06:言霊と呪い
「罰、ねぇ」
事務所に戻る気になれず立ち寄った公園のベンチで、行平はぼんやりと呟いた。
夏の日暮れは遅い。木陰にはなっているものの、座っているだけで汗が滲み出るありさまだ。こうも酷暑が続くせいか、それとも昨今の子どもは屋外で遊ばないのか。公園内に子どもの気配はあまりない。
園内にいる多くが、健康のためにとウオーキングに勤しむ年配者か、犬を散歩に連れ出しているご中年ばかり。その歩みを見るともなしに眺めながら、行平は小さく息を吐いた。煙草に伸びそうになる手を押しとどめて、空を仰ぐ。
本当にわからないのだと永原悠は言った。
呪殺屋のサイトの噂は陵にいた頃に聞いたことはあった、と。そして、幼馴染みが遺した人型を見て、あの噂は本当だったのだと知った、と。
どうにかして自分がそのサイトを探し当てたことも事実だが、ただ、どうやって辿り着いたのかが思い出せない。履歴がないから、痕跡を辿ることもできない。
そんなことがあるとは、行平には思えなかった。ただ、少女が嘘を吐いていると思うこともできなかった。
「滝川さん。あんた、俺に犬の散歩まで押し付けて、なにを一人で黄昏てるの」
「神野」
さすがに公共の場で『呪殺屋』と呼ぶわけにもいくまい。またしても突如として目の前に現れた呪殺屋――おまけに言葉のとおり犬を抱いている――に、行平は頭を下げた。
「あー、悪い。助かった」
「まったく悪いって思ってないよね、あんた、それ」
呆れ顔の呪殺屋が行平の隣に腰を下ろす。地面に下ろしてもらった犬は、足元で赤い舌をはっはと出していた。暑いらしい。呪殺屋は見ているほうが暑い法衣姿だが、着ている本人は汗のひとつも掻いていなかった。いつものことだ。
蝉の声がする。
「なぁ、神野」
犬に視線を落としたまま、行平は尋ねた。
「人を呪わば、穴二つって、どういう意味だ?」
風が吹き抜けていくのを、なぜか強く肌に感じた。
「なぁに、滝川さん。とうとう、呪いたい相手でも出てきたの?」
揶揄を多分に含んだそれに、行平は呪殺屋に視線を移した。想像通りの顔で呪殺屋は微笑んでいた。
「知ってるだろうが。ついさっきまで逢ってたんだよ、あの子に」
「ふぅん。それで、あれだけのことをやらかしておいて、自分がどうなるかを気にしてるって?」
「おい、呪殺屋」
「というか、一応、前にも訂正したと思うんだけどさ。俺、『呪殺屋』じゃないからね? 俺は、ただのなんでも屋さんです」
そういえば、過去に何度か主張されたような。沈黙した行平に呪殺屋が畳みかける。
「俺はね、滝川さん。頼ってくれる誰かの願いを叶えてあげているだけなんだ。ただ、残念なことに、誰かの幸せを願う人間より、不幸を願う人間のほうが多くてね」
嫌な世の中だよね。猫のように呪殺屋が目を細める。これも聞いたことがあると思った。あれはいつだったか。
この世に呪いは蔓延していると嗤っていた。
「負の感情の連鎖だ。そして、それを断ち切る術を持たない人間が多い。だから、……そうして呪いが溢れ返るわけだ、この街に」
呪殺屋の声は平坦で、目立った感慨はなにもなかった。




