはそう言いながらプラスチックコンテナに入った商品を下ろした。


下ろした商品を陳列しながら俺は違和感が続いてるのに気付いた。


一体なんなんだろう…。



そして、日配のドライバーが帰った時気付いたんだ。



…彼女来た時にはチャイム鳴ってたかな?


確かに日頃聞き慣れてると聞き流している事も、聞いていても覚えてない事もあるしな…彼女が来る事で頭がいっぱいになるから聞こえてても忘れてるのかな…


俺はそう思った。



翌日の夜、俺は店長からの電話があったから事務所で話をしていた。その間は相棒にカウンターに立って貰っていた。


俺が電話を終わらせて急いで戻ると彼女は売り場のパンコーナーに既に居た。

陳列棚の向こうに彼女の黒髪が見える。


裏にはスピーカーとモニターが付いてて入り口のチャイムがなると聞こえるはずなんだけど聞こえなかった…


相棒に礼を言うと

「この時間は客がないなぁ。…あと二時間程仮眠するよ」

と言って奥に行った。


相棒は彼女が来ていたのに気付かなかったのか…


俺がカウンターに立つと彼女はすっと陳列棚を離れて俺の前にパンと牛乳を出した。

お金を受け取る時、すごく小さな声で

「昨日はありがとう」

と言った。


「いえ。…あのこれも良かったら使ってください。」

俺は昨日のカップと揃いのキャンペーンの残った皿を渡した。


「ありがとう」


「いえ。キャンペーン商品の残りなんで」

そう言うとにっこりと笑った。


ドキッとした。


絶対赤面してた俺。


彼女はビニール袋を手に店を出て行った。


チャイムは鳴らなかった。


でも、間違いなく彼女はいた。お金も受け取ったし話もした。チャイムのセンサーが故障してるのかもしれない。

俺はそう思う事にした。


でも毎晩コンビニにパンと牛乳を買いに来るのはなんでなんだろう?

牛乳は1リットルのパックを買って、パンだって袋入りの多いのを買ったら安いし毎日買わなくても済むだろうに。


ま、お陰で毎日会えるんだけどさ。


日配のドライバーが来たので俺は陳列に入った。

明日また彼女に会えるかなと思いながら目を閉じると彼女の顔が思い浮かぶ。







「悪いんだけど今夜12時過ぎから少し代わって貰えないかな?」


翌日、バイト入りしてすぐの事だ。

俺は相棒に頼んでみたんだ。


相棒は少し驚いた様だったが


「ああ、構わないよ。何か用事か?」

と言ってくれた。



「ありがとう。…うん。ちょっとな。」

俺は今朝家に帰ってからゆっくり考えてみたんだ。


最近じゃ学校の授業も手に付かない。寝ても覚めても彼女の事が頭について離れないんだ。



当然だが名前も住んでる所も年齢も何も知らない。

知る必要もないんだ。


だけど…

何故だろう。


自分を抑えられないんだ。

だから今夜彼女の後をつけるんだ。

解ってる。まるで…と言うより完全にストーカーだ。



俺おかしくなっちゃったかな…


その夜も彼女はいつもの様にコンビニに現れた。

入ってくる時から俺に微笑んでくれる。

いつもと同じ様にパンと牛乳を買うと頭を軽く下げてチャイムを鳴らさずに出て行った。


僕は速攻でコンビニの制服の上着を脱いで裏に入り、相棒を起こしてから裏口から出る。

多分一分も掛かってない。

表に回ると通りの向こうに白いワンピースの彼女が歩いて行く姿が見える。



月の明かりに照らされて薄青いワンピースに見える女の姿は、どことなくこの世のものには見えなかった。


月から来た妖精だと云われても信じてしまいそうな感じがした。


女は振り向く事もなく、ふらふらと住宅街の中へと進んでいく。

公園を抜けて団地に向かった。

住宅街の端に昔からある大型団地が建っている。 その中に住んでるのだろうか。


この位置なら新しくできたコンビニの方が近いのにな…。


女はゆっくりと団地のB棟と表示のある建物に入って行った。


団地群の中でも古い建物だ。

元はクリーム色だったのだろうが今は経年で変色し、灰色の塊みたいになっている。


空き部屋もあるらしく、何軒かはガラスが割れていたりしている。


…ここに住んでるのか…



俺は彼女の入った建物を確認するとコンビニに帰ろうと振り向いた。



目の前に彼女が立っていた。


「来てくれたのね」


冷たくも、軽蔑する感じでも、怒った様子もなく彼女は言った。



頷くと、彼女は付いて来てという感じで俺の手をとって歩き始めた。


氷の様に冷たい手だった。


B棟の建物に入り、二階の端の部屋の前まで行った。

思ったより建物は傷んでいて廊下にも土埃が積もっていた。

201という表札があるだけで名前はない。



部屋の中から声がした。


「ただいま。さっちゃん」

女がそう言うと扉が開いた。


「おかえいなちゃい」

痩せた小いさな女の子が満面の笑みで彼女を引き入れた。


僕は入るのはちょっと躊躇った。


「俺、仕事あるから帰りますね。また店に来てくださいね」


そう言って踵を返してコンビニに帰った。

…そうか子持ちだったんだ…

ちょっとショックは受けたけど嫌な感じはしなかった。



コンビニに帰ったのは零時半を少し回っていた。


相棒は友達が来てるらしく日配の商品を陳列をしながら話をしてた。


頭にタオルを巻いた兄ちゃんだ。


表には大きめな族仕様のバイクが停まっている。


「すみません。帰りました」

とカウンター越しに言うと

相棒は片手を上げて返事をした。


族の兄ちゃんはロールケーキを買って帰った。


「友達?」


「ああユージって云って現場の仲間だよ。良い奴なんだよ。最近彼女ができたってさ。羨ましいぜ」


「あれ?彼女いなかったっけ?」


「オレは高校の途中から居ない。お前は…あ、最近別れたって言ってたな。お互い寂しいな」

苦笑いしてそう言った。



相棒は仮眠に裏に行った。


俺は業務をしながら彼女の事を考えてた。



・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー



「五十嵐殿がこんな所に来られるとは珍しいな」


黄梅院で僕と大塚が馬鹿話しながらコーヒーを飲んでいたんだ。

いきなり表に車が停まって四角い顔の五十嵐警部が店に入ってきた。


「ああ。ちょっと思い出してな。」


「何か用事ですか?」

僕は過去に磐余のない取り調べを受けた事があったのであまりいい印象がない。


「ちょっと寄っただけだ。」


「ならばすまぬが、表の覆面パトカーのランプを消して仕舞ってくれぬか?」


表には覆面パトカーを見て野次馬が集まりつつあった。


「ああ、すまん。本当はちょっと頼みがあるんだが…」


「なんじゃ?」

「それは移動中に…」



結局僕らは覆面パトカーに乗せられた。


「協力依頼という事でよいな?」


「正式には難しいんだが…まぁすまんが個人的に助けてくれよ。なっ」


まるで友達のノリだ。


「五十嵐警部、事件が終わったら叙々苑で焼き肉。良いな。」

大塚は真面目な声で言った。


「いや、満腹大王で焼き肉定食で」

五十嵐も真面目な声で言った。


…なんだよこの取引きは…




・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー



「概要はな…」

五十嵐警部は話し始めた


警察に一報が入ったのは昨日の朝。


通報者は解体作業を専門にしてる会社の従業員。


街の外れの古い団地を取り壊すので重機を入れる前にチェックに入った。

二階の一室に女性の遺体があった。

奥の部屋に布団に入ったやせ細って亡くなっていたらしい。

その通報者は遺体にも驚いたがもっと驚いたのはその布団の隣で眠っていた女の子がいたんだ。



栄養不足だったが元気だった。

一報で駆けつけた警官がすぐに病院に運んで検査をしたが健康上、特に問題はないようだ。


問題は女の死因と10日間どうやって食べていたのか?という事だ。


部屋にはパンの空き袋と牛乳の容器が沢山あった。


これで食いつないでいたんだ。それは解るのだが、どうやってこの商品を買ってきたんだ?


しかも問題はその女の子が『ママが買って来てくれた』って云う事だ。


今朝になって司法解剖の結果が出て、女の死因は病気だった事が解った。

死後約10日。

脱水状態も酷く腐敗はして居なかった。

末期癌だった様だ。治療を行っていた形跡も無く、転移も酷かった様だ。


持っていた免許証からH県に住んでいた××里美28歳と解って今H県警に問い合わせてる。




「悲惨な話しですね。…でもそれと僕らに何の関係が?」


「まあ、聞けよ。当初我々は事件性も考慮に入れてたんだ。変死だからな。

一緒にいた女の子にも事情を聞いたんだ。

そしたらパンや牛乳はママが買ってきてくれたと言うんだ。 …無理だろ。仏様だぜ。

でな、部屋にあった領収書から買い物してたコンビニ解ってな、今、店員呼んで話聞いてるんだよ。

レシートにな、販売担当者の名前が出るんだ。木下というバイトの学生だ。

それがな、言ってる事がよく解らないんだ。」


「?」


「白いワンピースの女が毎晩買いに来たと言うし、里美の容姿に良く似てるんだ。」


「コンビニなら防犯カメラが付いておろう」


「それが…その女が来たという時間の画像は全て砂嵐なんだよ。前後はちゃんと写ってるんだがな。」


「細工したのかも」


「いや、無理なんだ。昔のビデオタイプなら可能なんだが、パソコンのカメラでな。システム的にその部分だけ消したりできないんだ。」


「ふむ…。で、わらわに何をせよと?」


「…ほら、その、オカルト的な理由がないかと思ってな。

勿論、我々は里美の友人や知人が母親になりすまして子供に食べ物を運んでいたと見ているんだが…個人的に釈然としないんだ。」


五十嵐警部は腕組みしてそう言った。


「勝手な話だ」

僕は呟いた。

大塚は耳元でまぁまぁ落ち着けと言った。


覆面パトカーは警察署に入った。

まずはバイト店員に会って欲しいという。


通された会議室には痩せた(疲れてるからそう見えるのか)若い男が半ば放心状態でスチール机にパイプ椅子のセットに座っていた。

僕らが部屋に入っても何も見えて居ない様だった。



五十嵐が入ると若い捜査員は頷いて話を続けた


「木下さん、あなた、彼女死んでたの知ってたんでしょ?

だからあの女の子に、ご飯届けたんじゃないの?あんたの店のレシートはさ、彼女が死んでからのしか無いんだよ。しかも全部担当はあんただ。」


「知りません…。」


「知らない訳ないだろ?あんたさっき部屋番号も知ってただろうが。自分で届けてたか、他の誰かに届けさせてたんだろ?」

「それは、一度だけついて行ったから知っているだけで…」


「なんだぁ?あんたストーカーだったのか?!」


「違いますっ」


「じゃあなんで付いていったの?まだ生きてる時から、あんたあの女に惚れてたんだろっ?

生きてる間にふらふらと付いて行ったんだろ?

まさかお前が手を掛けたんじゃないだろうなっ?好きな相手が苦しんでる姿は見たくないよな。違うか?」


嫌な捜査員だ。

五十嵐を睨むと視線に気付いて、眉間にしわを寄せて、

「お前止めろ、相手は任意だぞ。言い過ぎだ」

と若い捜査員を止めた。

明らかに不満そうな表情をした捜査員は部屋から出された。



大塚は木下の向かいの椅子に座って話始めた。


「ぬし、彼女を見て何かおかしい所に気付かなかったか?」


「…」


「何でも良いのだ。他の者と違うと思った事はないか?」


「…そう言えば、チャイムが鳴らなかったな…。ほら、店に入るとピンポーンって鳴るチャイム。自動ドアは開くんだけどチャイムは鳴らなかった…」


「お前、そんな話してなかったじゃ…」

大塚は話に割り込んで来た五十嵐を止めて言った


「どちらも赤外線じゃな。自動ドアは開くがチャイムは鳴らない…ドアはある距離に物が近づくと開くタイプで、チャイムは赤外線が物に寄って遮断されるとなるタイプじゃな…。」


「どういう事だよ?」


「来るときには現金を、帰る時には商品を持っておろうが。

それが腰より高ければ自動ドアは反応する。チャイムは膝の辺りに赤外線のラインがあるのではないか。つまり実体は無いのだ。

他にはないか?」



「…相棒には見えて無かったと思う。美人だったから見てたら絶対話してるはずだけど。」


「…後を付いていったのだったな?その時は?」


「あの時はなんで付いていったのか解らないんだ…。何だか付いて行かなきゃならない気がして。途中からは手を引いて貰ったんだけど、手はとても冷たかった。」


「ふむ。」

「その時、玄関までは行ったけど、中には入らずにコンビニに帰ったんだ。帰ったら30分位経ってた。」


「その時の映像はあるか?」


五十嵐はパソコンのキーを指一本で叩いていたがしばらくして画像が写った。


木下が帰ってくる。裏口から顔を出して声を掛けている。もう一人の店員は客と話をしている。


「あ、ユージじゃないか?」


画面にロールケーキを買っている姿が写っている。


お金を受け取る時に木下の左手が鈍く光って見えた。


「停めよ。」

大塚はそう言って停めた画像を指でさした。

「霊気の残滓だな。左手を引いて貰ったのだな。」


木下は左手をさすりながら頷いた。


「ふむ…。五十嵐警部、こやつは恐らく何も知らんぞ。…里美に会わせたか?」


「いや遺体はまだ病院だ。

今鑑識に言って写真…免許証のな…を引き伸ばしてるから。H県警の回答を待って見せようかと。」


「女の子は?」


「病院の方にいる。会うか?」

「うむ。こやつが解放されたらな。と言うか任意であろう?木下さん、ぬしはいつでも帰れるのだぞ。」


「…そうなんですか?さっきの若い人は話さないと返さないって…」


チッと五十嵐は舌打ちして若い捜査員が出て行った扉を睨みつけた。


「あくまでもぬしは参考人で、任意じゃからな。

大体、何の罪なんじゃ五十嵐殿?」


「えーと…いや、あくまでも参考人で話を聞かせて貰ってるだけで…」

しどろもどろだ。


「じゃろ?では、ぬしも一緒に行こうかの病院へ。」

大塚は立ち上がった。


五十嵐は難しい顔をしていた。


僕らを乗せた覆面パトカーは病院へ向かった。


7階にある病室前には2名の制服警官が立っていた。

二人は五十嵐警部の顔を見ると敬礼をしてドアを開けた。


ベットには女の子が点滴を打たれながら看護師に絵本を読んで貰っていた。


テーブルの上にはかわいいクマのイラストの入ってるコップと皿が置いてある。



「だえ?」


僕らの顔を見て不安そうな表情をした。


「お母さんの友達だよ。君、お名前は?」


…怪しすぎる。

四角い怖い顔が笑顔らしきものを浮かべ、高音で話すと不気味だ。



「…さっちゃん」応えたものの看護師の腕にしがみついている。


「五十嵐警部は顔が恐いから怯えておるの。さっちゃん、わらわは杏じゃ。」


「おサムライさんなの?」


適格な表現につい笑ってしまった。


「話し方が似ておるかの?まあ悪い者は退治するからそんなものだ。」

大塚は笑いながら応えた。


「時に、さっちゃんのママさんは毎日パンや牛乳を持ってきてくれたのか?」


「うん。メロンとかチョコとかさっちゃんの好きなパン」


「そうか。優しいママさんじゃな」

「うんっ。お昼はお布団で寝てるの。でもね夜になったらお布団からしゅぅぅって出て来て遊んでくれたりするよー。」


「…」


「それからね、行ってくるねーって言ってパン持ってただいまーって帰ってくるのー」


「そっかぁ」


「さっちゃんね、ママ大好きなんだっ」


僕は泣きそうになった。

母親が死んだ事解ってないんだ…。


「ママがね、もうちょっとしたら沢山の人が来るよって言ってたんだ。本当だったんだね」

そう言ってニコニコ笑っている。


僕は不覚にも泣いてしまった。母親は自分の寿命が尽きるのは解っていただろう…どれだけ不安だっただろう。


「さっちゃん、ママ居なくても大丈夫?」僕はつい聞いてしまった。


「ううん。ママいなきゃダメ。でも昨日からずっとそばに居てくれてるからだいじょうぶ」


…ずっと?

…そば?


「!!」


子供の顔を見ると後ろに痩せた色の白い女がいた。黒い髪が風も無いのにゆらゆらと揺れている。


細く長い指は子供の脇に入り抱くような感じだ。


五十嵐警部と警官、看護師は驚きの表情で見ている。


木下は何だかホッとした様な表情で「あの人だ」と言った。


五十嵐は「写真の女だ…」と呟いた。



大塚はにっこりと笑うと言った。


「さっちゃんは強いな。わらわは安心したぞ。また遊びに来て良いか?」



「うんっ。約束ね。おサムライのお姉ちゃん」


「今度来るときはケーキを持ってくるからな。」


「わーい」



大塚はみんなを引きずる様に廊下に出した。


病室の扉を閉める時、振り返って呟いた。

「わらわはぬしを浄霊はせぬ。時期をみて行くべき所へ参るがよかろう」


手を振るさっちゃんの向こうで黒髪の女が深々と頭を下げるのが見えた。



廊下に出ると大塚は言った


「看護師さん、他の人に変わってもらいなされ。但し、何も理由を言うでないぞ」


看護師さんは小刻みに頷いて走ってナースステーションに行った。


「お巡りさん、五十嵐警部からまた言われると思うが、何も言わない様に。ぬし達は何も見ておらんのだ。」

警官は小さく頷いた。


「五十嵐警部」


「解った…解ったよっ。事件性は無いという方向で考えるよ。H県警の連絡待ちだがな。

…ったく…」

五十嵐警部が汗を拭いている所を見るとやはり驚いた様だ。



「木下殿、今見たのが現実じゃ。苦しかろうが耐えよ。現実は現実として受けねばならぬ」


木下は寂しそうに目を伏せていたが大きく頷いた。


「…僕が好きだったの良く解りましたね」



「…」

大塚は何も言わずニコリと笑った。

大塚は言えなかったみたいだ。

僕にも解ってた。

木下が好きだから彼女の後をつけた訳じゃない。

彼女が知って欲しくて意識を操作したんだろう。

好きだというイメージを植えたのかもしれない。


結果木下は中に入らなかったので、優しい人に現状を知ってもらうと云う目的は達せなかったのだが。


彼女を責める気にはなれない。


・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー




2日後、バイトが早く終わったので黄梅院に寄った。

この前の件が気になって仕方なかったんだ。



「お、高山、お疲れ」大塚はいつもよりちょっと元気のない


「やぁ。連絡あったか?」


「ああ。あったぞ。正式に事件性無しじゃ。病死と言うことだ。」


コーヒーを淹れながら話した。


「里美さんってどんな境遇だったんだ?」

「なんでも、西日本の地方都市のお嬢さんだったらしいぞ。


婚約者と事故で死別しての。

後から自分がその婚約者の子供を身ごもってた事に気付いたらしい。

家からは堕ろす様に言われたができんでの。

家出をしてこっちでお腹が目立つまで水商売して出産したんだ。

そして出産後、病気になったらしい。

お金もなく、住む所も仕事もなく、病気だしな。

仕方なく取り壊しの決まった団地でこっそり暮らしてたと云うのが警察の見解だ。」


「区役所とかに言えばどうにかなっただろ?実家に帰ったら良かったのに。」


「連れ戻されるのが嫌で住民票の転入しとらんのだ。

それに、もし行政に言っても子供とは一緒には生活できまい。

まして大喧嘩して出た家に病気になって子供を連れては帰れなかったんではないか…」


「気の毒だな…。」


母親の子供を思う気持ちって凄いんだなと思った。

自分の死よりも強い想いがあるんだ…


「…でも親御さんならちゃんと話せば、きっと解ってくれたと思うんだけどな…。

さっちゃんはどうしたんだ?」


「里美さんの両親が引き取るそうだ。

病院で里美さんの子供の頃にそっくりだと言って泣いていたらしいぞ。

引き取って大事に育てると。」


僕らはしんみりしてしまって黙ってコーヒーを飲んだ。



バラバラと族バイクの音が近づいて来て店の前で停まった。


「ちぃーす」

扉が開いてユージが入って来た。


「お、ユージ。わらわにロールケーキは?」


「え?ロールケーキ?」


驚いた様な顔をしてこっちを見る。


「見た目と違って甘いもの好きなんだね」


「な、なんの事ッスか?こ、硬派はオレは辛いものしか食べないッスよ…」


「一本まとめて食べたのか?あれはイチゴが入っておるの?」


「…見てたんスか?え?でもどこで?」


しどろもどろしてる姿を見て笑っていたらパラパラと原チャリの音が聞こえてきた。


「お、ちょうど下田が来たようじゃの」


「大塚さん、高山さん、お願いだから姉さんには黙ってて下さい。お願いしますっ。姉さんに知られたらイビられるんでっ」


「ではロールケーキで手を打とう」


「解りましたっ」



「おうユージ、何が解ったんだよ?」下田の声が後ろから聞こえてユージがビクッとした。


僕と大塚は大笑いした。


いつかさっちゃんの所にケーキを持って行かなきゃな。

僕はそう思った。


黄梅院の窓には秋の高い空が写っていた。



おしまい

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