第3章:異能力の詰め込み
研究所の地下深く――
重厚な扉の奥に、かすかな悲鳴が響いていた。
「……やめて……もう、無理……!」
椅子に固定された坩堝の体が、痙攣するように震える。
無数の管が彼女の腕や背中に刺さり、赤い液体が絶え間なく流れ込んでいた。
研究者は無表情で記録を取る。
「順調だ……まだ耐えられる。彼女の器は壊れていない」
――器。
その言葉は、少女を人間として扱っていない証だった。
体の奥に、焼け付くような熱が広がる。
視界が歪み、耳鳴りが響く。
頭の中に、知らない声が溢れ込んでくる。
「やめて……! 私の中に……勝手に入ってこないで!」
それは、彼女に押し込められていく異能力者たちの残滓。
力だけでなく、時に“意識”や“記憶”までもが流れ込んでくる。
彼女は叫び、泣き、そして耐えるしかなかった。
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少年は、その光景を何度も見ていた。
隔壁の向こう、ガラス越しに彼女の苦痛を見せつけられる。
拳を握りしめても、どうすることもできない。
「父さん……! もう十分だろ! これ以上は……!」
「黙れ」
研究者の一言で、少年の声は封じられる。
反抗することは許されない。
だが、少年の瞳は確かに揺れていた。
そこにあるのは、実験体ではなく「一人の少女」だった。
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数週間、数か月と実験は続く。
坩堝の体は確かに変わっていった。
触れたものが別の物質に変わり、
目を閉じれば時の流れが逆行し、
怒りや恐怖を感じれば、周囲の人間の精神が歪む。
「……どうして……私、こんな……」
自分の手を見つめるたび、少女は震える。
その手は、もう「普通の女の子」のものではなくなっていた。
夜、訓練室の片隅。
廃材に腰掛けた彼女の隣に、少年が座る。
「……君は悪くない」
彼の声はかすかに震えていた。
「俺は見てた。君は何も望んでなかった。全部、父さんが……」
「でも……私のせいで、みんな……怖がって……」
涙が零れ落ちる。
少年は迷わず、その涙を指で拭った。
「君が泣くのは、違う。君は、ただ……普通に生きたかっただけだろ?」
「……うん……」
その瞬間、坩堝は彼に縋りつくように抱きしめた。
熱い涙が制服を濡らす。
少年は何も言わず、その肩を強く抱き返した。
それは禁じられた関係。
しかし同時に、彼女が人間でいられる最後の拠り所でもあった。
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だが、研究所の狂気は止まらない。
「……まだ足りない。まだ彼女の器は壊れていない」
研究者は冷徹に呟く。
次々と注ぎ込まれる異能力。
坩堝の精神は限界を迎えつつあった。
――それでも。
彼女の胸には、少年と交わした「小さな約束」だけが残っていた。
外の世界へ行きたい。
普通の少女として笑いたい。
その願いは、刻一刻と潰されながらも、必死に彼女を生かし続けていた。