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9. 頭の痛い問題

 

「いっぱい泣いたら、お腹空いたでしょ。おやつにしよっか」

「え?おべんきょ……」

「今日はいいよ」


 ようやく泣き止んだセラフィーナにかけられたアルバートの言葉に、セラフィーナはぎょっとする。

 遊んで、泣いて、それで疲れたから勉強がお休みだなんて、セラフィーナからすれば前代未聞でありえない。

 けれど、アルバートは決して冗談を言っているわけではなさそうである。


「おこ、りゃれにゃい……?」


 セラフィーナが問いかけると、アルバートは抱っこしていたセラフィーナをようやくおろした。

 それから、セラフィーナと目線をあわせるようにしゃがみ込む。


「今まで、勉強しないとセフィは怒られたの?」


 セラフィーナはこくりと、無言で頷いた。

 怒られたのは、今の幼いセラフィーナではなく、かつてのセラフィーナだったけれど。


「お休みは、なかったの?」


 セラフィーナはまたしても、無言で頷く。


「そう。じゃあ遊んだりは?」


 今度は左右に首を振る。

 かくれんぼの経験がないと知った時から、おそらくそうだろうと思っていたおかげで、アルバートはかろうじて驚かずに冷静でいられた。


「そっか……」


 アルバートは悲しそうに目を伏せてから、セラフィーナの頭を撫でる。


「もう、セフィはそんなに頑張らなくてもいいんだよ。お休みしてもいいし、遊んでもいいんだ」

「ど、ちて……」


 セラフィーナは、身も心も王家に捧げ、王家に尽くさねばならない。

 身を粉にして、王家のために努力をしなければならない。

 ずっとそうだった、そしてそれはこれからも変わらないと思っていた。


(わたくしは、もう、必要ないの……?)


 頑張らなくていい、その一言は、セラフィーナには自身の存在意義を否定されているような気分だった。


「今のセフィにはね、遊ぶことも、お休みすることも、大事なお勉強なんだよ」

「しょんなわけ……っ」

「今はわからなくても、きっとわかる日が来るよ」


 だから、いっぱい遊ぼう、とアルバートは笑いかける。


(そんなわけ、ないわ……わたくしには、そんなこと、求められていない)


 厳しい両親のもとで、課題に追われる日々は辛かった。

 決してその日々に戻りたいという願望があるわけではない。

 けれど、今は今で、セラフィーナには何も求めていないと、何も期待していないと言われているようで、セラフィーナは不安でいっぱいになる。

 しかし、アルバートは、そんなセラフィーナの不安には気づくことはなく、またしてもセラフィーナを抱き上げる。


「セフィ、おやつは何がいい?」


 そんなことを問いかけながら、アルバートは機嫌よさそうに笑って歩きはじめた。




(これは、どういうことなの?)


 目の前に並ぶ色とりどりのスイーツに、セラフィーナは目を丸くした。

 かつて、国王とお茶をした時だって、珍しいお菓子はあれど、ここまでの種類と量が並ぶことなどなかったはずだ。


「セフィの好きなもの、わからなかったから、いろいろ用意させてみたんだ。これだけあれば、1つくらいは好きなものあるといいんだけど……」


 セラフィーナはあらためて思い返すと、どのお菓子が好きか深く考えたことはなかった気がした。

 かつてのセラフィーナにとって、甘いものは疲れを癒し、さらに勉強に励むために摂取していたものにすぎない。


(あ、でも、いちごは、好きだったかも……)


 婚約を結ぶよりもっと前、いちごのショートケーキやタルトなど、真っ赤ないちごがのったスイーツはそれだけで心惹かれるものがあった気がした。

 そんなことを考えていたからなのか、視線が自然と目の前に並ぶいちごのショートケーキに向いていたようだ。


「これかな?」


 アルバートが的確にいちごのショートケーキを手に取り、セラフィーナの前に置いた。

 あっさりと考えを知られてしまったことが、セラフィーナはなんだか恥ずかしくて俯いてしまう。


「いちごが、好きなの?」


 問われて、セラフィーナは俯いたまま恥ずかしそうに頷いた。


「そっか、じゃあこれ」


 アルバートは自身もいちごのショートケーキを取り、上にのっていた立派ないちごをセラフィーナの皿へと移す。


「いいの……?」

「もちろん。いちごだって、僕に食べられるより、いちごが大好きなセフィに食べられたいはずだよ」


 その理論はよくわからなかったけれど、セラフィーナは瑞々しいいちごに惹かれ、もらったいちごをぱくりと食べた。


「おいしい?」

「うんっ」

「そう、好きなだけ食べていいからね」


 そう言われたところで、セラフィーナが食べられるのは、せいぜい今目の前に置かれたケーキくらいだけれど。

 セラフィーナは、とても幸せそうにケーキを頬張った。

 頬をぱんぱんにして食べる様子は、非常に6歳児らしい振る舞いであることに、そしてそんな様子をかわいくてしかたがないとアルバートが見つめていることに、セラフィーナ本人は気づかないまま。






 たくさんの課題に追われることがなくなり、2か月ほどが過ぎた。

 セラフィーナは、時には勉強に励み、時には遊び、王宮で非常に6歳児らしい日々を過ごしていた。

 そんなセラフィーナの中でも一番の変化は、舌っ足らずだった言葉遣いがなくなったことだ。

 思うように喋れることが、セラフィーナは嬉しくてたまらない。

 だからその一方で、アルバートが実は残念がっているということには、もちろんセラフィーナは気づいてはいなかった。




(また、だわ……)


 この頃から、セラフィーナの元に、頻繁に手紙が届くようになる。

 送り主は、セラフィーナの父、オールディス公爵だ。

 内容は6歳の少女が理解するには、少々難解なものだった。

 だから意味がわからないと投げ捨ててしまえればよかったのだけれど、中身が18歳のセラフィーナには、よく理解できてしまう。


(お父様は、何を考えているの……?)


 どうやら、両親はセラフィーナの教育についてアルバートとひと悶着あって以降、王宮に来ることができず王家とも疎遠となってしまっているらしい。

 そこで、王家との仲をセラフィーナに取り持つように、というのが手紙に書かれている用件の1つだった。

 それだけでも6歳の少女に頼む内容としてはどうかと思うが、それだけならまだいい方だったとセラフィーナはいつも思う。

 しかし、毎回必ず、それとは別にもう1件書かれている内容が問題だった。

 それは時には税金についてだったり、貿易についてだったり、内容は様々であるものの、オールディス公爵家にとって有利な条件での政治的要求を国王に進言することだった。


(こんなこと、言えるはずない……)


 かつて、セラフィーナが死を迎える前にも、オールディス公爵はそういった要望をいくつか国王に叶えさせたことはある。

 セラフィーナが婚約者であることをいいことに、王宮に入りびたっていたし、そうでなくともオールディス公爵は大臣職も担っていた。

 そういった自身の持つものを最大限活用し、多少オールディス公爵家に優遇したと思われるような法案を通したりもしていた。

 けれど、セラフィーナが持つ手紙に書かれている内容は、程度が違っていたのだ。


(自分から言うわけではない分、遠慮がないのかしら……)


 たとえ、あまりの内容だと国王の怒りを買ったとしても、6歳児の戯言だと済ませるつもりなのかもしれない。

 手紙は回数を追うごとに、急かすような内容も増えていく。

 最後まで手紙を読んだセラフィーナは、どこか頭が痛くなるような感覚を覚えながら溜息をついた。


「セフィ、いる?」

「は、はいっ、殿下」


 セラフィーナは慌てて手紙を引き出しにしまい込み、返事をする。

 すると、すぐにアルバートが部屋の中へと入ってきた。


「だから、アルだってば」

「あ、ごめんなさい……」


 やっぱり慣れとは怖いものだ。

 よほど意識しないと、まだまだ自然に愛称を呼べなさそうである。


「セフィってば、最近随分と大人っぽくなっちゃったなぁ……」


 抱っこしながら言われても、説得力に欠ける、とセラフィーナは思った。

 いつも当たり前のように抱っこされるおかげで、こうして突然抱っこされても、最近はあまり驚くこともなくなったのだ。


「おやつにいちごタルトを用意したんだ、今日は中庭で一緒に食べようか?」

「はい」


 セラフィーナがいちごが好きだとわかって以降、アルバートはこうしていちごのスイーツを用意しては、セラフィーナを誘いにくることも増えた。

 王太子ってもっと忙しいのではないかとか、こんなことばかりしていられないのではないかとか、セラフィーナは少しばかり心配になった。

 だが、かつてのセラフィーナはこれほどアルバートとともに時間を過ごしたことがないため、思い返してみたところで、この頃のアルバートが普段どのように過ごしていたか記憶に乏しい。

 結局楽しそうに笑うアルバートを見て、セラフィーナは全て受け入れてしまうのだった。


「ねぇ、公爵から、また手紙来た?」

「はい」

「公爵は、なんて?」

「あ、その……っ、元気で勉強するようにって……っ」


 セラフィーナの父から手紙が届くたび、こんなやり取りをするのも、いつの間にか恒例になった。

 事実を詳細に明かすことができないセラフィーナは、いつも曖昧に笑ってごまかした。

 だが、これもいつまで通用するかわからず、セラフィーナにとっては頭の痛い問題であった。


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