第5章:世界に広がる異能力
世界は、一夜にして変わった。
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崩壊した研究所の跡地。
瓦礫の中心で、坩堝は静かに横たわっていた。
彼女の体からは、もはや光も力も溢れてはいない。
ただ、かすかに息をしているだけだった。
その手を、少年が強く握りしめていた。
血に濡れ、震える指先で。
「……どうして……どうして君がこんな目に……」
彼は何度も問いかけるが、答えは返ってこない。
それでも、坩堝の唇がわずかに動いた。
「……約束……果たせなくて……ごめん……ね」
「違う! 君は……君は最後まで……俺を守ってくれたんだ!」
涙で滲む視界の中、少年は必死に言葉を投げかける。
だが彼女の意識は、もう遠ざかっていた。
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その瞬間、瓦礫の外から異様な光景が広がっていった。
街の灯りが一斉に明滅し、
空に奔る稲妻が地上に突き刺さり、
人々の体から、説明不能の現象が次々と起こり始めた。
炎を操る者、空を翔ける者、
石ころ一つを黄金に変える者、
逆に、他人の心を暴いてしまう者――
異能力は、無差別に。
誰も望まぬままに。
坩堝の意思とは無関係に、世界に撒き散らされていた。
「……これが……君の選んだ……最後の……」
少年は呟きながら、少女を抱きしめた。
その小さな体は、もはやただの“器”ではなく、
世界そのものを変えてしまった“原点”となっていた。
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数日後――
世界中でニュースが飛び交った。
「人間に異能力が出現」「各地で混乱」
その言葉に、政府も軍も、宗教も科学者も混乱するばかり。
だが、そんな騒ぎとは無関係に、
一人の少年は、瓦礫の丘の上で静かに祈りを捧げていた。
「……絶対に、忘れない」
「君が、普通に笑いたかったってこと……俺が叶えてみせる」
その決意が、彼の新たな旅路の始まりとなる。
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だが皮肉にも――
彼女が最後にばら撒いた異能力は、
人々を救う光であると同時に、
新たな争いと悲劇を呼び込む“火種”でもあった。
そしてその混沌の果てに、
「坩堝」という名は伝説となって語り継がれることになる。