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愚者の園  作者: 木原あざみ
案件1.月の女王
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06:呪いと少女2

 閑静な住宅街が多いことで有名な駅で降り、小高い丘になっているほうへ進むこと十数分。私立陵女学院の歴史ある赤煉瓦調の門扉が、行平の視界に飛び込んできた。テレビと同じ光景である。

 その門扉の脇に警備員の姿を視認した行平は、さりげなく歩くスピードを緩めた。ちらほらと目につく男たちは、おそらくマスコミ関係者だろう。この暑い中、まったくご苦労なことだ。 

 スマートフォンにかかった電話を取るていで、正門に背を向ける。公権力を持っていたころならいざ知らず、しがない探偵が快く迎え入れてもらえるはずもない。


「……裏門なぁ」


 自信満々の詐欺師の言を信じるようで癪ではあるが、正門より裏門のほうが近づきやすいことは事実だった。

 ひとつ路地を入って、裏門に続くだろう方向へ足を進める。背後では、終業時間を告げる鐘の音が重く響いていた。


 ――それにしても、マスコミもご苦労なこったな。


 嫌味九割で、胸中で繰り返す。連日高校の周りをうろついているのだとすれば、生徒はもとより近隣住民にとっても迷惑な話にちがいない。

 スマートフォンを仕舞って、ふたつめの路地を曲がった瞬間。行平の耳に甲高い声が届いた。昨日の少女と酷似した、ヒステリックに誰かを糾弾する叫び声。

 まさか、と反射で否定しそうになった行平の脳裏に、それ見たことかとばかりの詐欺師の笑顔が浮かぶ。


『裏門までに続く道に、探し物は落ちているわ』


 予言なんて信じてたまるか。そう切り捨てて無視をしたいのは山々だったが、少女の声はヒートアップする一方だ。

 気に食わない見沢の予言と、すぐ近くで発生している諍い。

 躊躇を捨て、行平は現場へ踏み込んだ。果たしてそこに在ったのは、同級生と思しき少女に掴みかかる昨日の少女――鳴沢英佳の姿だった。


「あんた……、昨日の!」


 闖入者を見とめた英佳が、きっと目元に力を込めた。その勢いのまま、掴みかかっていた少女をドンと突き飛ばす。

 よろめいた少女がアスファルトに倒れ込む姿に、行平は色を成した。


「おい、きみ!」


 少女たちが諍いを起こしていたのは、路地のどん詰まりだ。入口に自分が立ちふさがっている以上、行平の脇をすり抜けないことには場を脱することはできない。

 理解しているだろうに、英佳は行平から目を逸らさなかった。睨み上げたまま、一歩ずつ近づいてくる。あたしはなにも悪くない。昨日の叫びは、今も彼女の全身から発され続けているようであった。

 必要以上に刺激しないよう、静かに呼びかける。


「鳴沢さん」

「なんであたしの名前を知ってるの、あんた」


 行平の目の前で立ち止まった少女が、不快そうに眉を上げた。


「昨日、きみが呪殺屋に投げつけた人型に、その名前が書いてあった」


 逡巡を呑み込んで、事実を告げる。黒い人型。彼女が恐れていただろう、呪い。敵意ばかりだった勝気な瞳に走った怯えを、行平はたしかに見た。


「鳴沢さ……」

「知らない! あたしじゃない!」


 怯えを激高で押し込めることにしたらしい少女が、行平を押しのけようと動く。腕を掴むかどうか、行平は瞬時迷った。

 その隙を英佳は見逃さなかった。脇をすり抜けると、一目散に走り去っていく。


「鳴沢さん!」


 あっというまに小さくなる背中に、行平はもう一度呼びかけた。止まってくれたらと願いはしたものの、あの頑なさではこちらの話を聞いてはくれないだろう。

 警察官としてあの年ごろの少年少女と関わっていた経験が、推測を後押しした。


 ――しかたないな、本当に。


 溜息を隠して、路地の奥へ視線を向け直す。伏せるように倒れ込んでいるのは、髪の長い少女だった。


「ええと、大丈夫?」


 精いっぱい優しく響くよう意識して、声をかける。詐欺師に言われずとも、強面の自覚はあるのだ。

 少女はなにも言わない。転がった鞄からは、大手チェーン塾のテキストや学校の教材が飛び出していた。教科書の類はすべて学校に置きっぱなしだった自分とは大違いである。

 場違いな感心を抱きつつ、足元の教科書を拾おうと行平は屈み込んだ。けれど、自分の指が届くより、さっと少女がかき集めるほうが早かった。


「大丈夫?」


 蹲ったままきつく唇を噛む少女に、そっと問いを繰り返す。放っておけなかったのだ。


「よければ、学校に一緒に戻ろうか?」


 鳴沢英佳とは正反対の雰囲気の、大人しそうな少女だ。もしいじめられているのであれば、証人として学校関係者に説明してもいい。その意図を察したらしい少女の肩が、ぴくりと揺れる。


「たいしたことはできないけど、説明くらいだったら」

「大丈夫」


 説得を遮ったのは、感情のない一本調子の台詞だった。


「どうせ、すぐにいなくなるから」

「え……?」


 瞬間、ざわりと強い風が生まれた。吹き溜まりのようになっているのか、風の音が強い。夏の湿気をはらんだ生ぬるい風が、少女の声を上空へと攫っていく。


「私は、大丈夫」


 行平へというより、自分自身に言い聞かせているようでもあった。

 戸惑っているうちに、立ち上がった少女が俯きがちに歩き出す。鳴沢英佳と違い、目が合うことは一度もないままだった。


 頼りない背中を漫然と見送った行平は、やるせない溜息をこぼした。

 仮にいじめであったとして、それは自分が出る幕なのだろうか。仮に鳴沢英佳を呪った誰かがあの少女だったとして、それはどんな罪になるのだろうか。そもそもとして、証拠も、根拠もなにもないのだ。けれど。


「確証がないなら、自分で調べるしかねぇよな」


 踏み出してしまった以上は、そうするしかない。

 警察官時代の行平に、納得いくまで調べて見極めろと指導してくれたのは、数期上の先輩だった。その彼の番号を呼び出して、鼓舞するように深く息を吐く。


 先程の風に消えた声は、本当に少女の口から漏れたものだったのだろうか。空耳だったのだろうか。それとも、意図せず視てしまった彼女の内面だったのだろうか。


「おひさしぶりです、相沢さん。俺です、滝川です。今、時間大丈夫ですか」


 繋がった先で、変わらない笑い声が立つ。どこか人を食ったような、皮肉なそれ。

 性格が良いとはお世辞にも言えない先輩だが、それでも。警察官時代の行平の唯一と言っていい味方だった男で、現在は雇い主でもある男なのだ。自社ビルを化け物だらけと評して憚らない大家。相沢創司。

 その相沢が、「かかってくるころだと思っていた」と住人と比べても遜色のない物言いで嘯いて、行平をあるところへ誘った。


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