15:『呪殺屋』
夜風に吹かれたおのれの前髪が、視界を覆い隠していく。その鬱陶しさに、神野は目を眇めた。黒ですらない、闇のような深い藍色。この髪の色が神野は嫌いだ。目に刺さる中途半端な長さも嫌いだ。
それなのに、切ることができないでいる。
「よう、『呪殺屋』」
近づいてくる気配に、神野は眉をひそめた。相沢創司。この世で見たくない顔の上位に位置する男である。その男が酷薄な笑みを浮かべ立っていた。
「あの程度とは言え、呪いを一発で打ち返せるとはさすがだな」
「悪趣味に見ていたわけだ、あんたは」
「あぁ。お優しいことに、おまえが術者に呪いを返さなかったことも含めてな」
人を呪わば穴二つ。返された呪いは、本来だったらば仕掛けた本人に返る。その道理を、たしかに自分は覆した。けれど、子どもに同情したわけではない。
あの子どもが傷つけば、行平が傷つくと思って、それが嫌だったというだけだ。
神野は相沢を見上げた。
「これも、あんたの差し金か」
「なんのことだかわからないな」
「あの子どもが持っていた術式のことだ。流しの呪殺屋が創ったと言われて、はいそうですかと納得できる代物じゃない。あれはあんたの家系の秘術の一種のはずだ。違うか」
「おまえが知っている時点で、うちの秘術じゃないだろう」
「……」
「俺はおまえに貸しがある。おまえは俺に借りを返したい」
フィフティフィフティってやつだな。相沢が微笑んだ。見た目だけは。その瞳はまったく笑っていない。もっとも、神野はこの男が笑ったところを見たことは、一度もないのだが。
応戦するように神野も微笑んだ。この男が魔物と揶揄する微笑で。
「ずいぶん、あんたに都合がいいね」
「それは」
言葉を切った相沢が、神野が出てきたばかりの路地に視線を向けた。そこになにがあるのかなんてわかりきっている。神野は振り返らなかった。
「おまえにとって、じゃないのか。なぁ、『呪殺屋』?」
相沢は変わらず笑っている。神野は応じず、そのまま横をすり抜けた。しゃなり、とまた錫杖が鳴る。
現実を揺らがすように。悪夢を呼び起こすように。
あの日と変わらない月は、今夜もひっそりと頭上で輝いている。




