橋
子供の頃、虹を見ると渡ってみたいと思ってた。
虹はどこに繋がっているんだろうと思ってた。おとぎ話では虹は夢の国に繋がってたりする事が多かったからかもしれない。
大人になった今でも有名な橋は渡ってみたいと思うのはその頃の影響かも知れない。
渡ると違う世界が待ってる様な気がするから。
実際に橋の上に国境がある国もあるそうだ。渡ったら別の国。一度渡ってみたいと思っている。
橋の話しを。
大学二年の夏も半ばを越えて僕の夏休みも半分になったある日。
いつもの様にバイト帰りに黄梅院に寄った。
黄梅院の前にピンクのスクーターが止まっていた。
あぁ、下田も来てるんだ。
「おー、高山。」
「ちいーす」
ダブルで挨拶される。
「下田も来てたんだな。楠の掃除か?」スツールに腰掛けながら聞く。
「今日は別件だよ。これからH橋に行くんだよ」
「ふぅん。」
「人事ではないぞ、ぬしも行くのだ。」
大塚は当たり前の様に言った。
「ああ。想像はしてたよ。
…でもこんな時間からH橋まで何しに行くんだよ?」
どうせ反対しても無理なのは解ってるけど、一応聞いてみないと。
「霊を見に行くんだよ。」下田は当たり前の様に言う。
「何だよ?何の霊?」
「それがさ…」
下田が話し始めた。
――――――――――――
先輩が仕事のトラックでH橋を通った。
新しい幹線道路は距離的には近いのだが、信号も渋滞も多い。少し遠回りでも、このH橋を渡る道の方が早い。先輩はいつもこのルートを使っていた。
行きは何ともなかった。
しかし配達伝票にミスがあって、荷降ろしに手間取ってしまった。
積み下ろしが済んだのは既に深夜に近かった。
帰りも同じ橋を通って会社に帰る。
H橋に差し掛かった時、欄干に人がもたれかかっているのが見えた。
赤い服を着てる女性の様だ。
しかも子供の手を引いている。時刻は午前1時。
…どう考えてもおかしいよな。
と思ってる内にトラックはその二人の横を通り過ぎた。
気になる。
バックミラーで二人の姿を追った。
すると、赤い服の女は子供を抱き、欄干をヒラリと越えて見えなくなった。
飛び降りやがった!
先輩は急ブレーキでトラックを停めて、二人が飛び降りた場所まで走った。
橋の三分の二位走った所で、下の川は既に渡りきっている位置だ。下は河川敷になっているはずだ。
高さは10数メートルはあるだろう。
先輩は二人が落ちた欄干から上半身を乗り出して下を見た。
下は橋の上の照明では明かりはとても届かない。
暗闇で何も見えない。
赤い服って言うのは暗闇に沈んで見えないんだよなと冷静に思ったのを覚えている。
しばらく見てたら下に何か白い物が見えた。
あれは何だろう…眼が暗闇に慣れたのかなと思った。
すると段々その白い物が大きくなってきた。
…なんだろ…
…!
…顔だ!
女と子供の顔が下から凄いスピードで上がってきた。
段々顔が大きく見えてくる!
見開いた目の端や口から血が吹き出しているのが解る。
髪が扇の様に広がって靡いている。
抱かれた子供の顔は既に潰れて真っ赤な肉塊になっている。
こっちを見ている女の顔は笑っている様にも怒っているようにも見えた。
女と子供は先輩のすぐ横に這い上がってきた。
赤い服じゃなくて白い服が血で赤く染まって赤く見えていたのだと解った。
抱かれた子供の白い手が真っ赤な女の服から生えている様に見える。
女は先輩をじっと睨むと。また欄干に手を掛けて落ちて行った。
そこから記憶がない。
どの位たったのだろう。
数分か数時間か…先輩は揺り起こされて目を覚ますと、目の前に警官がいた。
何でか解らないが
『バカな事を考えるな!』
と諭されたりした。
俺が飛び降りた訳じゃないっ。
そう思ったらさっきの2人の事を思い出した。
慌てて警官にさっき女が落ちた話しをした。
警官は驚き、懐中電灯を点けて下まで降りていって調べてくれた。
しかし、下はそんな形跡は全くなかったらしい。
『疲れてるんじゃないのか?』
『まさか酔ってないだろうな?』
と散々言われた。
警官がパトカーに乗って去った後、あれは夢だったのかな?
と思った。
早く会社に戻らなきゃ…
トラックに戻ろうと思った時、トラックの影から潰れてボロボロになった女が覗いていた。
「…そういう話しなんだよ。」
「もし事実なら間違いなく死んだ事に気づいていないであろうし、念もあろう。
どうにかしてやらねばなるまい。」
正直 行きたくないと思った。
が…目の前にいる女二人を前に
『怖そうだから行かない』と云うわけにもいかない。
ああ、イヤだなぁ…
出発は夜だと言うので、店の売り物のソファーで仮眠をとらせてもらった。
夜10時。
大塚の車に三人乗って出発した。途中、ファミレスで腹ごしらえして北に向かった。
車がH橋に着いたのは午後11時半。
橋のたもとの駐車スペースに車をおいて待機する。
橋を見ると数十メートルおきにナトリウム灯が設置してあり、対岸側まで橋全体が黄色っぽく見える。
この場所なら、その先輩が見たと言う欄干の位置が良く見える。
目印の標識も確認した。
距離で100メートル位か。
時々車が行き来するが、台数は少ない。大半の車がアップダウンの少ない新しい幹線道路の方を使うのだろう。
三人は車内で話を小声でしながら時間を潰した。話しながらも三人の目は常に橋の上にあった。
「なぁ、そこの階段って下に続いてるのかな?」
下田が止めてある車の側の暗がりに、下りの階段があるのを見つけた。
話に出てきた『警官が下を見に行った』という階段だろう。
嫌な予感がしたが、案の定、大塚が体を伸ばしてグローブボックスから懐中電灯を取り出して下田に渡した。
自分はリュックからペンライトを取り出す。
やっぱり行くのか…僕の灯りはないのか…。
三人は車を降りて階段に進む。懐中電灯の灯りに照らし出された階段は不気味だ。
下田が下を照らすとやはり十数メートル先に河川敷の岩や砂利が見える。
ゆっくりと階段を下りる。
特に変な感じもせず河川敷に降り立った。
下から見上げると橋の上は明るいからかそんなに高くない様に見える。
握り拳大の石に足を取られながら目撃場所の真下へと移動する。
「ここらじゃな…」
大塚は周りを見渡す。
周りは石ばかりで特に何かある訳ではない。
遠くに川の流れる音と虫の声が聞こえる。
時折、上の橋を通過する車のビュォォという音とつなぎ目を通過する音が河川敷に広がる。
次第に眼が慣れて来ると、先に川の流れがチラリと光って見える。
この橋の下で川は大きくカーブしているから川面に波がたっているのだろう。
しかし何もない。
変な感じもしない。
しばらく待ったが何もないのでそろそろ橋に上がろうと思ったら
「なぁ、上に上がろうよ」
と下田が先に言った。
三人で階段に歩き始めた
「…待て」
大塚がそう言って二人の動きを制した。
途端、冷たい風が足元から吹いてくる様にゾワゾワした感じが背中へ這い上がってきた。
ツラい…。そんな感情が湧き上がってくる。
僕らから少し離れた所に何かが見えた様な気がして振り返ると
何か黒いものが橋から落ちてきた。
ドシャッ
全身に嫌な汗が吹き出す。
その落ちてきた黒いものはユラユラ揺れながら立ち上がった。
叫びたい!
でも喉が潰れたみたいに息が詰まる。
黒いモノは次第に形を成していった。
やはり女だ。
胸に子供を抱いている。
子供の手が女の胸の辺りでヒラヒラと動いている。
大塚の低い真言の声が聞こえはじめた。
急に女は橋脚の近くまで移動すると。
スウッと上に上がって行った。
そして欄干を越えていく。
「…ヒ…」
下田の声にならない声が聞こえる。
欄干から顔を出して僕らの方をみていた女は、また欄干の上に立ち、目の前に落ちてきた。
グチャッ
肉片が飛び散る。
ユラユラ揺れながら立ち上がりまた橋脚に向かう。
「真言が届かぬ…。上に戻るぞ」
大塚は僕と下田を掴んで階段に急いだ。
階段を駆け上がる。
最初こそ、大塚に掴まれるまで動けなかったが、一度走り出すと怖いものから逃げる一心からか猛スピードで上がる。
橋のたもとの駐車スペースに戻る。
橋の方を見ると女は捻れた首と脚で欄干に立ってこっちを見ている。
下田はそれを見て車の横でへたり込んでしまった。
「高山来いっ!」
大塚はそう言うと女の元へ走る。
僕も後を追う。
悲しい感情と怒りの感情と頭痛と吐き気が一気に襲ってくる。
大塚と僕が女に近づいていくとそれを待っていたかの様にまた欄干から落ちていった。
「埒があかぬ。高山、やはり悲しい感情が強かろう?」
「ああ…でも何だろう変な感じがする…」
僕は怒りや悲しい感情以外の変わった感情があるのに気づいていた。
その後、女は上がって来なかった。
大塚は手印を組んでしばらく念じていたが
「やはりまだ無理の様だな…」と言った。
放心状態の下田を後部座席に横にさせて、一旦帰路につく。
「なぁ、大塚、あの女は死んだ事に気づいていないんだろ?」
「…恐らくそうだと思うんだが、他にも要因がありそうじゃな。」
そう言ってハンドルをコツコツと指で弾いた。
何か思う所があるのだろう。
明け方黄梅院で解散した。
と言っても下田は放心状態のままで帰れそうにもないので黄梅院に泊まることになった。
「下田は心配いらぬ。理解の限界を越えて放心状態になっておるのだ。後から喝入れておく。
高山、夜が明けたら付き合え」
大塚は別れ際にそう言った。
翌朝9時過ぎに黄梅院に寄る。
ピンクのスクーターが無い所を見ると下田は帰ったのだろう。
「おはよう」
ガラリと引き戸を開けるとカウンター内で大塚が手を挙げて応える。
「おー高山。さっきはお疲れさん。さあ行くぞ。」
大塚はどこかへ行く気満々だ。
「どこへ行くんだよ?」
「今日はまず図書館じゃ」
僕らはH橋のあるS市の図書館に行った。
受付で過去3年間の地方紙が見たいと頼んだ。
S市図書館では新聞は電子化されていないらしく、閲覧用のテーブルに新聞の束が山の様に積まれた。
「はぁ…これから何を探すんだよ?」
「探すのはあの二人の件じゃ。性別は女で、行方不明、事故、事件で年齢は25から30。」
「凄いあるんじゃないか?」
「全国ならな。地方版だけでいい。あと季節も5月から10月でいい。」
「何で?時期も三年ってのは?」
「着ていたのは…元は白かっただろうワンピースだった。
真冬には着まい。長袖だったが、真夏でも日焼けを気にする人もいるからな。
あと、腕に巻いてたバンドを見なかったか?あの白いバンドは一昨年位から流行ってる物だ。」
「なる程…良く見てるな…よしゃ!やるか!」
景気づけにそう言うと、周りの閲覧者からシーッと言われ、睨まれた。
何ヶ月分か探すと見る位置が解り、捗る様になった。
こうやって見ると、地方なのに色んな事があるものだ。
詐欺、強盗、殺人、引ったくり、放火、暴行、痴漢… 滅入るよな。
関係ありそうな事件を日付と概要と名前と年齢を書き出していく。
痴漢被害は年齢が二十代と言う書き方なのと名前がないのでパスした。
結果、四件が見つかった。
一つは殺人事件。痴情のもつれから男が女を絞殺したもの。
二つめは行方不明。女と子供がいなくなったというもの。
三つめは女親が子供を虐待して逮捕されたもの。
四つめは母子家庭にストーカー男が侵入して居直り強盗になった事件。
大塚はメモを見ていたが2つめの件が気になると言った。
もう一度その日の新聞を取り出して読み返す。
『母子行方不明
10日からS市○○町二丁目のBさん(27歳)が、買い物に行くと家族に言い残したまま行方が解らなくなっている。Bさんの息子(3歳)も一緒に姿が見えなくなっており、17日、警察は事故や事件に巻き込まれた可能性もあるとみて両面で捜査をはじめた。Bさんの車は12日に△△スーパー○○店で見つかっている。』
「これか…?」
「解らぬが、他の物は違うと思う。さぁ行くか。」
新聞を片付けながら立ち上がった。
「次はどこだよ?」
「今書いてあった○○町だ。」
○○町は図書館から車で10分程の住宅街だ。
大塚は車を近くの公園の駐車場に付けてから、歩いて二丁目に向かった。
コンビニを見付けて『B』さんの家を聞く。
警察が入ったり新聞にも出た位だから知っているだろう。
茶髪のサーファー風な店員があっさりと教えてくれた。
コンビニから歩いて数分。
「あった」
『コーポ△』そこはアパートだった。
決していい建物ではない。寧ろ取り壊しがいつになるのか?と思う様な建物だ。
建物横の集合ポストを見ると、Bさんのポストには張り紙がしてあり
『郵便物は大家まで持ってきて下さい』とマジックで書いてあった。
やはりここだ。
「あんたら何?」
後ろから声を掛けられた。
振り返るとずんぐりとしたおばさんが両手にスーパーの袋を持って立っていた。
大塚は大家さんに会いたいと言うとおばさんは
「何?あたしだよ。」
と言った。
「Bさんの事で」
Bさんの名前を聞くと顔が曇った
「まぁ、上がんなよ」
おばさんは部屋へ上げてくれた。
卓袱台につくと麦茶を入れてくれた。
おばさんはタバコをくわえて火を点けた。
「で、何?」
煙を吐きながら聞く。
「単刀直入にお聞きしますが、原因はやはり旦那でしょうか?」
おいおい!急に何言ってるんだよ?新聞にも何にも出てなかっただろ?
でもおばさんは
「旦那って言っても内縁だしね。警察に届けたのもあいつだし。」
「やはり旦那さんとお子さんは合わなかったんですかね」
「タロウ君は一生懸命だったんだよ。お父さんができるって喜んでさ…。
だけど、あいつには目障りなだけだったんじゃない?
そうでもなきゃ夜中に何度もあんな音や泣き声なんて聞こえないよ。一度はパトカーまで来たんだよ。」
そう言って目を伏せた。
大塚は
「大家さんの立ち会いの元で結構ですのでBさんの部屋を見せてもらえませんか?」
と切り出した。
「…あんたら何者だい?
普通じゃないね。
新聞にも詳しく書いてなかった事まで知ってるし…
…あ、あの男の差しがねなら帰っておくれ!」
急にエラい剣幕で怒り始めた。
「私はこういう者です。」
大塚はリュックから名刺を出して渡した。
「黄梅院…?」
大塚は要点だけを纏めて大家さんに話をした。
橋で二人を見た事。
それはこの世の者ではなかった事。
未練か怨念があり苦しんでいる事。
それを救いたいと。
「…あたしゃ、霊的な事は信じないタチなんだよ。」
タバコを灰皿に押し付けながらそう言った。
「…でも、まぁ…もう今じゃ、あの二人の事を心配してるのはあたしとあんた達だけかも知れないね。」
そう言うとため息をついて
「ついといで」
と立ち上がった。
大家さんが、合い鍵でドアを開けると
『ここに居てはいけない!』と僕に感情が流れ込んで来た。
『怖い』という感情も。
ひたすら逃げろと云う声が心に響く。
そういう僕に流れ込む感情とは全く関係なく、部屋は綺麗に片付いていた。
「一応、あの二人がいつ帰って来ても大丈夫な様に掃除だけはあたしがしてるんだよ。」
「旦那は?」「帰ってきやしないよ。
警察が来た時に一緒に来たのが最後でさ、それ以来は寄り付きもしないよ。
おかしいだろ?
家族が行方不明なら心配して家にいるもんだろう?」
大塚はしばらく部屋の中央で目を閉じていたが首を横に振った。
「ここにはおらぬな」
と小声でいった。
僕は電話台の上の写真立てを見つけた。
その写真の中で微笑む女は間違いなく昨日、橋で見た女だった。
子供ははにかんだ様な表情でカメラを見ている。
大家さんはボツボツと話始めた。
「あの人ね、明るくて礼儀があったのよ。
スナックで働いてた。でも親子二人の生活は地味だったわ。
でもね、あの男が出入りする様になってからかねぇ、急に金銭的に苦しくなったみたいだね…。
それまでは一回も滞納した事無かったのに…それからは何回か家賃を待って欲しいって言いに来た事もあったわ。
…あれは男に騙されてたんだよ。」
一体何があったのか…女は僕らに何を伝えたいのか…
僕と大塚は大家さんに礼を言ってアパートを出た。
出る時におばさんは
「何か解ったら私にもおしえておくれよ」
と言った。
車に戻り、さっき部屋で感じた話を大塚にした。
「うむ。解っておる。あの大家さんも言ってた様に、間違いなく旦那が、あの二人を追い詰めたのだ。襖が破れておったろ?あれはタロウ君をぶつけたものだ。わらわには見えた。暴れる男と泣く女がな。」
「…次はどうするんだ?行き詰まったぞ。」
「ぬし、女になれ」
「は?」
「気持ちの話だ。ぬしがあの女ならどうする?好きで同棲していた男が我が子に暴力を振るう。このままだと殺されるかもしれない。」
「…公的に助けを求める?」
「警察を呼んでも何ら解決にならなかったら?…もしも以前に呼んだ事があって、その後、更に酷い暴力を受けた事があったら?」
「…逃げるしかないな。」
「どこへじゃ?」
「…解らないけど、友達の所か親の所か…とりあえず相手の来ない所へ」
「だな。では聞くが、その女がスーパーに買い物に行くと言ってワンピース姿で子供連れて出掛けたらどう思う?」
「…買い物じゃないと思う…かな。」
「どうする?」
「相手を問い詰めるかな」
「そもそも出掛けるのを許すか?
出掛けたら金蔓が無くなるのだぞ。下手すると証拠として怪我した子供連れて警察に行かれて身の破滅だぞ。」
「…」
「な、女は恐らく、買い物なんぞ行っておらん。逃げた所を男に捕まったのではないかな?
慎ましい生活をしてたのに、これだけ交通機関の発達した中、自分の車を持っておるとも思えん。男の車で移動したのであろう。スーパーではなく山へな。車をスーパーに運んだのは買い物に行ったと思わせる為だ。
」
「ちょ、ちょっと待てよ。
つまり…男の元から逃げようと思う
…捕まる
…車に乗せられる
…拗れる
…逃げられると困る男はすぐに逃げられない山へ連れて行って話し合い…」
僕の頭の中に一つのストーリーが出来てきた。
「うむ。男が暴れたのか、脅したのかどうしたのかは解らん。しかし、二人は逃げようとして橋から落ちた。」
「いや、待てよ大塚、お前さ、橋の所で『死んだ事が解っていない』って言わなかったか?」
「そう思って橋で真言を唱えたのだ。…でも届かなかったのは…」
大塚は自分だけが納得した様に小さく肯くと小声で続けた。
「そうか。それを伝えたかったのか…」
「高山行くぞ。H橋に」
また行くのか…あそこへ…
H橋に着いてから大塚に言われて下田に電話する。
『お、高山お疲れ。昨日は大変だったな。あたしヘロヘロだよ』
下田は朝からバイトに行ってたらしい。
「変わってくれ。」
大塚は二言三言、下田と話していた。
電話を切ると、大塚は例の欄干の側まで行き、しばらく目を瞑っていた。
何かを探しているか聞いているかの様に。
しばらくすると車まで戻ってきた。
「なぁ、おかしいと思わんか?」
「何が?」
「河川敷って誰も来んか?」
「…いや、来るんじゃないかな?釣りとかキャンプとか単に遊ぶ為とか。」
「そこに遺体があったらびっくりするよな?」
「そりゃそうだろ」
「じゃ、犯人が遺体を運んだとする。そしたらどうじゃ?」
「無いわけだから…いや…遺留品は持ち去っても、血とか残ったりするから。やっぱり驚くだろ。」
「だよな」
「…?どういう事だよ?」
僕の携帯が鳴る。
下田からだ。
大塚に代わる。
「どうじゃった?…そうか。やはりな。あの日だったか。すまぬが何人か助っ人を集めておいてくれぬか?頼む。」
大塚はそれだけ言うと携帯を僕に返して
「一旦帰るぞ!」と言った。
黄梅院に帰るとエラい事になっていた。
一言で言うと族の集会だ。
車高の低い何台もの車や旗まで立ったバイクや原チャリなどが道端に停まっていた。向こうにはトラックまでいる。
通りすがりの人達は怖がってわざわざ道の反対側を通る人までいる。
「おい、何が始まるんだよ?」
「たくさん集まったな。人海戦術の方が早いかもしらんな。」
大塚が車を降りると下田がやってきた。
「元メンバー達だよ。大塚ちゃん、この位で足りるかな?」
「充分だろう。皆、すまんな。」
目つきの怖い兄さん達は下田から大塚の話は一応伝わってたのだろう。大塚が話始めると寄ってきた。
「説明する。S川のH橋から河口まで河川敷を探して欲しい。
要点は昨年9月10日の残骸。
残骸の中まで探さずとも良い。
河川敷に大量のゴミや木が溜まってる所を探して欲しいのだ。」
そう言うと周りの兄さん達は頷いた。
下田が輩達を幾つかの班に分けた。
順に猛烈な音を立てて散っていく。
下田も含めた僕ら三人も一番上流のH橋に向かった。
移動中大塚は話し始めた。
「…さっき高山に話した様な事があったと思っている。
さっき下田に調べて貰ったのは当日の天気だ。
9月10日は台風が来た日だった。台風の雨の中、母子は逃げようとして男に捕まった。
男は単にすぐ逃げられない山へ行っただけかもしらんが、母子には殺されるという恐怖が強かったのであろうの。
だから隙を見て車を降りた。
そして追いかけられて橋から落ちた…
…いや、自ら飛び降りたのかもしらんな。
川は増水していて河川敷まで水が来ていた。
深いと思ったのかもしらん。しかし浅かったのだ。」
車をH橋の駐車スペースに止めた。
夕方になり少し風が吹いてきた。
欄干から河川敷を見下ろしながら大塚は続けた。
「…どこで死んだのかは解らん。ただ、11日までには上流から雨水が更に集まり二人を運んだ。それから一年近く経って亡骸を探して欲しいと霊体として表れたのだろう。憶測だが亡骸が見つけて貰える様になったのかもしらん。幸か不幸か昨年から台風は来ておらぬ。
寧ろ干ばつ気味だ。
今河川敷にある集積物は昨年の台風で運ばれたものだけだろう。」
下田の携帯に次々に連絡が入る。
仲間達がそれらしき場所を確認する度に連絡をくれる。
中にはその堆積物の中まで入ってくれた人もいた様だ。
連絡が入ると下田が地図に印を付けていく。
日が暮れるまでの二時間程で河口までのチェックは済んだ。
河がカーブしている地点には何らかの堆積物はある様だ。
ある程度連絡が集まった所で大塚は車を出した。
H橋から一番近いのは隣町に入った山影のカーブになった部分。
大塚は途中から大型のバイク(下田の仲間)に先導してもらって近くまで車を付けた。
藪の奥に進むと川に出る。
川沿いに少し下った所に集積物があった。
木の枝や枯れた木、何やら泥の様な物が溜まっている。
大塚はしばらくその辺りを歩いていたが、首を傾げてここではないと言った。
次はそこから20分程走った先のグランドの横。今度は途中から車高の低い車と原チャリが先導してくれた。
この辺りの河川敷は広くなっていてグランドやゴルフの練習場があったりする所だ。
グランドまで車を横付けして歩いて現場まで行く。
ここも泥を被った木々が山になっている。
割れたポリタンクや家具の様な物まで埋まっている。
大塚はここでもないと言った。
そうやって順番に調べながら七カ所目まで移動した。
移動する度にお供の族車が増えてくる。
日も暮れたので辺りは暗くなっていた。
七カ所目は一旦住宅地を抜けて工場地帯に入る手前の川沿いの国有地。
川はここで大きく左に向きを変える。増水した時に集積物が溜まった物らしい。
ここにも大量の土砂や木が山積している。
懐中電灯片手にフェンス沿いに左手に集積物を見ながら川沿いの河川敷を歩く。
ピーンと空気が張り詰める。
僕の中に悲しい感情が広がる。
「ここだな…」大塚は脚を止めて懐中電灯で山積物を照らす。
大半が枯れた木々と土砂だ。
かなりの量がありそうだ。
この中に本当に二人は居るのだろうか。
違う霊ではないのか?
その場に来ている7・8人の懐中電灯の光があちこちを照らす。
「うぁっ!」
その中の一人が驚きの声をあげた。
揺れる黄色っぽい光の輪の中に白い脚が見える。
ぼやっとした全体が見えてくる。
あの女だ。
崩れても潰れてもいない。
子供を抱いたワンピース姿の女が集積物の中に立っている。
隣で大塚が低い声で真言を唱え始めた。
誰も何も言わず静まり返る中、大塚の声だけが広がる。
子供の笑う様な声が聞こえたと思った。
女はすうっと宙に浮いたかと思うと見えなくなった。
「やはり見つけて欲しかったのだな。」
真言を唱え終えた大塚はポツリと言った。
一夜明けて、下田と愉快な仲間達(当人達がそう言った)と僕らは大塚の真言の中、集積物を取り除きはじめた。
しばらくして土砂の中から黄色く変色したプラスチックの様な骨の一部が発見できた。
そのまま警察に連絡してバトンタッチとなった。
警察の話しでは遺体は大きめな骨が小さい骨を抱く様な状態で掘り出された。
完全に白骨化していたが服の一部が残っていたことと、その後のDNA検査でBさんである事が判明した。
スーパーで買い物をしていた親子が10km以上離れた川で発見されたという事と、母親の肋骨に骨折治癒間もない跡が発見された事から事故ではなく事件として立件された。
元内縁の旦那が重要参考人として手配された。
警察が身柄を確認した時には混迷状態で病院に入院した状態だった。
捜査員が担当医に聞いた所では薬も全く効かず、暴れて、大声で何かに意味不明な事を叫び続けていると言うことだ。
旦那には何かが見えて、聞こえているのだろう。
――――――――――――
「おー、高山お疲れ。」
いつもの黄梅院のカウンターにつくと大塚は新聞を渡してきた。
「見てみよ。」
「例の件だろ?
結局旦那が犯人だって事だよな。でも錯乱してて何言ってるか解らないんだろ?
…なんかモヤモヤするよな…」
「それではない。もう少し下の記事を見てみよ」
手にとると
『ボランティアお手柄』
という見出し。
『中央公園で清掃ボランティアをしているグループが地域清掃の一環として行った河川敷清掃で、昨年9月から行方不明となっていた母子を発見した。これがきっかけで事件解決に結びついたとして警察は感謝状の贈呈を検討している。』
「これって下田達じゃん」
「そうじゃ。あやつ等が警察から表彰だぞ。どんな顔をして来るか見ものだ」
そう言って笑った。
遠くからパリパリというエンジン音が聞こえてきた。
地域では嫌われ者だった下田達と社会との架け橋になったのは霊と大塚だったんだなと思った。
橋は違う場所や考えを一つに纏める事ができる特殊な能力を持っている。
人の心と心を繋ぐ橋の様な人間になれたらいいなと思う。
僕はそう思う。
おしまい