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愚者の園  作者: 木原あざみ
案件1.月の女王
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01:ひみつのはなし

「言霊には力が宿っている」


 蛍光灯の類のひとつもない、薄暗い部屋だった。光源となっているのは、頼りなく揺れる一本の蝋燭だけ。

 俗世から切り離されたような空間で、和装の少女の言葉を聞く。


「きみが発する言葉も同じだ。誰かを傷つけもするし、癒しもする」


 彼女をじっと見つめたまま、少年はごくりと唾を呑んだ。

 彼女とこうして話をすることは、今日で二度目だった。はじめて話をしたのは数ヶ月前。祖父に伴われ、この屋敷を訪れたときのこと。広い屋敷で迷い、彼女の住む離れに足を踏み入れてしまったのだ。

 敷居を跨いだ一度目は偶然だったが、二度目の今夜は少年の執念だった。日常とかけ離れた異世界のような空間と、人形のように美しい少女。だからだろう。彼女は人間でないように見えた。

 いな、そうであることを望んでいたのかもしれない。


「じゃあ、じゃあ。俺がこのみは死んでないって言い続けたら、このみは死なないの? このみは帰ってくる?」


 必死の問いかけに、少女はそっと瞳を伏せた。ふたりきりの部屋に、馬鹿みたいに自分の心音が響いている。

 永遠のような沈黙を経て、肩先で切り揃えられた彼女の夜の底に似た髪が揺れる。顔を上げた少女は、そうだね、と柔らかに頷いた。


「きみはずっと願っていればいい。大丈夫、今は見つけられなくとも、きみが願い、言葉にし続けていれば、届くだろう。いつか、きっと、彼女のもとへ」

「このみの? このみを攫った神様のところ?」


 ――これじゃあ、まるで神隠しだ。


 大人たちが囁き合っていたことを、少年は知っていた。

 神隠し。神様に選ばれた子ども。その子どもが戻ることは二度とないのだという。

 人間がどうやったとしても登れない、高い、高い岩の上。妹の小さな靴は、そこで見つかった。ヘリコプターから隊員が回収した靴を確認した両親は泣いていた。妹のお気に入りだった黒色のスニーカー。


 そのスニーカーに少年が手を伸ばしたのは、「視えるかもしれない」と思ったからだった。

 仕組みはわからない。けれど、少年の右手には、不思議を視る力があった。

 人や物に触れると、指先から勝手に過去が流れ込むことがある。

 だから、妹の靴に触れたら、「なにか」がわかるかもしれないと期待したのだ。それなのに、結局なにも視ることはできなかった。

 指先から伝わったのは真っ白な閃光で、それだけだった。


 ――なんで。なんで、なにも見えなかったんだろう。


 ままならなさに、膝の上で拳を握り込む。

 いつも。いつも。知りたくもない情報を少年に押しつけていた不可思議は、知りたいと心の底から望んだ今日に限って、なにも映してはくれなかった。

 

 ――だから、ここにやってきたのに。


 唇を噛み締めて、握った拳に視線を落とす。

 人間でないようだった彼女であれば、妹の居場所を知っているかもしれない。自分には視えなかったけれど、彼女であれば、あるいは。

 そんな夢のような可能性に縋って、家を飛び出した。夜の街を必死に走って辿り着くことはできたけれど、無意味だったのだ。

 きつく握り込んだ右手の甲に、伸びてきた白い手が重なる。あぁ、また、なにも視えない。失意に苛まれながら、少年は視線を持ち上げた。


「あ……」


 炎に揺られた瞳が黄金色に光っている。美しすぎる色に、少年は釘付けになった。湖面に光る、美しい月みたいだ。

 少年に予言を授ける調子で、彼女は口火を切った。


「今は無理でも、きみは大きくなる。いつか、きみの力で彼女のもとに辿り着ける日が来るかもしれない。きみが諦めなければ。そして、――」


 柔らかな声が不意に途切れ、そして。

 その続きは、少年の記憶からなぜかすっぽりと抜け落ちてしまっている。

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