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愚者の園  作者: 木原あざみ
案件2.永遠の子ども
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06:探偵と呪殺屋

 テレビをつけることが、怖かった時期がある。

 妹がいなくなったあとのことだ。不確かな情報を真実のように見せつける箱は、母の心を蝕む魔物に思えた。

 その魔物のせいか、息子の不可思議を疎んでいた母が、たった一度、行平の右手に縋ったことがある。けれど、行平はその懇願に応じることはできなかった。応じなかったのではない。できなかったのだ。行平は自分の不思議を自身でコントロールする術を知らなかった。


 なんで、このみの居場所を見つけられないの! やっぱりあんたのそれはインチキなんでしょう! 純粋なこのみを騙して! このみを奪って! お兄ちゃんのくせに、このみが可愛くなかったの!


 あんたが代わりにいなくなればよかったのに。

 その言葉を発する最後の一線で母は踏み止まった。だが、それ以降、母が行平に触れることは一度もなかった。

 母は、今でも、たった一人。あの家で、娘の帰りを待ち続けている。



「呪殺屋」


 静かに開いたドアの音に顔を上げると、犬を抱えた呪殺屋が立っていた。


「疲れたんだと思うよ。よく寝てる」

「そうか」


 その言葉どおり、寝息とも寝言ともとれない不明瞭な声が漏れ聞こえている。卓上に置いた携帯電話を見るともなしに一瞥し、行平は視線を落とした。


「確証がほしいってよ。伝えたらそう返されるってわかってたつもりだったんだけどな」

「珍しいね、滝川さんが俺に弱音を吐くなんて」

「おまえなぁ」


 茶化した応えに、行平は不貞腐れた。

 言われなくとも、数日前の夢見が精神状態に悪影響を及ぼしていることは自覚している。駄目押しになったのが、今朝の『犬』の一件だ。


「それとも慰めてほしかった?」


 わざわざ行平の正面に立ち、呪殺屋は微笑んだ。魔物染みた挑発はいつものことだが、腕の中で呑気に眠る犬だけがいつもとは異なっている。

 萎んでいく苛立ちに、行平はアニマルセラピーの偉大さを痛感した。

 行平が所長机に座ったままのため、ちょうど視線の先に犬の寝顔がくるのだ。なんとも間抜けで、そして切ない。この感傷も、『犬』が誰だか推察してしまったがためのものなのだろうが。


「いや。いつまでも、このままのわけにもいかないからな」


 呪殺屋に、というよりは、自身に言い聞かせる調子が強かった。「ふぅん」と意味ありげな笑みを浮かべた呪殺屋が机の端に腰かける。


「おいこら、机に座るな」

「それって、あの二枚舌に頼まれたの?」

「二枚舌って、相沢さんだ。相沢さん」


 机上から追い払おうと手を振るが、我関しない態度で、呪殺屋が美麗な顔を近づける。挑発が意味をなさなかったことへの意趣返しに違いない。


「本当に、滝川さんは人がいい。二枚舌の仕事の範疇なのに、見返りもなく、お手伝いしてあげるんだ」

「おまえが押し付けた犬が被害者なんだから仕方ねぇだろうが。ほら、退け」

「滝川さん。『犬』が起きるから、あんまり大きな声出さないでよ」


 ねぇと言わんばかりに犬の頭を撫でる指先に、行平は文句を呑み込んだ。卑怯だ。この男に限って言えば、今に始まったことではないが。


「視れたら、とは思うけどな」


 その代わりに内心を吐露して、行平は頬杖をついた。


「こんな子どもに自分が死んだときの説明なんて、させたくない。だから、俺が『視れ』たら、それがよかったんだ」


 自身の右手をコントロールできたのならば、きっとそうしていた。行平の懸念を嗤うように、呪殺屋が首を傾げる。


「この世に一番蔓延している呪いはなにかって前に聞いたことがあるの、覚えてる?」

「あ?」

「あ? って、ガラ悪いなぁ、滝川さん」


 微苦笑してみせた呪殺屋が、子どものように足をぶらつかせた。その振動のほうがよほど犬を起こさないかと思ったものの、犬は死んだように眠っている。


「親が子どもにかける呪いだよ」


 行平は黙って呪殺屋を見上げた。呪殺屋はいっそ優しいと評したいような笑みを浮かべている。


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