23. 懐かしさと息苦しさ
ようやくセラフィーナの中で、話がまとまった気がして、セラフィーナは自身を落ち着けるかのように小さく深呼吸した。
「私たちが婚約した時のこと、覚えてますか?」
「覚えてるけど、どっちの?」
どちらのことも、アルバートは鮮明に覚えてはいる。
だから、どちらの記憶を要求されても問題はないのだが、セラフィーナがどちらの話をしたいのか気になってアルバートは問いかけた。
「両方です!1回目の時、私たちがいくつだった覚えてますか?」
「もちろん。僕もセフィも、6歳だったでしょ?」
「じゃあ、2回目は?」
「それも覚えてるよ。僕は16歳、セフィは6歳でしょ?」
2回目は、ついこの間のことであり、年齢は今と同じである。
アルバートの回答はわからないはずなどない、とでも言わんばかりだった。
「では、私たちの婚約が正式に公表されたのは?」
「1回目は僕らの成人にあわせた16歳の時、今回は婚約と同じく、僕は16歳、セフィは6歳でしょ?」
それがどうしたのだ、アルバートの表情がそう問いかけているようにセラフィーナは感じた。
「婚約した時は、前回も今回も私が6歳の時なんです。でも、正式に公表したのは、前回も今回もアルが16歳の時なんです」
これで、伝わって欲しい、そんなセラフィーナの願いはどうやら届いたようだった。
最初こそ首を傾げたアルバートだったが、その表情はすぐに納得したものへと変わった。
「ああ。つまり、今回セフィの年齢にあわせて起こる出来事と、僕の年齢にあわせて起こる出来事があるってこと?」
「そ、そうなんですっ!だから、きっとルーク様も……っ」
まだ、わからないけれど。
確実に断言できるわけではないけれど。
存在が消えたわけではなく、まだ生まれていないだけという可能性だってある。
だから、確実にそうだとわかるまでは、希望がある限りは、アルバートに自分を責めて欲しくないとセラフィーナは思った。
「ルークが生まれたのって、僕らが12歳の時だったよね?」
どちらの、と明言されてはいないが、それが1度目のことだというのは聞かなくともわかる。
セラフィーナは、ただこくりと頷いて肯定した。
「セフィ、今、6歳だっけ?」
セラフィーナは、またこくりと頷いた。
「つまり、6年後かぁ……」
アルバートがどこか遠い目をする。
つられるように、セラフィーナもどこか遠くを見つめるような表情になった。
(国王陛下、お元気だわ)
(父上、元気だな)
はからずも、同じことを考えてしまったことを、当人たちが知ることはなかった。
(なんだか、すごく懐かしく感じるわ)
セラフィーナは当初の予定通り、アルバートのお願いを断ることはなく、学園祭に参加した。
今回、セラフィーナがまだ通っていないアカデミーは、かつてセラフィーナが通っていた時の姿とあまり変わらなかった。
一歩足を踏み入れるだけで、当時のことが鮮明に思い出されていく。
そこにはいい思い出もあれば、悪い思い出もたくさんあった。
「いらっしゃい、セフィ。迷子にならなかった?」
ふと、頭上からそんな声がかかって、セラフィーナは顔を上げ声の主を見上げた。
(い、いつの間に……)
目の前には、にこやかに手を差し出してくるアルバートの姿がある。
きょろきょろと周囲を見渡すことに必死だったセラフィーナは、声がかかるまでこれほど近くにアルバートがいることに気づいていなかった。
「なりませんよ」
アカデミーまでは、馬車が用意されたし、アカデミーの中だって見知った場所である。
セラフィーナは自分の力で、アルバートがいるだろう場所まで辿り着く自信しかなかった。
けれど、心配だったらしいアルバートは門のすぐ傍まで、セラフィーナを迎えに来ていたようである。
「じゃあ、行こうか」
未だ、手は差し出されたまま。
セラフィーナはしばし迷ったけれど、結局は引っ込みそうにないその手をそっと握った。
「どこか、見たいところはある?」
「いえ、特には」
「じゃあ、順番に見てまわろうか」
かつて、わくわくした表情で訪れた弟にも、アルバートは似たようなことを言って案内していたのをセラフィーナは思い出した。
(小さくなったわたくしも、殿下にとっては妹のような存在なのかもしれないわ)
歩幅の違いから、小走りになってしまいながらも、セラフィーナはそんなことを考えながらアルバートを見上げた。
そう考えると、時が巻き戻ってからのアルバートの行動が、全て納得できるような気がした。
「アルバート様っ」
一際弾んだ声が聞こえて、セラフィーナはため息をつきたくなるのを耐えた。
久しぶりに聞いたはずなのに、振り返らずともその声の主がわかってしまうのを、セラフィーナは少し残念に思った。
それほど、声の主、ミラベル・バレットに詳しくなってしまったような気がしたから。
「まぁ、セラフィーナ様もご一緒でしたのね」
声をかけた時から、その姿は見えていただろうに、アルバートとセラフィーナが足を止め振り返った後、今気づいたと言わんばかりの言葉にセラフィーナはまたため息をつきたくなった。
しかし、それでもセラフィーナは耐えたのだけれど、アルバートはその隣でわざとらしく盛大にため息をついてみせた。
「オールディス公爵令嬢だ」
いつかと同じだ、とセラフィーナは思う。
それはおそらく、アルバートとミラベルも感じたことだろう。
アルバートの表情が学習しないなとでも言っているかのようで、ミラベルの表情が少し気まずそうに強張った。
「え、あ、そうですね……。こんにちは、遊びに来たんですか?」
ミラベルは、一見子どもと視線をあわせているようで、しゃがむわけでもなく、セラフィーナはしっかりと見下ろされているようでどこか不快感を覚えた。
かけられた言葉も、なんでもない言葉のようでしかないのに、セラフィーナはやはり不快感を覚えてしまう。
「僕が、呼んだんだよ」
アルバートはそう言うと、ミラベルの視界から奪い取るかのようにセラフィーナを抱き上げた。
「まぁ、そうだったんですね。じゃあ、一緒にまわりましょうか、私が案内を……っ」
「申し訳ないけれど」
なぜか、ミラベルの中ではアルバートと一緒にまわることが確定しているようだった。
お伺いすら立てられる様子のないミラベルの言葉を、アルバートは一際低い声で遮った。
「婚約者と二人でまわりたいんだ。気を使ってもらえないかな?」
ここは、アカデミーであり、現在は学園祭の真っ最中。
たった三人だけしかいない世界、なんてことは決してなく、誰も話しかけて来ないだけで、人はむしろ普段のアカデミーよりもたくさんいる。
アルバートの言葉はその中の一部の人々の耳にも届いたようであり、立ち止まり振り返る者もいた。
そしてひそひそとあちこちで行われはじめた会話の内容が、自身にとってよくない内容だと気づかないほどミラベルは愚かではなかった。
「あ……そ、そうですよね……」
顔を赤くし、肩を震わせながらそう呟いたミラベルは、逃げるようにその場を立ち去った。
「最初から、こうしておけばよかったんだよね……」
抱き上げられたセラフィーナがようやく聞き取れるくらいの小さな声で、アルバートがぽつりと呟いた。
(殿下らしくない、断り方だったわ……)
以前のアルバートなら、もっとやんわりと当たり障りのない言葉で断るか、断りきれずミラベルもともにまわることを選ぶかの二択だったはずだ。
だからだろうか、断られたミラベルも非常に驚いた様子だったけれど、セラフィーナも表情には出さなかったものの非常に驚いた。
だが、当のアルバートはミラベルの姿が見えなくなると、まるで何もなかったかのようにセラフィーナに微笑みかけるだけだった。




