15:『愚者の園』
「呪殺屋のサイトは実在していました」
事務所のテーブルにサイトのページをプリントアウトしたものを並べ、行平は言葉を継いだ。
「呪殺屋にも逢いました。まだ若い男でしたよ」
行平が提示した調査書に目を落としていた相沢が、ふっと笑った。
「いい男だっただろう、案外」
「相沢さん」
底意地の悪い笑みに、行平は嘆息した。
「知ってたんなら、俺に依頼しなくてもいいでしょうに」
「俺が知ってるってわかっていても、こうやって律儀に結果を伝えてくるからな、おまえは」
「馬鹿にしてますよね、絶対」
「いや? おまえのそれは嫌いじゃない」
調査書をテーブルに戻して、相沢が足を組み替えた。
「相沢さん」
訊こうかどうしようか。訊いたところで意味はないのかもしれない。そう疑いながらも、行平はすっと息を吐いた。
「なんで、俺に調べろなんて言ったんですか?」
相沢のことを信じていないつもりではない。だが、知らないことが多すぎると思っている。
相沢は読めない瞳を笑ませ、あっさりと答えた。
「おまえが知っておいて損はないと思ったからだ」
「あなたの口から聞いたのでは意味がないと?」
「自分で判断すべきなんだ、本来なら全部な」
人から聞かされた情報ではなく、自分の眼で。手で。
それは、行平の知る相沢らしい言葉だった。警察署にいた折も、相沢はそうだったと思い出す。行平が判断したものであれば、根拠が「視える手」であったとしても、しっかりと耳を傾けてくれた。
「あれはあなたの関係者なんですか」
「関係者だというと語弊はあるが、否定はしない。ただ、俺にはあんな化け物じみた力はないから、妙な期待はするなよ」
「しませんよ」
苦笑して、行平は机上の紙面を一か所に集めた。またファイリングが増えることになる、きっと。
「だから、神野もこのビルに入居させたんですか」
いつか役に立つと思ったから拾った。そう言っていたのは、相沢本人だ。神野も見沢の兄妹も。ここにいるのは、一筋縄ではいかない人間ばかりだ。
「おまえと一緒だ」
「は? 俺と、ですか」
「ここにいたほうがいい人種もいるってことだ。変なものばかりが集まる場所だからな」
「化け物ビルってやつですか」
これも相沢が言っていた台詞である。だが、もう否定しようとは思わなかった。必要とあらば、きっと行平も右手を使う。
それで救えるなにかがあるならば。
「化け物だらけだからこそ、わかりあえるものもあるってことだろう」
「まだ謎だらけですけどね」
呪殺屋も、詐欺師も、そして自分の記憶ですらも。
けれど、そのすべてはこれから付き合っていけばいいものだ。このビルにいる限り。
「頼んだぞ、管理人」
片眉を上げた相沢に、行平は苦笑して頷いた。またなにかあれば頼む。そう言って、相沢が立ち上がった。
探偵事務所を出る寸前、相沢が振り返った。
「そういえば、滝川。知ってるか? このビルの名前」
「名前? 化け物ビルじゃないんですか」
そもそもそれも名称なのかどうかは疑わしいが。首を傾げた行平に相沢が口元を笑ませた。
「愚者の園」
「愚者って、愚か者ですか」
あんまりと言えばあんまりな名称である。そして付けたのは間違いなくこの人だと確信する。
「紛い物同士、補い合って生きていくための掃きだめだ。おまえにぴったりだろう?」
――紛い物。
それは、あの呪殺屋が口にした台詞と同じものだった。行平は自身の右手に視線を一度落とした。
それから顔を上げる。
「そうですね」
補い合って生きていく。きっと、そういう場所なのだ、ここは。
そして、再生の場所。まだまだわからないことばかりではあるが、ここにいれば変わっていくのだろう。良くも悪くも。なにせ、自分は生きているのだから。
相沢を見送ると、のそのそと犬が近づいてきた。マイペースな犬も、来客時は離れた場所に行く習性がついたらしい。
いい加減、『犬』以外の名前を付けてやろうかとも思うのだが、存外『犬』という名前に愛着が沸いてしまっている。
それもこれも全部、呪殺屋のせいだ。
やけくそ気味に総括して犬を抱き上げる。途端、見計らったように事務所の電話が鳴った。商売繁盛、良いことだ。
「はい。滝川万探偵事務所。――えぇ、はい。他所では相手にされないような相談でもうちは承りますよ。例えば、そう、不可思議もね」




