07:探偵と呪殺屋2
「ナンセンスだけどね。言霊は人を縛る。過ぎるくらいに」
急展開した話の真意を探ろうと、行平はゆっくりと瞬いた。
「おまえは駄目だと言われ続けた子どもの自己肯定感は低くなり、積極性も自発性も育たない。そうすれば、親の言うところの『駄目な子ども』ができあがる。至極当然のことだ。ある意味では、お母さんの魔法の手というやつも、その一種なのかもしれないけどね」
おなかが痛いとごねる子どもの腹部に母親が手を当てると、痛みが引く。そんなホームドラマのワンシーン。プラシーボ。
脳内に静かに水が満ちていくような心地に、行平は頭を軽く振った。だから、あなたは。あなたなんていらなかった! ヒステリックな母親の声。
そうだ、だから、自分の右手はいらないものだ。妹を助けることもできない、役立たずの――。もうここにいることはできないと思って、走った。一度だけ行ったことのある、不思議な屋敷を目指して。
「あんたが右手をコントロールできないのは、あんたが恐れているからだ」
「呪殺屋」
「言い方を変えようか? あんたが自分を信じていないからだ。違うというなら、俺を触ってみたらいい」
逃げようとした行平を許さず、呪殺屋が身を乗り出した。
「できないでしょう」
「呪殺屋」
「あんたの悪夢を消してあげようか」
白い、細い指だ。骨格が華奢なのかもしれない。その指先が行平の口元にそっと押し当てられた。
「俺だったら、すべてを忘れさせてあげることができる」
呪殺屋の瞳が間近で笑む。なんの光の加減なのだろう。この男の瞳は、ごくたまに金色に光って見える。
呪殺屋の手を取ると、わずか程の抵抗もなくそれは離れていった。
「それが、おまえの呪いか」
逃げるのを諦めひたりと見据えた先で、呪殺屋の口元が笑んだように見えた。犬がもぞりと身悶えて、顔の向きを変える。くぅんと甘え鳴く声に、行平の眉間の皺が緩んだことを自覚した。見て取った呪殺屋が、犬を行平に受け渡す。
暖かい体温に、感傷を追いやって右手で背中を撫でる。犬が甘えた声で「ママ」と呟いた。
「おまえは、どうしてママとはぐれちゃったんだろうなぁ」
どうして、魂だけ残ってしまったのか。母親のもとへ行かず、このビルに落ちてきてしまったのか。母親が自分を待っていないと、知っていたのだろうか。
「あのね。僕だけ深くて暗いところに落ちちゃったの。ママのところに行きたかったけど行けなかったの。ママも来てくれなかった。でも、泣いてたの。ママは上で泣いてたんだよ。ごめんね、たいちゃんごめんねって」
「そうか」
「泣いてたんだよ、ママ」
だから僕は泣けなかったのだと『犬』は言った。男の子は母親のヒーローで恋人なのだと言っていたのは誰だっただろうか。
「馬鹿じゃないの」と呪殺屋が言った。「ママに会いたい」と『犬』が言った。
犬を撫でる右手に、行平はそっと力を込めた。視えても、視えなくても、きっと意味はない。ただ、せめて、と思う。せめて、母親自らに認めてほしい。子どもの居場所を教えてほしい。いつまでも、自分の子どもを一人きりにさせることはできないと気付いてほしい。
この子は母親のもとに行かなかったんじゃない。迎えに来てほしかったんだ。もう一度抱きしめてほしかったんだ。
こんな偽りの右手ではない、母親の優しい手に。




