通り道 〈短編〉
今日も夕方になって隣の保険会社のビルの日陰に入った。
少し風が吹いてきた。
今日も暑かったなぁ…
チリリン…
軒に吊した風鈴が風に揺らいで涼しげな音を奏でる。
今日もお客さんは来なかったけれど、午前中に婆ちゃんの所に行って来られたし、洗濯物も乾いたし、コーヒー豆も買って来れた。
よしよし。
さて、表に出してあった朝顔の鉢植えを裏庭の方に運ばなきゃ。
植木鉢を抱えて、体を横にして黄梅院の建物の横を通っていく。
庭はブロック塀で囲まれている狭い土地だ。
婆ちゃんの植えた様々な草木がある。
ブロック塀の上をミケが歩いていく。
塀の上は、この辺りの地域猫の通り道なんだ。
ミケは野良だ。
時々黄梅院の縁台に乗って昼寝をしてる。
痩せてて尻尾の先がちょっと曲がってる。名前は私が勝手に付けた。
ミケは今日は忙しいみたいだ。
『大変だねぇ』といった表情でこっちをチラリと見て通過していく。
「手伝え」と言ってみるが無視された。
ミケがピタリと止まった。
体を低くして前のめりで威嚇の姿勢をとる。背中の貧相な毛を無理に逆立てている。
ミケの先を見ると、居た。
半分透き通った猫。
この前も見かけたけど逃げちゃったんだ。
透き通ってて、体が半分しかない。
車に跳ねられたのかな。
後ろ半分がぺちゃんこだ。
ミケには見えてるらしい。
今日こそは成仏させてやろう。
手印を組み、真言を唱える。
唱えながら、
『お前は実は死んでいるんだよ。あの世に行きなさい。それがお前にとって幸せだよ。』と念じる。
半分の猫は、私を見てユラユラと揺れていたが、スッと消えた。
「成仏したな。」
ミケは目の前の『半分猫』が居なくなってまた歩き始めた。
「ニャ」
と一声ないた。
礼だったんだろうな。
『おーい大塚ー不用心だなぁー』
店の方から声がする。
丁度良かった。手伝ってもらおう。
「裏におる!」
そう言って店に向かった。
『たい焼き持って来たぞー』
やっぱり今日はいい日だったな。
おしまい