03:『呪殺屋』
錫杖の音が、しゃりんしゃりんと闇の中に響いている。
たしかなリズムを刻む涼やかな音は、頭のすぐ近くで響いているようにも、離れたところで鳴っているようにも思えた。
錫杖を鳴らしているのは、襟足にかかるほどの黒髪を組紐でまとめた若い男だった。端正な顔立ちを無表情で覆い隠した男が、錫杖を振る動作を止める。そうして、俯いたままの少女にゆっくりと声をかけた。
「人を呪わば穴二つ。という言葉を知っているかな?」
躊躇いがちに、けれど、しっかりと少女は頷いた。知っている。聞いたことはある。男は満足そうに目を細め、錫杖を一度打ち鳴らした。
「そう、つまり、きみが憎い相手を呪ったとしようか。そうすれば、その相手にも鉄槌が下ることになる。けれど、同時にきみにも鉄槌が振り翳される。そういうことだ」
「――でも! ……でも、」
「でも?」
「でも、私は許せない。あの男は私を――」
そこから先は言葉にすることも耐えられないとばかりに、少女はきゅっと目を閉じて拳を握る。男にも敢えて不幸を聞き出す趣味はなかった。
その代わり、ことさら優しい声音で問いかけた。言葉尻は標準語だったが、抑揚に微かな関西訛りが残っている。その響きが男の言葉をより柔らかに彩っていた。
「それで、きみはどうしたいの」
しゃなり、しゃなり。少女の耳の奥で音が鳴り響く。あたしはどうしたいんだっけ。あたしは――。少女の瞳が次第にうつろになっていくさまを男はただ見ていた。
「あたしは、あたしがどうなったって、あの男が苦しんで地獄に落ちてくれたらそれでいいわ」
男の唇が微かに釣り上がる。
「えぇ子やね。大丈夫、あとは全部、俺に任せたら、それでえぇよ」
男が少女に握らせたのは、お札のような紙片だった。
「君が呪いたい男の名前をここに書いて、今日から七日間、きみの怨みを吐き出せばいい。きみの怨みが強ければ強いほど、呪符は強まる」
「それだけ? それだけで、あいつは消えるの?」
「きみにはわからないかもしれないけれど、人の思いほど、怖いものはないんやよ」
大丈夫。それで、すべては終わるから。
しゃなりしゃなりと錫杖が鳴る。迷いを打ち消すように、迷いを拡散させるように。
思いは膿む。言葉は呪う。
それはきっと、誰の中にも潜むものなのだけれど――。
あのね、誰かを呪い殺したいって思っていたらね、あるページに辿り着くことができるらしいよ。
え、なになに?
知らないの? 『呪殺屋』っていうサイトがあるんだよ。
いつからだろう、女子中高生のあいだで、この手の話題が蔓延するようになったのは。それは、こっくりさんや、口裂け女のような都市伝説のはずだった。
親友だと思っていた友達に彼氏を獲られた。仲間外れにされた。あいつ暗いからムカつくんだよね。
死んじゃえばいいのに。
軽々しく言霊が飛び交う少女たちの世界で、いつしかその言葉が浸透していく。
呪っちゃえばいいんだよ。そうすれば、すべては終わるんだから。




