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愚者の園  作者: 木原あざみ
案件3.天狗の遠吠え
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05:詐欺師と呪殺屋

「ずぶ濡れね、神ちゃん」


 濡れそぼった法衣の裾を雑に絞る神野を自室の前で見かけたので、見沢はそう声をかけた。

 たまたま玄関を開けたら、そこに神野がいたのである。断じて見計らったわけではない。まったく、神野の気配を消す習性も善し悪しだ。

 数日ぶりに帰還した神野は、見沢を一瞥すると秀麗な顔を歪めた。


「あんたこそ。この雨の中お出かけですか」

「しょうがないじゃない。大家に呼ばれたんだから」


 にこりと微笑んでやれば、ますます表情の嫌悪が強まった。水滴を絞り落とす拳にも、随分と力が入っている。

 法衣が駄目になると忠告してやろうかと思ったが、どうせいくらでも予備があるだろう。


「あんたにお呼びがかかるとは珍しいね」

「呼ばれた理由は教えなくてもよかったかしら?」


「べつに」


 心の底から興味のないそぶりで、神野は応えた。


「この中の紛い物が原因に決まってる」


 機嫌の悪い原因の一端はそれか。笑みを殺し、神野を見つめる。


「馬鹿馬鹿しい。建物に近づいた途端に錫杖がうるさく鳴り出した。おかげで頭痛がひどくなりそうだ」

「神ちゃんがそんな繊細なことを言うなんて、それこそ頭痛の種よ」

「見沢」


 顔を上げた神野が乱雑に髪をかき上げた。その毛先から、ぽつりと雫が滴る。剣呑な光が灯った金色の瞳に、見沢は「なにかしら」と微笑んだ。


「なんで捨てさせなかった」

「本人に捨てる意思がなかったら、どうにもならないわ。そんなこと、あたしよりあなたのほうが、よぉく知っているでしょう?」

「時間が経てば経つほど、悪化する。本人に捨てさせるか、元を壊すしかない」


 溜息の混じったそれに、さらに笑みを深くする。


「忠告なら、あたしもしたわ。一応ね。聞く耳を持たなかったのはゆきちゃんで、それ以上の義理はあたしにはないもの。神ちゃんにあるなら、あなたがなんとかしてあげたらいいじゃない。それとも、断定して嫌われることが怖いのかしら?」

「冗談」


 吐き捨てるように、神野が笑った。


「あの子が俺を好きだと思ったことなんて、一度もないよ」


 ドアに立てかけていた錫杖を、神野の白い手が掴む。水滴とともに、遊環がちりんと揺れた。

 まだこうやって人間らしい幼さを見せる朋輩が、見沢自身は嫌いではない。そうでなければ、このビルに居残ることはしなかった。


「馬鹿よねぇ、あの子も」


 閉じられたドアの奥に目線を向け、ゆっくりと踵を返す。下の階では、あの兄妹が偽りの団欒を繰り広げていることだろう。なんともほほえましく禍々しいことだ。


「馬鹿よねぇ」


 誰へともなくもう一度呟いて、見沢はビルをあとにした。外は荒天。数分後には、外ばかりでなく、中も荒天になりそうだ。


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