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杏の霊譚  作者: ビスコ
12/29

古木

桜の寿命。諸説ある様だが、70~100年だそうだ。

そういいながらも150年も1000年も生きている古木もある。

そういう古木は名木としてその地域の守り神として奉られている物も多い。

桜に限らず古木は人を集め癒やす力がある。


僕の住んでいる街に中央公園がある。

市内では一番広いと言われ、敷地の外れには野球場や陸上グラウンドまで備えている。

中央部には大きな多目的広場があって真ん中に大きな楠の木がある。

近所のお爺さんの話では、お爺さんが子供の頃には既に大木だったらしいから随分と長生きしてる木の様だ。

公園で遊ぶ人達には、待ち合わせの為のランドマークにも、にわか雨には傘にも、夏には強い日差しを遮るシェードの代わりにもなっている。

いつも周りに人がいて、その木からみんなが何か目に見えない物を受けている。


今回はそんな古木の話。



大学二年の夏。僕はバイトと大塚との霊体験というツートップで毎日それなりに忙しくしていた。

その日もバイトが終わっていつもの様に黄梅院に寄った。

向かいの通りにピンクの原チャリが置いてある。

引き戸を開けると、珍しく先客がいた。


…まぁ、僕は客ではないが…。


カウンターに白い服着て、こっちに背を向けて座っている金髪の女がいた。

カウンターの中には大塚がいて何か話をしてた様だ。


「おー、高山。まぁ座れ。」


カウンターの金髪の姉さんの隣の席を大塚に勧められて座った。が、金髪の姉さんの目つきが怖い。

おいおい、この暑いのにコートかよ。と思ったら特攻服じゃん。

ヤバ。向かいに止まってた派手な原チャリの持ち主だろう。


いつもの様に僕を助手と大塚が説明すると、少し目つきが優しくなった。

下田って言う名前らしい。

僕が入って来て話が中断したらしい。

いきなり話がはじまる。


「…でさ、あたしにもこんな…」

と言いながら白い特攻服を脱いだ。下は普通のTシャツと短パンだった。

「ほらここ」右腕の上から肘に掛けて茶色く変色してウロコの様にヒビが入り、皮膚が固くなって下の方がめくれている。

一片が3センチ四方位だから結構不気味だ。


「それがさ、広がってるんだよ」

そう言ってTシャツの襟の部分を伸ばして見せる。確かにヒビが首筋まで広がっている。


「病院は?」

聞いてみた。


「行ったよ皮膚科。『ぞうひびょー』か『かくしつへんせーしょー』か『こーひしょー』かって言うんだけどどの薬も効かないし血の検査でも問題ないってさ。つまりは解らないんだよ。」


「…増皮病か角質変性症か硬皮症かぁ。」携帯の検索で字を確認した。


途中から参入して、解らない僕の為に今までの話を大塚が要約して話てくれた。


仲間(暴走族の仲間)が急に奇怪な死に方をしたり病気や怪我をし始めた。お陰で仲間は解散した。

理由は思い当たらない。

自分も変な症状が出始めた。

下田のお父さんが大塚のお婆さんに世話になった事があって行くように勧められて来た。


「他の人はどんな症状なの?」


「一人は頭から足まで深い一本の傷。深くてさ、何か尖った物で、えぐった感じ。他には背中から腹まで紫色に変色した奴とか…色々。死んだのはヘッドなんだけどナイフみたいなので首の周り切られて…」

「警察は?他のグループと喧嘩とかじゃないの?」


「それがさ…たまたま無免許で逮捕されててさ、警官の目の前で急に首に切れ目が入ったらしいんだ…他もみんな一緒さ。目に見えない奴らにやられたんだって言ってるんだ。」


「…大塚、どうなのこれって?」


「念だろうな。相手は解らんがな。おぬし達のグループを怨んでた者らはおらんか?」


「…沢山いるだろうね。深夜に爆音立てて走ってたからね」

少し目を伏せた。


「その仲間達に会えるか?」

大塚はいつものチェックのリュックを取って立ち上がった。


「ああ。行く?」

下田は特攻服を着込んだ。

「あちいんだよな…でもこんな腕見られたくないしな。長袖仕舞っちまったからこれしか無くてさ。」と言った。



特攻服をなびかせて、パリパリと乾いた音のする原チャリの後ろをいつもの黒いセダンでついて行く。

『警察密着24時』の覆面パトカーで暴走族を追ってるシーンみたいだ。


「なぁ大塚、あのウロコみたいなのってやっぱり念なのか?」


「念だろう。しかし…かなり強い念だな。余程の恨みか、力があるのか…わらわが祓えば一時は良かろう。だがそれは一時凌ぎに過ぎぬ。相手に寄っては悪化させる可能性もある。まずは原因から絶たぬと。」原チャリは少し走って街の自動車修理工場に入った。

音を聞いて、車の下からツナギを着た若い男が出てきた。

色の白い背の高い男だ。

顔つきは普通だが、眉間から鼻を通ってツナギの襟の中へ赤黒い瘡蓋が繋がっている。


「よお。しもちゃん久しぶり。…そちらさんは?」


「ダチだよ。怪我どう?」

我々は下田の友達になれたようだ。


「見ての通りだよ。この風体じゃ街にも出れねぇから毎日仕事してるよ」


そう言ってポケットからタバコを取り出してくわえた。


「急に切れたのか?」

大塚が聞いた。


ちょっと怪訝そうに眉間にシワを寄せ目つきが鋭くなる。


「ああ。急に熱い様な感じがしたら額から脚までバリバリって、血を吹きながらな。親はそれ見て仰け反ったぜ。」面白くも何ともない様な顔で言った。


「ねぇ、カズとは連絡取ってる?」


「あいつは病院だよ。自分で口や鼻にゴミを詰めてさ、何回か窒息しそうになったらしくてな。精神科に入院してる。ゴウはビビって田舎に帰ったし。シュンは…自殺図って意識不明だって聞いた。」


「みんな思い当たる節はないのか?」


「ねーよ。確かに悪さはしたけど人を傷つけたりはしてねぇし…けどよ、お前何もんだよ?しもちゃんの知り合いってのは分かったけどよぉ」大塚に詰め寄ったから僕が中に入って止めた。


「やめなよコージ!この人ならどうにかしてくれるかもしれないんだよっ!」


下田の怒鳴り声で男はぷいと横を向いて

「もう、どうにもならねぇんだよ。」と呟いた。




その後、近くの公園に移動した。駐車場から下田が携帯で何人かと連絡をとった。

殆ど繋がらなかったが通じた数人は『理由は解らない。もう関わり合いになりたくない』と言われて電話を切られたらしい。


携帯を仕舞いながら


「やっぱさぁ、因果応報って言うの?自業自得?解らない所で誰かをあたし達は傷つけたんだろうね。」

無理に笑い顔を作りながら下田はそう言った。


「!」下田の首筋まで広がってたヒビが顎まで伸びてきてる。

気付いたけど言えなかった。


「…この駐車場がさ、あたし達の集合場所だったんだよ。パトカーでポリ来ても、バイクなら公園内を抜けて反対側にも逃げれるしさ。」

下田は遠い目をして公園全体を見渡した。


「!!」

急に下田の目が大きく開かれる


「どうした?」


下田は口をモゴモゴしていたが指を入れて何かを取り出した。

それは小さな葉っぱだった。


葉っぱを見た下田はガタガタと震えだした。


「どうしたのだ!何か思い出したのであろう!」


下田は真っ青になったまま公園内を指した。

指す先にはこの公園のシンボルツリーの楠が植わっている。「あたし達、暇に任せてみんなであの木に悪戯した…」


下田はへたり込んで動けないので車に乗せて、大塚と二人で楠に向かう。


大きな木だ。

左右にも上下にも大きく幹を伸ばしている。

そう遠くない公園だがこの木まで来た事はなかった。


近づいて気付いた。


「おい、大塚…」


「ああ。これが原因だな。」


楠には暴走族の名前が紫色のスプレーで書いてあった。

幹の反対側には金属の棒か何かで引っ掻いたのだろうか縦に深い傷が付けられていた。

他にもナイフでえぐった様な跡や小さな虚にはゴミが詰められたりしていた。

そして僕も大塚も気付いていた。

下田の腕から首に掛けてウロコの様になっているのは木の表皮だということに。


「高山、あれを見い」


大塚が指す先には千切れた注連縄の端がゆらゆら揺れている。

「罰あたりめ!あやつらはこの木にした事をそのままされておるのだ。下田を連れて来て詳しく話を聴かねば。」


僕らは車まで戻る事にした。途中まで来て下田の叫び声が聞こえた。

車に走り寄ってドアを開けると下田は口から葉を次々とむしり取っていた。


取っても取っても湧く様に葉が口から溢れてくる。


金髪からも緑の葉が見えている。

ひび割れも既にこめかみから額まで広がっている。


「やはり楠か。」大塚は手印を組むと真言を唱えはじめた。


真言が始まると同時に下田は白眼を剥いて痙攣の様に暴れはじめた。顔色がどんどん悪くなる。


「強いっ!」


大塚は一言そう言うと更に強く真言を唱えた。


車がゆさゆさと揺れる。


「高山!そこからお神酒と塩!お神酒をこやつに掛けろっ!」と言った。


僕はリュックから小瓶に入ったお神酒と塩の入った箱を出してお神酒を下田に振り掛けた。

酒が下田の肌に触れると白い蒸気の様なものが上がる。

熱いフライパンに水を掛けた様な感じだ。


大塚は塩を掴んで下田に撒いた。

「ぐぇぇぇ…」下田はドアから外へ落ちる様に出た。


口から泡と何か緑色のドロドロしたものが出てきた。

しばらく地面でのた打っていたが、段々動きが緩慢になって止まった。


「高山!下田を車に乗せろっ」

大塚は車に僕が乗ると同時に急発進した。


車は近くの神社で止まった。

大塚はつかつかと社務所に行き神官と会いたいと言った。


「ああ大塚のお嬢さん!お久しぶりです。ご無沙汰しておりまして…」


奥から出てきた年配の神官は頭を下げた。


「すまぬ。挨拶は後じゃ。頼みがある。注連縄はないか?楠の神が出たのじゃ。」

そう聞くと神主さんは慌てて奥に入って行った。


しばらくして巫女さんと一緒に注連縄を持ってきた。


「公園の注連縄が切れたと聞いたんで準備していたのですよ。祈祷も済んだばかりで。」


「助かった。借りる。一旦封じるので後は頼む。あとこやつを頼む」


そう言うと下田を巫女に任せた。

僕が注連縄を担ぎ、車に飛び乗るとタイヤを軋ませながら公園に戻った。


大塚は楠の周りにお神酒を撒き真言とはちょっと違う感じの事を唱えはじめた。

しばらく唱えていると風も無いのにハラハラと葉が舞ったり、ザワザワと梢が鳴ったりした。

どれだけ時間がたったのだろう。大塚の唱えた声が止まると張り詰めた空気が軟らかくなった感じがした。


「高山、ぬしはそっちを持て。注連縄を張るぞ。」


僕らは注連縄を張った。台も梯子も用意はしていないので僕の背の高さまでしか張れないが。

張り終わると大塚はまたしばらく何やら唱えていた。

僕は大塚の声を聴きながら楠を見上げていた。

何故だろう。何でこの木の下は安心できるのだろう…

そう思っていた。


「ほれ、行くぞ」


大塚の声で我に還る。

終わった様だ。


神社に戻ると下田は座敷に布団を敷いてもらって眠っていた。

眠る顔にも腕にもひび割れは無くなっていた。

神主さんの話ではあの後で一度更にお祓いをしたそうだ。


黄梅院に帰る道すがら大塚に尋ねる。


「やっぱりあれは楠の木の神様か?」


「ああ。九十九神だな。あの木は何百年もあそこで地域の信仰の対象になって来たのだ。そして神が宿った。皆の安全や平和を担った神があのような冒涜を受ければ怒りもしよう。」


「リーダーの首が切れたり、自殺未遂ってのは?」


「知らぬ。注連縄を首に巻いたのかもしらんな。

若しくはみんなを焚き付けた張本人か。

自殺未遂は聞いてみよ。恐らく殺虫剤の服用だろう」


「?」


「知らぬのか?楠から樟脳を作るのだ。タンスに入ってるあの匂いのキツい防虫剤だ。楠の神だからな。」


そう言うと少し笑って続けた。

「ぬし、知っておるか?楠はそういう成分を含んでおるから虫が付かぬのだ。しかし今回は変わった虫に攻撃されて楠の神様も困ったであろうの。」



――――――――――――



数日して黄梅院に寄ると、店の前に例の原チャリが止まっていた。


「よお。」

と下田がカウンターに座って振り向いて言った。


「おー高山。まぁ座れ。下田は今、例の修理工場の兄さんと楠の木の周りの掃除をして来た所じゃ。」


「腕、綺麗になったね。」

と言うと


「まあな」

と言って笑った。表情に安心した気持ちが現れている。


他のメンバーも良くなり、時間を見つけては掃除をしたり雑草を抜きに行ったりしてるらしい。

金髪の見るからに悪そうな兄ちゃん達が、公園の掃除をしたり楠に手を合わせてる姿を想像してみた。


「時に、高山。留守番を頼みたい。」


「え?」


「ちょっと下田と買い物じゃ。実はバイクの後ろに乗ってみたかったのだ。」


「え…ダメ!だってあれは50ccだろ?二人乗りは…」


「すぐそこまでじゃ。さぁ、下田、行こう。」


僕の話なんか聞いちゃいない


2人はパリパリというエンジン音を響かせながら出掛けて行った。


やれやれ…



    おしまい

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