22. 思い出した存在
静寂に包まれた部屋で、セラフィーナとアルバートはチェス盤を挟んで向かい合っていた。
ことん、かたん、と駒を動かす音が響く中、セラフィーナの表情は真剣そのもので、視線は盤から離れることはない。
だからこそ、時折笑みを浮かべながら、アルバートがその表情を眺めていることにも、セラフィーナは気づいていなかった。
(この場合は、確か……)
こうして向かい合って、もう何度もアルバートにチェスを教わった。
今日はその成果を試すべく、まさに真剣勝負の最中なのである。
セラフィーナは盤面の様子が変わるたび、教わったことを思い出しながら、必死にどう駒を動かすか思案していた。
国王とのチェスから、かれこれ1ヶ月が経過した。
その間に、セラフィーナのやりたいことは、次々と実現していっている。
使用人たちを巻き込んだかくれんぼも、何度か行われ、セラフィーナは以前よりも隠れるのが上手くなったと思っているし、鬼も何度か経験した。
上手く隠れるアルバートを見つけた時が、一番達成感もあり嬉しかったのはセラフィーナだけの秘密である。
また、アルバートがお休みの日、街にも連れて行って貰った。
欲しかったお人形とドールハウスを買ってもらい、かわいい小物がたくさん並ぶお店も見てまわり、いちごタルトが有名なカフェにも立ち寄った。
カフェのいちごタルトは本当に絶品で、セラフィーナのお気に入りとなり、その後も時折取り寄せてもらっては、アルバートとのお茶の時間に楽しんでいる。
オペラはまだ見たいと思うものに出会えておらず、実現はもう少し先になりそうだった。
海に行くのは、アルバートがまとまったお休みを取れたら、という約束になっている。
料理に関しては、セラフィーナの都合で後回しになっている。
というのも、チェスやかくれんぼ、遊ぶことだけでも現在やることがいっぱいなのと、人形遊びを覚えた結果、人形のお洋服作りを先にやってみたくなったからだ。
王宮のメイドの中に、人形の洋服作りが得意な人がいるらしく、近日中には道具を揃えて少しずつ教わる予定になっている。
そんなこんなで、セラフィーナは1度目の人生では考えられなかったほど、多くの時間を勉強以外のことに費やし、充実した日々を送っている。
セラフィーナは、悩んで、悩んで、ようやく駒を手に取り動かした。
だが、それを待っていましたとばかりに、アルバートはすぐさま自身の駒を動かす。
「チェックメイト」
「えっ!?あ……っ」
アルバートの言葉に、セラフィーナは驚いて自分のキングへ視線を移した。
セラフィーナは自身が攻めることばかりに夢中で、自分のキングが追い詰められていることにはまるで気づけていなかった。
勝つ気満々で挑んでいたセラフィーナは、しゅんと肩を落とす。
「途中までは、すごくよかったんだけどね」
まだまだ、アルバートに勝つのは難しそうだ。
どこか余裕さえ感じる笑みを浮かべるアルバートを見て、セラフィーナはそう思う。
しかし、6歳だから、初心者だからと気遣って、手を抜かれたくはない、そう望んだのは他でもないセラフィーナだった。
その願いがしっかりと聞き届けられた現状には、満足していた。
「ね、僕が勝ったってことで、1つお願い聞いてほしいんだけど」
そういうのは本来、対戦前に言っておくべきなんじゃないだろうか。
セラフィーナにはそんな考えも浮かんだけれど、断るという選択肢はなかった。
相手が王族だから断れるはずがないという理由ももちろんあるが、これほど自身の希望を叶えてくれている相手に対して、少しでもできることがあるなら応じるべきだというのが一番の理由である。
なので、勝負の結果に関係なく、何かあるなら言って欲しいと思っている。
「なんでしょう、わたくしに、できることですか?」
「うん。難しくはない、と思うよ。でも、嫌ならもちろん、断ってくれて大丈夫」
やっぱり断る、ということは考えられなかったけれど、セラフィーナはこくりと頷いた。
「今度、アカデミーで学園祭があるんだ。セフィも知ってると思うけど、その日は外部の人間も参加できる。だから、セフィにも来てほしいなって」
「学園祭……」
アカデミーに通っていた記憶のあるセラフィーナは、もちろん知っている。
学園祭の存在も、そこに外部の人間が参加できることも。
そこに参加する親族の姿を見た経験は、残念ながら全くないけれど。
セラフィーナがアカデミーに通っていた頃、セラフィーナの両親が学園祭に顔を出したことはなかった。
そして、アルバートの両親もまた、この国の国王と王妃という立場であることもあり、参加は控えていた。
(あの時、参加されたのは確か……)
貴族の子女も通えば、平民の生徒も通うアカデミー。
外部からの参加者にも、貴族もいれば平民もいた。
その中で、セラフィーナの記憶の中に、最もはっきりと残っている外部からの参加者の姿が、セラフィーナの脳裏に蘇る。
「……っ、ルーク様っ」
どうして、今までその存在を忘れていたのだろう。
セラフィーナはそう思わずにはいられなかった。
いや、アルバートと再び出会って、また婚約を結んだ時には、頭の片隅にその存在はあったはずなのだ。
今、彼はどうしているのか、いずれ確認しようとも考えていたはずだった。
けれど、アルバートと過ごすうちに、いつしかすっかりと忘れてしまっていた。
(今まで、一度もお姿を見ていない。それだけではなく、お名前すら聞いてないってことは……)
そう考えながら、アルバートを見ると、アルバートは寂しそうに笑った。
「うん、ルークは、今回は居ないんだ。父上は、側妃すら迎えていないしね」
ルーク、というのは、アルバートの異母弟として生まれた、この国の第二王子だった人物の名前である。
歳の離れた弟を、アルバートはとてもかわいがっており、ルークもまたアルバートによく懐いていた。
アルバートの通うアカデミーに行ける数少ない機会とあって、非常に嬉しそうに学園祭に参加していたのを、セラフィーナは今でも鮮明に思い出せる。
また、ルークは未来の姉として、セラフィーナにも親しみをもってくれており、セラフィーナにとっても弟のようにかわいい存在であった。
「僕が女神に願った所為で、今回は生まれて来られなかったみたいだね。その存在を消してしまったのは、申し訳なく思ってるよ」
アルバートは、女神に願ったことは、後悔はしていなかった。
おかげでセラフィーナは新しい人生を歩めているし、今度こそ幸せになって欲しいとも考えている。
だが、それと弟の存在を消してしまったという罪の意識を感じることはまた別であり、これから先も抱えて生きていかなければならないのだとアルバートは思っている。
「あ、あのっ」
「ん?ああ、セフィは何も気にしなくていいよ。全部、僕の所為だから」
同じものを、セラフィーナにまでは背負わせたくなかった。
けれど、セラフィーナはふるふると首を左右に振る。
「ち、違います、そうじゃなくてっ」
セラフィーナが言いたいのは、そういう話ではない。
けれど、どう説明すればいいのか、どうすれば伝わるのかセラフィーナは必死に考えていた。
(たぶん、殿下も何も気にしなくていいはずだわ)
セラフィーナの考えが、正しければ、だけれど。
正しいのかどうかがわかるのは、もう少し先になる気もしているけれど。
そんなことを考えながら、アルバートに説明するために、セラフィーナは必死に自分の中で話す順序を組み立てていった。




