09:『呪殺屋本舗』
「それで? 見たいの、見たくないの? 見たいのなら、ゆきちゃんの携帯を貸してごらんなさい」
「なら、頼む」
笑顔の詐欺師に携帯電話を貸すことへの躊躇は沸いたが、今更である。鼻歌交じりに操作を始めた見沢に、行平は疑問を投げかけた。
「なぁ、見沢」
「あら、なぁに?」
「呪殺屋ってのは、そんなに何人もいるものなのか?」
「あなたみたいな探偵崩れも何人もいるんだから、神ちゃんみたいな呪殺屋が何人いても不思議ではないんじゃないかしら? あなたと一緒で、ピンキリでしょうけど」
行平は実在の呪殺屋を一人しか知らない。だから、呪殺屋と言われたときに思い浮かぶ人物は一人だけだ。
自分ならできると自信満々に微笑んでみせる男。そうして有言実行に呪いを打ち返してみせた男。
だた、と行平は思う。少なくとも、行平はあの男が悪意を持って力を行使した瞬間を直視したことは一度もないのだ。
「そのサイトの呪殺屋はピンなのか?」
「まぁ、ピンでしょうね。勿論、あの子もピンよ。滅多と見ないくらいのね。とは言っても、やり合わないに越したことはないでしょうけど」
ほら、ゆきちゃん。
見沢が転回させた携帯電話の画面には、真っ黒いページが表示されていた。呪殺屋本舗。そこに白抜きの文字が徐々に浮かび上がる。
あなたの恨み、代行いたします――。
見沢から受け取り、行平はページをスクロールした。だが、それ以上の説明はどこにもない。悪戯じゃないのかと疑いかけた行平を「ゆきちゃんだって機械に弱いんじゃない」と笑い、見沢は指先を画面に伸ばした。
その指先が、呪殺屋本舗の「呪」の文字をタップする。
「これで連絡を付けてたのか……」
リンクされていたのは、スレッド式の掲示板だった。いくつものツリーが並んでいるが、どの件名もマイナスな文字ばかりが躍っている。「呪い殺してほしい」、「憎い相手がいる」。
一番新しい書き込みは、つい二十分ほど前のものだった。「呪殺依頼」と書かれた件名をタップすると、詳細が現れる。
「親友だと思っていた皆川麻衣に恋人をとられた。私を裏切ったあの女を殺してほしい? って、さっきの子の書き込みか、もしかしなくても」
さらに書き込みを追いかけると、少女のスレッドに返信が付いていることがわかった。
「本日、午前二時、高尾神社の境内にて。……これが呪殺屋からの返事か?」
「便乗した変質者だったら、それこそおまわりさんの出番ねぇ」
「冗談になってねぇぞ、それ」
げんなりと呟くと、行平は新たなページを開いて神社の場所を検索した。ここからバイクで十分ほどの距離だ。
「ねぇ、ゆきちゃん」
ルートを考えながら携帯の画面を追っていた行平の耳に、見沢の醒めた声が落ちる。
「サイトが実在しているって、これでわかったじゃない。ならもういいんじゃないの。逢いにまで行く必要があって?」
「おまえ」
自分に相談に来た少女を突き放す調子に、行平は色を成した。
「放っておけるわけないだろ。一時の激情で、子どもが取り返しのつかないことをしようとしてるんだ。それに」
「それに?」
「俺も、呪殺屋に逢って、話をしてみたい」
なぜ呪殺屋なんてものをしているのか。まだ分別のついていない子どもを操って、相手を殺させる。そのことを、どう考えているのか。
応じた行平をじっと見つめていた見沢が、ぽんと手を打った。さも今思いついたという調子で。
「そうだ。ゆきちゃん」
「……なんだよ」
「あなたさっき、ピンなのかって聞いたでしょ? 確かめたいのなら、本人に聞いたらいいわ」
「いや、だから、俺は」
「神ちゃんじゃなくて。うちの大家」
唐突に出現した相沢の名前に、思わず「え?」と怪訝な声がもれる。
「神ちゃんも言ってたわよ。あの黒い人型を見たときに。これは天野の秘術だって。天野っていうのはね、呪術を生業にしている西の一族なんだけれど」
急展開する話に、まったく頭が付いつかない。目を白黒させる行平に、見沢はお構いなしに爆弾を投下した。
「うちの大家は、その天野の関係者」
大家。相沢さん。今回の件を行平に教えてよこした張本人。
「だから、あなたに調べさせるまでもなく、知っていたと思うわよ。あの人はね」
「じゃあ、なんで。そんな面倒臭いこと」
回り切らない頭でようやく呟けば、見沢は興味がないことが丸わかりの顔で微笑った。
「そんなの。本人に聞いてみたらいいじゃない? お友達なんでしょう?」
自分と相沢の関係は、決してお友達ではない。ついでに言うならば、「お友達」とやらは騙し合う関係であってほしくないし、腹の探り合いもしてほしくないのだが。話せば解決できる可能性のあるすれ違いで、「呪ったり」などしてほしくもない。行平は黙り込み、見沢から視線を外した。呪殺屋のサイトの画面を改めて見つめたまま、考える。
永原悠は、行きたがるだろうか。もし、呪殺屋に逢う機会があったとすれば。
自分が選択した「呪殺」を思い留まらせる機会があると知ったならば。
丑三つ時に二十代半ばのおっさんと女子高生。巡回中の警察官に声を掛けられたら、一貫の終わりだな。現実逃避のようなことを考えながら、行平はメールのアイコンをタップした。送る相手は相沢ではない。先ほど聞いたばかりの少女のアドレス。
永原悠へ、だった。




