猫〈外伝・短編〉
シロと言う猫を飼っていた。
雨の降る日の塾の帰り道、自動販売機の下で一匹でニャーニャー鳴いていた。
見つけなきゃ良かったのについ見つけてしまったのだ。
見つけてしまったからには仕方ない。パーカー脱いでくるんで連れて帰った。母親の怒る顔が浮かんだけど置いておく気にはなれなかった。
部屋でミルクを飲ませ乾かしてタオルに載せてやると丸くなって眠った。
母親は意外な事に怒らなかった。丸くなって眠る白いタンポポの綿毛の様な塊を見て、笑いながら飼うのを了承してくれた。
今思えば母子家庭で二人きりの生活を不憫に思ったのかもしれない。
翌日から私なりの世話が始まった。動物病院に連れて行って注射してもらったり猫トイレを買ったり…お小遣いで足りない分は何も言わず母親が出してくれた。
シロと名付けて可愛がった。シロは日に日に大きくなった。
鳴き声が「ナーナー」と聞こえる可愛い猫になった。
学校の友達に話したら雄なら去勢手術した方がいいよと教えてくれた。
かわいそうだけど、春になる度に苦しんだり、脱走していなくなったりするよりもいいと思って手術をした。
中性化したシロはむくむくと太った。丸い毛玉みたいになったシロは相変わらず可愛かった。
でも手術をしてからシロは変わった行動をする様になった。
誰も居ない部屋で威嚇したり何か見えないものに飛びかかっていったり。
いつもは今まで通りのおっとりしたシロだった。
虫でもいるのかなと思ったけどそんなものもなく、私達にだけ見えない何かと闘っているように思った。
シロが家にきて一年過ぎて私は高校に入った。
塾の若い先生がある問題を指しながら
『こんな所が穴場です。僕はこれができなくて第一志望校落ちました』
と苦笑しながら言った所がどんぴしゃ。
おかげで私は志望高校に入れた。
私が高校に入ったのを機に近くの少し広い家に引っ越しをした。
今度の家は古いけど庭もあって縁側も仏壇のある和室もある。お父さんも喜ぶだろう。
ただ新しい家になってからシロの不思議な行動が増えた。
そんなある日の夜の事。シロのギャーっと言う声を聞いて母さんも私も仏壇のある和室に行った。
和室にはシロの眠るベットがある。
部屋の明かりを点けたがシロが居ない。
畳にシロの爪の跡が残っているだけであのコロコロしたシロがいない。襖も窓も閉まっているし、つながってる台所も食堂も閉まっていて外には出られない。隠れられる場所もない。
母親とシロの名前を呼びながら探し回った。
あんなに大きいのだから見つかるだろうと思ったのに見つからない。
最後には母親と二人で泣きながら探した。
シロは消えてしまった。
シロが居なくなって数日過ぎる頃、和室にある仏壇のお父さんの位牌やお供えが畳に落ちてたり、掛けてある絵がいきなり落ちたり、夜中に襖がガタガタいったりする事が起こり始めた。
最初はシロかと思って喜んで探したがシロはいない。
そもそもシロはあの絵の高さまで届かない。しかも落とすなら一度絵を更に高くあげないと外れない。仏壇の供物の位置にも届かない。
母親と私は怖くなった。
毎晩変な音も酷くなっていった。しまいには和室を歩き回る足音まで聞こえる様になった。
母親も私も途中から怖くて2人で同じ部屋で寝る事にしたが和室が気になってなかなか眠れない。
二人共、寝不足で苦しんでたある日、塾で眠ってしまった。
授業後、担当の大月先生に怒られた。
仕方ないじゃん寝てないんだから!と思った。言わなかったけど。
理由は?と聞かれたので、シロの事や足音の話をした。
どうせバカにするんだろうなと思っていたら、真面目に聞いてくれて中学部の先生を紹介された。
高山と呼ばれたその先生は、いつか、問題が出来なくて志望高校に行けなかった先生だ。
高山先生は私の顔を見ると
「あ、元僕の生徒!」
と笑いながら言った。
高山先生に話しを最初からすると
「大塚さんだったら…」
「どうかな…」
とか話していたが高山先生が携帯で話してくれてシロ探しを手伝ってくれる人を紹介してくれるらしい。
「でも私、お金ないです」って言ったら高山先生が「シロが見つかったら撫でさせてくれたらいいと言ってる」って言ってくれた。
翌日、家に高山先生と可愛い感じなんだけどちょっと目つきが猫っぽい女の人がやってきた。
母親と一緒に挨拶した。
「大塚です。」と頭をさげた。感じのいい人なんだけど高山先生と話してる時の話し方がちょっと独特。「…であろう」とか「…まいれ」とか。ちょっと笑いそうになった。
大塚さんと高山先生と私で和室に入る。
「これが引っ掻き傷だな?ふむ。」
そういうと大塚さんは私達に静かにする様に言ってからパァーンと手を叩いた。 しばらく音の余韻を聞いていたみたい。 それから指で色んな形を作ってブツブツと何か唱え始めた。
しばらく唱える声が聞こえたが急に
「高山!あそこじゃ!」
と叫んで部屋の隅を指差した。
シロの爪跡が伸びている先だ。
その部屋の隅はなぜかもやもやしていた。
大塚さんは何か唱えながらゆっくりと隅に近づいて行き更に強く何か唱えはじめた。
もやもやから何かチラリチラリと白いものが見えたり消えたりした。それは人の手みたいだったり長いものだったりした。
どの位経ったのだろう、大塚さんが「高山!それじゃ!引け!」と怒鳴った。
高山先生はもやもやの中に見え隠れしている白い丸いものを掴んで引き出した。
なんかぬるぬるしたものに覆われてた物が和室の真ん中に、べちゃりと投げ出された。
フギャッ!
丸い物はシロだった!なんだかぬるぬるしたものが付いていたが間違いなくシロだった。
大塚さんは「閉じるぞ」と言って何やら唱えてもやもやを消した。
私は泣いてしまった。母親も泣いた。嬉しかった。
シロは洗われて乾かされて機嫌が良くなかったが私は構わず抱きしめた。
大塚さんは説明してくれた。
ここには霊道がある。霊界と現実界の交差点だ。シロは引きずり込まれたのだろう。夜歩き回る奴らにとってシロは邪魔だったので引きずり込んだんじゃないか?
そんな話だった。私にはよく解らなかったが、母親は大塚さんにお札を貰って説明を受けていた。
それから大塚さんは時々家にやって来てシロと遊んで帰る様になった。私も大塚さんと仲良くなった。
「なぁ、辻、ぬしもそう思うであろう」
時々そんな風に変わった口調で話掛けられると嬉しかった。
おしまい