08:探偵と呪殺屋2
「お兄ちゃん」
このみが行平を呼んだ途端、錫杖の打ち鳴る音が一層けたたましくなった。
「お兄ちゃん、怖い。嫌だ。このみ、あのお兄ちゃん、嫌いだよ」
「このみ」
はっとして、小さな妹に視線を合わせる。
「大丈夫だよ、このみ」
その言葉に、このみが瞳を緩ませた。喜色、安堵。その瞳を見つめたまま、行平は繰り返す。
「大丈夫だからな」
このみの柔らかな指が行平の手のひらをなぞる。鳴り響く金属音は、引いては寄せる波のように反響を始めていた。
いつ鳴り止むのだろうか。鳴り止むことはあるのだろうか。そんなことを考える。行平の現実逃避を断罪する調子で、呪殺屋は口火を切った。
「その嘘は、正しくない」
「……呪殺屋」
「誰かを守るためでもなければ、救うためでもない。あんたの今を取り繕うためだけのものだ」
「呪殺屋!」
たまらず発した行平の叫びに、リンという短い音を最後に錫杖が沈黙する。呪殺屋は、なにも言わない。ただ静かに行平を見ていた。
「止めてくれ、頼むから!」
わかっている、わかっている。言われなくとも。だが、その嘘の中に本物がいるかもしれないではないか。
可能性に縋る思考が駄目とわかっていても、行平は小さな手を離すことができなかった。きっと、自分からはもう二度と離すことはできない。
「お兄ちゃん」
いかにも心配そうに妹が行平を呼ぶ。その呼び方は、行平の記憶にあるものとまったく同じなのだ。
鳴り止んだはずの錫杖が、リンリンと涼やかな音を奏で出す。けれど、無造作に錫杖を振った呪殺屋が肩にかけると、その音はぴたりと鳴り止んだ。
「あんたが俺にお願いをするとは、珍しい」
呆れたような声だった。
「滝川さん」
行平は、なにも言えなかった。ただ妹の手を握る手に力を込める。
「俺はね、本当に恐ろしいのは、神隠しでも妖怪でもなんでもない。人間だと思うよ」




