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杏の霊譚  作者: ビスコ
17/29

毎日覗く鏡。

いつ見ても変わり映えのしない自分の顔にうんざりしたりする。あとちょっと切れ長の目で鼻が少し高ければなぁ…とか思ったり。

…僕だけかもしれないが。


鏡で見る自分は自分ではない。

他の人から見た自分の顔でもない。

丁度反対に写るから。

90度の角度で合わせ鏡にしたら他の人から見た顔が出来るが、面倒だからしたことはない。


もしそうやって見たら別人になったら怖いな。



今回はそんな鏡の関係した話。



大学二年の夏の暑さは、9月が近付いても全く衰える事無く、熱く重い空気が日本中を覆い尽くしていた。



「先生、ちょっといいですか?」

塾内テストの採点をしてた僕が振り向くと生徒が立っていた。


「えーと、田中さんだったな。どうした?」


中学部の塾生だ。出来がいい女の子だ。

長い黒髪で白い顔。ちょっときつめの眼鏡を掛けてる。

僕の授業はあまり聞いていない様だけど、テストはいつも最高点を出してる生徒だ。


「塾の先輩の辻さんに聞いたんですけど…ちょっと相談乗って貰っていいですか?」


辻さんと言うのは高校生の塾生で以前、大塚と一緒に『白猫』を探し出してあげた女の子だ。…霊絡みか…


「…いいけど、僕でどうにかできるかどうか解らないよ」


「はい。聞いていただくだけでも…」

そう言って田中は話はじめた。


――――――――――――


あれは梅雨明けするちょっと前。

お婆ちゃんが亡くなって四十九日の法事が終わったので家族でお婆ちゃんの部屋の片付けをした。


お婆ちゃんはお位牌になって仏間に移るから、元お婆ちゃんの部屋は私の部屋にしてくれるという。

だから片付け頑張った。


あっさりした無口なお婆ちゃんは何時も綺麗に掃除していた。あまり物も持って無かったと思ったのに片付けてみたら色々出てきた。


一番多かったのは着物の類。桐のタンスにいっぱいあった。

短い刀もそこに入ってた。『ごしんとう』って言うらしい。


あとは『ながもち』っていう柩みたいな物。

みんなで押し入れから引き出した。

開けたら色々入ってたけど、どれも古いものばかり。

箱に入ったツボとか手紙とか写真とかボロボロの本とか。

お婆ちゃんの宝箱みたいなものだったのかな…

その中に四方を紙のテープみたいな物を貼って止めてある箱が出てきた。


揺するとカタカタいう。


お父さんに聞いたら箱の文字を見て、『鏡らしいな。お前が貰ったらいい』って私にくれた。

正直、骨董とか興味ないんだけど…大好きだったお婆ちゃんの形見だからと貰う事にした。


部屋の片付けも終わって掃除も済んだ。これであの喧しく乱暴な弟とも部屋が別れて清々した。


鏡の箱はそのまま押し入れに入れておいた。

そのまま忘れてたんだけど、この間、携帯の説明書がどうしても必要になったの。部屋の押し入れに入れた気がして探した時にその箱を思い出した。


箱を出してみたの。

そしたら何だか中が気になって。四方に貼ってある紙を剥がして箱を開けてみた。

中には手鏡が入ってた。

木で出来てて布のカバーが付いている。

いつの物か解らないけどすごく綺麗なの。裏にも握る所にも細かい彫り物がしてあるし。

布をめくると鏡面はくもり一つなくて。

見てたらお母さんから呼ばれたからそのまま置いといて台所へ行ったの。

用事が終わって戻ってきたら壁に人の様な姿が浮いてるの。

あたりを見渡したら、鏡に日光が当たって反射した先に人影が写ってた。

怖くなってすぐ箱に閉まったの。


でも、その日の夜から金縛りになるようになって…。

以前も何回かあったから ああ、金縛りか…くらいの気持ちだったんだけど…

今回は金縛りで動けない私の回りに人が歩いてる。

しかも一人や二人じゃなくて何人も何人も。

何分か何時間かは解らないけど金縛りが解けると誰もいない。

それが毎晩続いてて…。一昨日からは話し声や歌みたいなのまで聞こえるし。

親に話しても信じてくれないし、鏡を捨てたりしたら罰があたりそうだし。


「…それで、これがその鏡なんです。」


田中は僕の目の前に箱を置いた。


「おいおい…」

目の前に箱を置かれて思わず仰け反ってしまった。



――――――――――――



「…と言うわけなんだよ。」


いつもの黄梅院のカウンター。

大塚はコーヒーを淹れてくれながら僕の話を可笑しそうに聞いていた。


「まだ見ておらぬから解らんが恐らく魔鏡であろうな」



「魔鏡?やっぱり霊絡みかよ…」


「いや、魔鏡自体は違う。一見普通の鏡なんだが、実は二重構造になっておってな、奥に細工がしてあって光を当てて反射させると光の中に絵や文字が映るのだ。比較的良くあるものだぞ」


「なんだ。細工なんだ。」

僕は紙袋から箱を取り出した。


「待て。」

大塚は急に真面目な顔になって箱を見始めた。


「封印がしてあるな…お札で。かすれて読みにくいが…高僧の書いたものだな。…かなり強い霊を封じている様だぞ。」


「…やっぱり霊かよ…」


大塚は箱を開けた。

中から赤黒い色をした手鏡が出てきた。30センチ位か。

細かい彫り物が全体に施してある。

鏡面は赤地に金糸で刺繍がしてある布で覆ってある。


めくると、田中が言っていた様に全くくもりの無い綺麗な鏡になっている。


大塚はカウンターの中から少し大きめな懐中電灯を取り出してカウンター上に置いた鏡に光を当てた。

天井に映った鏡から反射した光には何か人の様なものが見える。


「偽装棄教じゃな。」


「?」


「中学で習ったであろう。隠れキリシタンとか踏み絵とか。

江戸幕府がキリスト教を弾圧したのだ。

キリスト教徒は棄教した様に見せかけて、菩薩像に似たマリア像を作って崇拝したりしたのだ。

今ではマリア観音と呼ばれておるな。

他にも灯篭とか軸とかに隠して崇拝しておったりしたのだ。

見つかれば拷問されて処刑じゃからな命がけだ…。

この鏡もそれの一つであろう。」


「みんなで集まって鏡の光の中のマリア様を拝んだのか…」


「そういう事だな」


そう言われて見れば天井に写る人影はマリア像に見える。


あれ?ちょっと疑問。

「…なぁ大塚、じゃ、何でこれが封印してあったんだ?」


「解らぬが、夜な夜な現れるという人に関係しておるのではないかな…。まぁ、今夜になれば解ることだ。

ぬしは今夜泊まりだぞ。」

とあっさり言った。





黄梅院の売り物の時計が午前零時を少し回った。

大塚はカウンターに臥してスヤスヤと眠っている。

さっきまで『日本史年代クイズ』を出し合っていたのだが…恐ろしい程、忘れていた僕が当たり前だがコテンパンに負けた。

『桶狭間の戦い』とか名前しか覚えてない…


僕は眠れるはずもなくコーヒーを飲みながらボーっとしていた。

カタン


音がした方を見ようとした瞬間、僕は動けなくなった。

起きた状態のまま金縛りだ。


ヤバい。ヤバいって。この状態ならまともに霊が見えてしまう…

視界の端にスヤスヤ眠る大塚の姿が見える。


寝てんなよっ!突っ込みをいれたいが動けないし声も出ない。


眼球は動くから大塚とは反対側の視界の端にあるテーブルの上の鏡を見てみる。

何やら黒っぽいモノが鏡から立ちのぼっているように見える。

真面目にヤバい。次から次へと出てきてる。

そのモヤモヤは次第に形を成して人の形になった。四・五人居るように見える。



~♪


低く小さな声が聞こえる。


四・五人の黒い人影はゆっくりと歩きはじめた。


声がするのは一人の様に聞こえる。

ゆっくりと鏡の周りを回っている様だ。ペタペタと足音が聞こえる。

悲しい感情とやるせない感情が僕の中に広がる。


最初は怖かったが途切れ途切れに聞こえる小さな声を聞いていると怖いよりも悲しい気持ちが強くなり涙がボロボロと落ちる。


目の端では大塚が手印を組み念じている。


大塚は念じているが霊達は一向に変わず歩いている。


…どの位経ったのか、首が動く様になって金縛りが解けたのが解った。

歩いていた霊達も既に居なかった。


「大塚…あれ…」


「隠れ吉利史丹じゃな。聞こえておったのはオラショであろう。」


「オラショ?」


「ラテン語のオラシオから来ておる。祈祷文の事じゃ。我等は聞いても内容は解らぬ。…原文に近い所からすると江戸時代の初期…キリシタンの大迫害が起こり始めた頃じゃな」


「島原の乱とか?」


「ああ。その時期だな…。」

大塚はそう言って鏡の入っていた箱を持ってきて詳しく見始めた。


「…お…」


大塚は箱の内側の鏡の押さえになっていた突起を引くと内張りが外れて中から和紙の折り畳んだものが出てきた。


虫こそ喰ってはいないが全体が茶色く変色している。


大塚はカウンターの上にゆっくりと広げはじめた。


墨で書状みたいに書いてあるが…達筆すぎて僕には読めない。


「最後の年代と書した者の名前をみれば…江戸中期の○○寺の△△△という大僧正が書いた物だな。

恐らく封印した理由だろう…これを読むのは難しいな…時間が掛かりそうだ。」


そう言うと大塚はいつものリュックから手帳とペンを取り出して書を読み始めた。




気づくと朝になっていた。

寝てしまった様だ。


書状は片付き、大塚はカウンターの中でコーヒーを飲みながら手帳を読んでいた。


「ごめん寝ちゃって」


「おー起きたか。粗方解ったぞ。」


その言葉ですぐ覚醒した。

「何て書いてあった?」


「うむ。まずは持ち主に会いたいのお。」

と言った。


田中が出る授業は今日もあるから夕方のバイト後に落ち合う事にした。


大塚はまずは寝ると言った。




夜、授業が終わったところで田中に話をした。


後から大塚と一緒に家に行くからと伝え、僕は大塚と合流して田中の家に向かった。


田中の家では両親と弟まで待っていてくれた。

両親は娘がそんな事を依頼しているとは知らなかった様で、恐縮していた。


和室に通されて挨拶が済むと大塚は机に鏡の箱を置き、静かに話はじめた。


「これは魔鏡と言うものです。

神社やお寺などに奉納されたりしてる物も多いのでご存知かも知れません。

製法は昔からあるのですが江戸中期に盛んに作られました。

これは江戸初期に作られた物です。

偽装棄教の為に作られたマリア像の魔鏡です。恐らく亡くなったお婆さまかその先代は九州の方ではありませんか?」


「はい。母は九州の出身でした。」

田中のお父さんが肯定した。


「先祖はキリシタンだったか、教徒を匿っていたと思われます。

これから先の話は、箱から出てきた△△△大僧正という人が江戸中期に書いた書状の内容を簡単に説明します。」


大塚は手帳を広げた。


江戸前記、肥後と薩摩の間にあった集落の話です。

その集落はキリスト教を崇拝していました。

幕府からキリスト教の強制廃教の通達もありましたが、集落では魔鏡を手に入れてそこから現れるマリア像を拝んでいた。

ところが、ある村人が役人に密告した。

集落の皆が集まっている所を役人が取り囲み集まっていた村人を異教徒として殺戮したのです。

その際、五人がその魔鏡と共に豊後のキリスト教の信者の所まで逃げ延びたのです。

追ってはそこにもやって来ました。

追い詰められた五人はある部屋に籠もり、念仏…呪文か…を唱えてその鏡の中に逃げたのです。

役人が踏み込んだ時にはその部屋には誰も居なかったそうです。

役人達は魔鏡の実物は知らないため、匿った家の人は他の普通の鏡を役人の目の前で割り、自分達は違うと証して役人の目を逃れた。



しかし、その鏡の中に逃れた者達は村人を殺戮した役人達に復讐をしなくてはならないと思ったのだろう。夜な夜な鏡から出てきては呪文を唱え、その役人達が移動する先々で次々と火災や水害などの天災をおこして復讐した。

その後、他のキリシタンの手に渡り、方々で幕府の役人達との抗争に使われた。

江戸中期までは。

しかし、天災は役人達だけに被害を起こす訳ではない。

想像だがキリシタン達にも不安や良心の呵責があったのだろう。

その鏡はあるキリシタンの手によって、有名な寺に持ち込また。

キリシタンが寺に行くのもおかしいと思うが、今なら『超法規的措置』みたいな異例な処置だったのだろう。

大僧正は法力を使い、鏡の中の呪術を使うキリシタン達を箱の中に封印して返した。

…書状にはそう書いてある。

それが田中家に伝わっているのであろう。」

大塚はそう言って一旦話を切った。

誰も何も言わず、魔鏡の箱を見ている。


「あと、護身刀は無かったですか?

書状にはキリスト教側も箱に封じて貰ったら『護身刀を一緒に保管して封じると言っている』と書いてある。」


父親はそれを聞くと奥から着物の間に入っていた護身刀を持ってきた。

大塚はその刀をしばらく見ていたが、柄の組み紐の中にタリスマン独特の模様と鍔に十字架をみつけた。


「これで話は合ったな。箱は今日の午後、私の祖母に頼んで○○○寺の住職に書いてもらい唱えあげた御札で封じ込めています。刀と一緒に保管なさってください。」

そう聞いた田中の父親は困った様な顔をして汗を拭いた。



帰りの車の中、大塚は言った。


「最後はキリスト教も仏教も一緒になって天災が収まる様に願ったのだ。

…どの宗教でも目指す先は未来永劫の平和なのだがな…なぜ争って来たのかのう。」





翌日、黄梅院に寄るとカウンターに鏡を見つめている大塚の姿があった。


「どうしたんだよ?」


「ニキビが出来たのだ。鏡で見ると赤くて目立つのぉ…」


「あ、ほんとだ。でもそんなに目立たないよ。大丈夫。」


「ぬしの慰めよりも鏡の中の現実の方が厳しい…」


「厳しい現実?…ああ、年齢的に『ニキビ』じゃなくて、もう『吹き出物』って事か?」


大塚は怖い顔をしてプッと膨れた。


    おしまい

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