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愚者の園  作者: 木原あざみ
案件4.愚者の園
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07:言霊の呪い

「意識は場に溜まるとか、ペンは剣よりも強しとか。病は気からとか。結局そういうことなんだよね。人間は言葉に支配されて、生きている。良くも悪くもね」

「言霊には力があるってヤツか?」

「そうそう、それ。よく覚えてたね、滝川さんのくせに」


 こいつは俺のことをなんだと思っているのか。楽しそうに喉を鳴らした呪殺屋に、行平は小さく息を吐いた。


「相沢さんも言ってたからな」

「あぁ、あの二枚舌ね」

「二枚舌って、相沢さんな。相沢さん」

「伝わるんだから、問題ないでしょ」


 眉をしかめた呪殺屋が、犬に手を伸ばす。その動きに呼応して、違わず犬の顔が緩んだ。嬉しそうなそれに、随分と懐いたな、と感心する。責任を持てないと言っていたのはどの口か。こうやって、自分の帰りが遅いと判ずれば、散歩にも連れ出してくれている。


「おまえや相沢さんの言う、言霊には力があるっていうのは、有名な話なのか?」


 行平は、人生で三度しか聞いたことがない。呪殺屋はあからさまに目を眇めた。


「あんたの初恋の亡霊話? というか、じゃあ逆に聞くけど、あんた、その亡霊の家を今でも覚えてる?」

「覚えて……」


 反射的に応じようとして、行平は言葉を切った。思い、出せない。

 少女の家にどうやって自分が辿り着いたのかも、なにもかもが曖昧な事実に愕然とする。覚えているのは、少女の家が古めかしい旧家で、まるで寺のように広大だったことだけだ。どこまでも続きそうな塀に沿って、我武者羅に走った夜は覚えている。

 そうして辿り着いた門扉には、表札がかかっていたはずだ。だが、文面を思い出すことができない。

 あの日以来、一度も足を向けていないからだろうか。いや、そもそも、なぜ、自分は、あの少女に逢いに行こうとあの夜以来、思わなかったのだろう。


「あんた、やっぱり呪われたんじゃないの。初恋の亡霊に」


 呆れ声で断言され、行平は黙り込んだ。そうなのだろうか。だが、十五年も前で、行平自身、妹の事件で頭がいっぱいだったころの話だ。記憶があやふやになっていても仕方がないのかもしれない。

 悶々と悩み出した行平に、呪殺屋がふっとした笑みをこぼした。


「話がだいぶ逸れちゃったね。まぁ、元を正せばあんたのせいだけど」


 膝に乗りたいとせがむ犬を、呪殺屋の白い指が抱き上げる。


「誰かの悪意が人を死に至らしめることはある。それを高める手伝いをするのが呪具だ。呪いの藁人形だとか、人型だとか、そういったものだね。でも、それもあくまで補助器具に過ぎない。大元は、結局のところ、誰かの悪意なんだ」

「永原悠を襲おうとした黒いもや。おまえ、あれも邪念だって言ってたな、たしか」

「醜いよね。あれが誰かを呪い殺そうとまで思う人間のエゴだ」


 呪殺屋は変わらず笑っていた。


「自分の感情の発露で、他人を死なせるんだ。それ相応の反発はあって然るべきだろう。こういうと身も蓋もないけどさ、そもそもが、呪われた相手からすれば、自分を呪い殺そうと思っている相手を憎く思わないわけがないよね」


 あんたにその覚悟はあったの? あの夜、少女に問いを突き付けたのは、この男だった。けれど、彼女を救ったのもこの男なのだ。行平は、なにもしていない。


「誰かを呪い殺したいのなら、隣に自分の墓穴も準備しろ。それだけのことだよ」


 さらりと告げ、呪殺屋が犬を抱いたまま立ち上がった。木漏れ日が呪殺屋の髪を照らしている。


「俺、そろそろ戻るね。あんたもいつまでもこんなところにいると熱中症になるよ。可哀そうだから犬は俺が先に連れて帰ってあげる」


 恩着せがましく微笑んで、犬の手を振る。おうと曖昧に応じた行平に、呪殺屋は一瞬、真顔になった。


「あの二枚舌になにを言われたかは知らないけど。滝川さん。あんまり自分の専門外の分野に首を突っ込まないほうがいい」


 おまえは専門じゃないのか。問いかけた口を閉ざし、行平はもう一度曖昧に相槌を打った。

 本当に気になるのなら、当事者に聞くのが一番よ。つい先日。見沢がもたらした苦言が鼓膜に蘇って、行平は一人になったベンチで顔を手に埋めた。

 また、はぐらかされてしまった。だが、と行平は苦虫を噛む。

 あいつは家にかかわることに触れられたくないんだろう。その事情を、知りはしないけれど。

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