第4章:抑えきれない暴走
実験室の照明が、突然明滅を始めた。
ガラス管の中で、無数の液体が泡立ち、警告音が鳴り響く。
「……限界を超えている!? まだ適合率は……」
研究員たちが慌てふためく中、中心に座らされた坩堝の体は痙攣していた。
「や……めて……もう、これ以上……」
両手が震え、指先から黒い影のようなものが溢れ出す。
次の瞬間、壁に吊るされた金属器具が溶け、
モニターが粉々に砕け散った。
「能力が……暴走している!」
研究者の声が響いたときには、すでに制御不能だった。
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坩堝の意識は深い闇に沈んでいた。
そこは自分ではない誰かの記憶、声、感情が入り混じる「坩堝」の中。
無数の異能力者たちの断片が、彼女の中で叫んでいる。
『壊せ』
『奪え』
『逃げろ』
『死ね』
それは自分の声なのか、他人の声なのかすらわからない。
叫びの奔流に心を掻き乱され、少女は頭を抱えた。
「やだ……やだよ……私……普通でいたいだけなのに……!」
しかし次の瞬間、彼女の目が見開かれる。
その瞳は深紅に染まり、意識が別のものに侵食されていく。
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研究所全体が、軋みを上げて崩れていった。
天井の蛍光灯が爆発し、床からは亀裂が走る。
壁は捻じ曲がり、空間そのものが歪み始めていた。
研究員たちは逃げ惑い、次々と異形の力に飲み込まれる。
影に呑まれる者、時を止められたまま動けなくなる者、
錯覚に狂わされ、自分自身を傷つける者――
「……これが……坩堝か……」
研究者の顔は狂気と歓喜に歪んでいた。
しかし次の瞬間、その体も異能の奔流に呑まれ、
まるで存在そのものが消し去られるように跡形もなく消滅した。
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ただ一人、少年だけが彼女の前に立ち塞がった。
「坩堝! やめろ!」
彼の声が、崩壊する世界に響く。
少女の瞳は赤く濁り、もはや理性はほとんど残っていなかった。
それでも――その声だけは、わずかに届いた。
「……君……なの……?」
一瞬、揺れる瞳。
そこに残っていたのは、ほんの僅かな人間らしさだった。
少年は、傷ついた体を引きずりながら近づく。
周囲の床が崩れ落ちても、壁が歪んでも、構わなかった。
「約束しただろ……! 外に連れて行くって! だから……戻ってこい!」
坩堝の胸が激しく波打つ。
壊れていく精神の中で、その言葉だけが真実のように響いた。
「……わたし……普通に……笑いたかった……」
彼女の口から、涙混じりの声が漏れる。
次の瞬間、暴走の波が収まることはなかった。
むしろ感情に呼応するように、さらに広がっていく。
坩堝は自分自身の崩壊を悟った。
――この力を、自分の中だけで終わらせることはできない。
だから彼女は最後の異能力を解放する。
「……ごめんね」
「え……?」
「わたしの力、全部……みんなに……わける……」
その言葉とともに、無数の光が坩堝の体から溢れ出した。
世界に散らばるように、無差別に。
誰彼構わず、異能力を“付与”する。
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轟音とともに研究所は完全に崩壊した。
残されたのは瓦礫と、止まった時計の針。
だが、その瞬間を境に――
世界は、変わってしまった。