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愚者の園  作者: 木原あざみ
案件1.月の女王
15/61

15:『呪殺屋』

 夜風に吹かれたおのれの前髪が、視界を覆い隠していく。その鬱陶しさに、神野は目を眇めた。黒ですらない、闇のような深い藍色。この髪の色が神野は嫌いだ。目に刺さる中途半端な長さも嫌いだ。

 それなのに、切ることができないでいる。


「よう、『呪殺屋』」


 近づいてくる気配に、神野は眉をひそめた。相沢創司。この世で見たくない顔の上位に位置する男である。その男が酷薄な笑みを浮かべ立っていた。


「あの程度とは言え、呪いを一発で打ち返せるとはさすがだな」

「悪趣味に見ていたわけだ、あんたは」

「あぁ。お優しいことに、おまえが術者に呪いを返さなかったことも含めてな」


 人を呪わば穴二つ。返された呪いは、本来だったらば仕掛けた本人に返る。その道理を、たしかに自分は覆した。けれど、子どもに同情したわけではない。

 あの子どもが傷つけば、行平が傷つくと思って、それが嫌だったというだけだ。

 神野は相沢を見上げた。


「これも、あんたの差し金か」

「なんのことだかわからないな」

「あの子どもが持っていた術式のことだ。流しの呪殺屋が創ったと言われて、はいそうですかと納得できる代物じゃない。あれはあんたの家系の秘術の一種のはずだ。違うか」

「おまえが知っている時点で、うちの秘術じゃないだろう」

「……」

「俺はおまえに貸しがある。おまえは俺に借りを返したい」


 フィフティフィフティってやつだな。相沢が微笑んだ。見た目だけは。その瞳はまったく笑っていない。もっとも、神野はこの男が笑ったところを見たことは、一度もないのだが。

 応戦するように神野も微笑んだ。この男が魔物と揶揄する微笑で。


「ずいぶん、あんたに都合がいいね」

「それは」


 言葉を切った相沢が、神野が出てきたばかりの路地に視線を向けた。そこになにがあるのかなんてわかりきっている。神野は振り返らなかった。


「おまえにとって、じゃないのか。なぁ、『呪殺屋』?」


 相沢は変わらず笑っている。神野は応じず、そのまま横をすり抜けた。しゃなり、とまた錫杖が鳴る。

 現実を揺らがすように。悪夢を呼び起こすように。


 あの日と変わらない月は、今夜もひっそりと頭上で輝いている。

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