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杏の霊譚  作者: ビスコ
11/29

踏切

あの世に行くときはまずはトンネルを潜って三途の川に着いて船で渡って行くのだ。

と聞いた事がある。

ヨーロッパの友人に聞いたら欧州でもやはり森の中の緑のトンネルを超えて湖か海かに着き、その先に黄泉の国があるのだそうだ。

文明も文化も違うのに面白いなと思った事がある。

やはり最後は水辺に出るんだな。じゃ、最後の乗り物は船なんだ。

いや、待てよ、じゃ、船がない時代はどうやって渡ったんだろう?泳いだのか?

そんな風に考えてたら、あの世に渡る乗り物も進化してるんじゃないのかな?と思った。

僕が行くときはジェットフォイルみたいな高速船か…いや、橋が掛かってて電車で渡れたりして…なんてバカな事考えてた。



大学二年の夏も真っ只中になった頃の話。

バイトと大塚との霊体験でそれなりに充実した毎日を送ってた。


バイトの帰り道で本屋に寄って新刊を見てたら声を掛けられた。

「よぉ高山!久しぶり」


「あ、一也!」

一也は高校の時の友人だ。

その脚で二人で近くのハンバーガーショップに寄る。

会うのは卒業式以来だから一年半ぶりだ。

大学の話や高校時代のクラスメートの話などで盛り上がった。

関西方面の大学に進んだ一也がこっちにいるのは里帰りかと思ったら法事だという。

一也の彼女が亡くなった事を聞いた。

一年ほど前に隣の県のある踏切で列車に跳ねられたらしい。

いつも明るい彼女で、夏休みに入ったら会うのを楽しみにしてたし、いつも慎重な彼女が列車に飛び込むとか、間違えて列車に接触するとか考えられないという。


「じゃ、事件か?」


「いや…それが列車の運転士の話だと気付いて急ブレーキ掛けて警笛鳴らしたらしいんだけど…彼女は列車を見たまま動かなかったと言うんだよ。」



「そうか…」


「でな、彼女の葬式の終わった後で、日記が出てきたって彼女の両親に呼ばれて行ったんだよ…」

見ると辛いので一也に見て欲しいと言うから預かった。

日記はごく普通のもので一也の事が書いてあったりすると、泣けたらしい。

でも、日記の終わり頃から友達三人で心霊スポットを回っていたらしい事が書いてあったという。


全く聞いてなかったから驚いた。

霊が出る事で有名な吊り橋や病院跡地や墓地など色々回っていた様だった。特に霊体験をしたと言うことは無かったみたいだった。


ただ最後に行った峠の霊場で友人が石を拾って帰ってから事態は急変する。

拾って帰った友人は隣の県の山道で自動車事故を起こして即死。

もう一人の友人もその事故死した友人の名前を呟きながらビルから投身自殺していた。


日記にはただひたすら怖いと書いてあった。近所の神社へお祓いにも行った様だ。


お祓いのお陰か、彼女自身は何事もなく生活が送れていた。


しばらくして、あれは不幸な偶然なんだ。事故なんだ。と自分を納得させ、気持ちを落ち着けた。


しかしある日から、毎晩、死んだ二人が夢に出てくる様になったと書いてあった。

二人は怒ったり怨んだりしてるのではなく、ただ、あの世に行く前に彼女に一目会いたいと言うらしい。

最初の友人が事故で亡くなった現場に例の石が落ちている。

そこへ来て欲しいと頼まれたと書いてあった。



「そこへ行ったのかな…?」

「恐らくな。図書館で最初の友人が死んだ場所を調べたんだ。そしたらあの踏切の先だったんだ。その踏切を通らなきゃいけないみたいなんだよ。」


「なんでその事故した友人はそんな所に行ったんだろう」


「…解らないんだ。新聞で見ると単独事故だったらしいんだけどな。で、俺今日これから行ってみようと思ってるんだ。

彼女の跳ねられた現場にさ。

一年経って俺もやっと心の整理もついたし。

…それに夢に彼女が出てきたんだよ。事故直後でも全く見なかったのに最近急にな。

こう眉間に皺寄せてさ。

何で来てくれないの?って。

だから花と彼女の好きだった作家の詩集持っていってやろうと思ってさ、それで本屋に居たんだよ。」一也はそう言って悲しそうに笑った。




一也と別れていつもの様に黄梅院に向かった。

ハンバーガーショップでチキンナゲットとフライドポテトを買って、土産に持っていった。


「おー高山。…いい匂いがするな。」


「ホレ、土産だ。」


「忝ない」

大塚は嬉しそうに笑ってコーヒーを煎れてくれた。

しばらくポテト摘みながら下らない話をしていた。


10時になったからそろそろ帰るかと思ってスツールから降りた。

別れてから二時間か。

「…一也着いたかな…」ふと呟いた。


「友達か?」


「ああ、高校のな。そうそう、その話をしようと思ってたんだ…」僕はスツールに座り直してさっき聞いた話をした。

話ていくに従って大塚の表情が険しくなってきた。

「で、その一也と申すのは向かったのか?」


「うん。」


「…呼ばれたのかもしらんな…場所は解るか?」


「ええと、○○○県の△△トンネル抜けてって言ってたな…」


「行くぞ!その者にすぐ電話しろ!その踏切行ってはならんっ」


大塚は裏に停めてある黒いセダンを出すと猛スピードで高速を飛ばした。

高速を飛ばしながら大塚が言う。

「今の話を聞いておかしいと思わんか?

何故夜になってから行くのだ?普通は昼間行くであろう。

あと何故詩集まで現場に持って行くのだ?墓所や仏壇なら解るがな。もし、それを夢で彼女が言ったとすれば成仏できておらん。

そこにおるのだ。

強い念で呼んだ可能性もある。

その彼女は更に友人に呼ばれたかもしらん。

恐らくそれは持って来た石の力だ。」


一也に電話を掛けても繋がらない。

機械的な『電波の入らない所に居るか電源が…』と言うアナウンスだけが流れる。


「その石って何なんだ?」

電話を掛けながら聞いてみる。


「見ない事には解らん。しかしただの石ではあるまい。厄介な物を持って来たものだ」

前を走る大型トレーラーを追い越しながらそう言った。



高速を下りてナビの地図を確認するとトンネルを超えた先にある踏切は一つだけだ。住宅地を抜けて畑の広がる中を越えるとトンネルが現れた。


「ここにもおるな…」


トンネルの上に白い女がしゃがんでいるのが見える。


「あ…あれは?」


「解らんが今はそれより先にしなくてはならない事もある」


トンネルを抜けると左に大きくカーブしてから踏切がある。


カーブの途中に一也のバイクが見えた。

「一也のバイクだ!」


大塚はバイクを通り越して先に進んだ。ヘッドライトの中に踏切が見えてきた。

人影も見える。

踏切手前に乱暴に車を停めて降りる。

踏切の中に一也がいた。

手に花と本を持っている。

足元には黒く光る卵の半分位の石がライトを浴びてキラキラと光っている。


「一也!」


叫んで呼びかけるが一也は此方を見ることなく踏切内で誰かと話ている様に見える。


「!」


一也の向こうに誰かいる。

手も脚もなく、首と胴体だけが浮いているのが見える。

千切れた腕が一也の脚を抑えているのが解った。

一也が少し動いて顔が見えた。

女だ。


顔は半分ない。崩れた顔の半分は白い骨や赤い肉やピンク色した物が垂れ下がっている。

残った片目と歪んだ口は笑って居るようにも見える。


「やはり呼ばれておったか!」


大塚は手印を組むと真言を唱え始めた。


女の崩れた顔はみるみる歪んで怒りの表情に変わる。


半分しかない顔で大塚の方を睨む。一也はまだ焦点の合わない目で女を見ながらぶつぶつと話続けている。


女の霊はゆらゆらと揺れながら一也の前からどく気配はない。

「一也ーっ!」

僕は怒鳴った。


一也はゆっくりとこっちを振り向いたが何も目に入っていない様だ。


大塚は額に汗を浮かべながら一心に真言を唱えている。


カン…カンカンカン…


赤いランプの点滅が始まった。列車が来る!


一也は踏切内で薄ら笑いを浮かべている。


「高山!引きずり出せっ!」

大塚の声に弾かれる様に僕は走った。

既に遮断機は下りている。


胴体と首の霊はおぞましい姿でくねりながら、一也にすがりつくいている。


歪んだ口は一也の耳元で何やら呟いている。


足元の千切れた腕は一也のジーンズが裂けるのではないかと思う程下へ引っ張っている。

逃がさないということだろう。

遮断機を潜ってラグビーのタックルの要領で肩から一也にぶつかっていった。


一也と一緒にゴロゴロと踏切の向こう側へと転がり出た。


出て、ひと息つくと列車が目の前を轟音をたてて通過して行った。

パァーンと音がした。

石が振動で動いたのか、列車の車輪に踏まれて砕けた。

砕けた石の破片が光を浴びてキラキラと光った。


長い貨物列車の下の隙間から向こうを見ると大塚がまだ一心に唱えている姿が見えた。



踏切には千切れた腕がもぞもぞと動いていたが、次第に薄くなり何かを掴むような仕草をしながら消えていった。



警報機の耳障りな音が止み、遮断機が上がると静寂が辺りをつつんだ。


大塚も真言が終わり踏切を渡ってやってきて。

一也の頭と背中をバシバシ叩いて何やら唱えた。


「エイッ!」

と声をかけると一也がハッと我に返った。


目が次第に僕の顔で焦点が合った。

「高山…お前何してんだ?」


「良かった。お前死ぬところだったんだぞっ!」


と言うと、一也は夢をみていたと言った。


彼女が『よく来てくれた』って笑いながら抱きついてきたと。『私と一緒に行こう』

『二本目の列車に乗ろう』と言ったらしい。


「…俺、それもいいかなって思ってた。」




「幻惑じゃ。しかも悪い。あの霊は彼女の悪い部分だけだ。自分だけでは行きたくないという歪んだ念だけじゃ」


大塚はそう言って僕の背中の土を払ってくれた。



「なぁ、大塚、僕聞いたんだ。一也を突き飛ばす時に『チッ邪魔しやがって』って。」


「それが霊の本音だ。…一つ気になるのだ。二本目に乗ると言ったのであろう?」


一也は小さく頷いた。


僕は腕時計で時間を確認する。

「午前1時…時間的にももう列車はない…よな」遠くからピーと音がする。風の鳴くような音だ。

遮断機も警報機も鳴らないのに遠くからぼんやりした光が近付いて来る。


「…来る。近づくでないぞっ」

光は次第に近付いてきた。



それは列車だった。

決して古くない。

都市で走っている様な普通の電車だ。

それが音もなく踏切の上で停車する。

中には沢山の人影が見える。

年寄りも若い人もいる。

みんな普通な人に見えるのだが…


先頭車両の扉が開く。中の人が良く見える。

みんな顔色が悪い。

目は開いているが、どこも見ていない。


電車の影から2つの人影が現れた。


2つとも女性の様だ。

扉の下まで移動するとスッと車内に入った。


列車の中は明るくて二人の姿が見えた。


一人は間違いなくさっきの腕も脚も顔の半分崩れた女だ。

今は普通に綺麗な顔立ちで腕も脚も付いている。



「ミナコ…」


一也はその女を見るとポツリと呟いた。


大塚は隣で小声で真言を唱えはじめた。


扉は音もなく閉まり、電車はゆっくりと動きはじめた。


「ミナコーっっ!!待ってくれ!俺も行くからっ!頼むっ…待ってくれっ」


一也が追いかけようとするのを抑える。


電車は次第にスピードをあげ見えなくなった。



「ミ…ナコ…ミナコーっっ!!」

虫の鳴き声と一也の声だけが

山に響いた。




――――――――――――



後日、大塚に聞いてみた。


「あれは何だったんだ?あと、あの砕けた石は?」


「石は砕けてしまったので解らんがかなり強い念が込められておったのだろう。黒く光っておったであろう。

あの石が霊の悪い部分だけを増長したのだろう。どこから持ってきたのか… 


あの列車は恐らくあの世へ行くのであろうな…初めて見たが。…いや…もしかしたら永遠に走りつづけるだけの霊列車かもしらんがな…」


「永遠に走りつづけるのか…嫌だな…」


「好きな相手とだったらどうじゃ?」

いたずらそうな目で僕にそう聞いた。


「う~ん…どうなんだろ…」


大塚は悩む僕を見て楽しそうな顔をしてコーヒーを煎れてくれた。


好きな相手と電車に乗って永い永い旅に出る。好きな詩集を二人で読みながら。

それはそれで幸せなのかな…


いや、生きてる時ならな…





大塚に聞こうと思って聞けなかった事があった。


ドアの側に立った女の目が光って泣いていた様に見えたのは僕の気のせいだったんだろうか。



    おしまい

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