最終話:坩堝
時は流れた。
あの日を境に、世界は決定的に変わった。
誰もが異能力を持ち、誰もが異常を抱え、
秩序は壊れ、国家は揺らぎ、
新たな戦争と革命が世界各地で巻き起こった。
だが、人々は必ず一つの名を口にする。
――『坩堝』
全ての異能力の始まり。
全ての混乱の原因。
そして、同時に全ての“希望”を撒いた少女。
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少年は、その混乱の只中で成長していた。
時に争いに巻き込まれ、
時に誰かを救い、
それでも彼の胸には一つの願いが残っていた。
「君が普通に笑いたかった、その世界を……俺が作る」
彼は幾度も繰り返し口にし、戦い続ける。
やがて、彼の背中を見て動き出す者たちが現れる。
力を欲望のために使う者。
力を守るために使う者。
その狭間で、人々は「選ばされる」ようになった。
――坩堝が残した、ギフトの代償。
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ある夜。
少年は夢を見た。
瓦礫の中で、泣きながら笑おうとしていた少女。
「わたし……普通に……笑いたかったんだ……」
あの時の声が、鮮明に耳に残っている。
彼は夢の中で、その手を取った。
もう一度、強く。
「君は確かに生きていた。俺が証明する」
そう告げると、少女は微笑み、やがて消えていった。
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後世に残された記録は、矛盾だらけだ。
ある者は「災厄の少女」と呼び、
ある者は「神の使い」と讃えた。
ある者は「ただの犠牲者」と記した。
だが、一つだけ確かなことがある。
――彼女は最後まで、普通の少女であろうと願った。
そして、その願いは少年に、世界に、確かに刻まれていた。
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夕暮れ。
少年は丘の上で、静かに祈りを捧げる。
空には夕日が赤く染まり、
まるで坩堝の瞳を思わせる深紅に燃えていた。
「……見ててくれ。君の願いは、俺が必ず――」
風が吹き、草原を揺らした。
それはまるで、少女が微笑んで答えてくれたかのようだった。
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こうして、『坩堝』の物語は終わる。
だが同時に、世界の物語はここから始まる。
彼女が撒き散らした“ギフト”が、
人類の未来を破滅へ導くのか、
あるいは希望の礎となるのか――
その答えを知るのは、まだ誰もいない。